15
今世の私が12歳の時にお付きの護衛がついた。
名前をホルヘ・ルイス・ガジャルド・クエルバスという16歳の騎士になりたての少年だった。
今思えば、それはお見合いのようなものだったのかもしれない。
ホルヘはクエルバス侯爵家の三男で、いずれは侯爵家が持つ伯爵を受け継ぐことに決まっていた。
長めの濃紺の髪を後ろでひとつに縛り、アクアマリンのような澄んだ水色の瞳に寡黙な佇まいは孤高の騎士という感じだった。
彼自身、己の剣の腕を磨きたいと考え、成人するまでは自由にさせてもらいたいと当主である彼の父に懇願し騎士見習いになった。
普通は爵位が約束された子弟の騎士見習いは考えられなかったが、それだけの実力が彼にはあった。
その証拠に親の威光を借りずとも彼は16歳の若さで騎士爵を授かることになった。
騎士になって初めての仕事が私の護衛だったようだ。
若い二人が好意以上の感情を抱くには時間はかからなかったと見える。
この世界の結婚事情を考えれば、12歳は十分に結婚を意識する年頃でもあった。
当時の二人には未来を阻むものは何もなかった。
二人は伯父である王の前で仮婚約を結び、ホルヘが成人した暁には婚約を、そして私が成人した時に婚姻を執り行うと両家の間で話が決まった。
その二人に訪れた悲劇。
叔父の謀反が二人の仲を永遠に引き裂いたのだ。
13歳の時に謀反が起き、私は父母と一緒にこの国に亡命をしてきた。
その時にホルヘも一緒にと懇願したのだが、彼は
『私がこの国を取り返すまでどうかご無事で。直ぐ戻ってこられますよ』
そう言って有志とともに地下へ潜伏した。
彼は私の婚約者である前に王に忠誠を誓う一人の騎士でもあった。
それでも私が14歳になるまでは短いながらも手紙のやり取りもできたようだが、戦況が切迫してくるとそれもままならなくなっていった。
そして今世の私が15歳になった春、一通の悲報が彼女の元へ届けられたのだ。
若く淡い恋だからこそ美しく、美しいからこそ忘れがたかった。
絶望と悲しみに打ちのめされた今世の私は、自身の存在を完全に消し去った。記憶とともに。
今、私の中には彼女の記憶はあるが意識を探すことは、とうとうできなかった。
本当に心を消し去ってしまったのだと思うとやるせない気持ちになった。
『かわいそうな子』
そう思うより他なかった。
15歳の短い記憶が私の中に完全に取り込まれたのをきっかけに、前世での私の記憶が揺らいできた。
砂の城のように崩れさる私の部屋と父母の写真。”多田 のぞみ”としての25年間。
『お父さん、お母さん』
つぶやいた言葉は闇に吸い込まれていった。
=== === ===
再び目をさますと私は自分のベッドに寝かされていた。
体のあちこちは痛かったが、頭はなぜか冴えていた。
ベッドの脇には目を真っ赤にして泣き腫らす母と心労で憔悴した父がいた。
「お母様、お父様」
そう言って母の方へ手を伸ばした。
「ごめんなさい、心配をかけて。私、ようやく記憶が戻りました。ホルヘのことも……」
そう言って泣いた。心を封印した今世の私の代わりにホルヘを思って泣いた。
父も母も、何も言わなかった。
母は私を抱きしめると一緒に泣いてくれた。
父は手が白くなるほど握りこぶしを強く握っていた。
暫くの間、若くして散っていった彼を思い、悼んだ。
飽きてませんか?




