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まさか馬車があんなに早かったなんて思わなかった。

飛び降りたと思ったが、実際は馬車から転げ落ちたと言った方が近かった。

道路を転がりながらも、誰かに見られたら嫌だな。と考えている自分に呆れた。


「お嬢サマァーーー!」

「ヘンリー、止めて、お嬢様が」


飛び降りた時に開いたドアがどこかの屋敷の塀にぶつかって外れた。

その衝動とエマの絶叫に馬は軽くパニックになった。

たまたま人通りが少ない時間帯だったので大惨事にはならなかったが、一歩間違えばというところだった。


ヘンリーが命がけで止めた馬車から、エマがそれこそ飛び降りた。

地面に足が着くや否やスカートを恥ずかしげもなくたくし上げ、私の元へ走り寄ってきた。


「お嬢様、お嬢様、大丈夫ですか?」


道端に倒れ込むようにしてうずくまっていた私は、エマの声に安堵した。

自分が思ったほど馬車が早くなかったのか、転がるように落ちたのが良かったのかわからないが、足を軽くひねっただけだった。


「エマ、大丈夫。ちょっと足をひねっただけだから」


そう言って立ち上がると急に立ちくらみがして目の前が真っ暗になった。



=== === ===



気がつくとそこは見慣れた部屋だった。

『ああ、良かった。またこの部屋に戻ってこれた』

前回、中を見ることができなかった段ボールが山積みになっている、前世の私の部屋。

あの樫のテーブルもあった。


段ボールの中を覗くと、私のコレクションの代わりにファイルが何冊も入っていた。


「やっぱり入ってないか。それにしても残念だわ。記憶が薄れる前にもう一度見たかったのにな」


そう呟いてファイルを何気なく手に取った。

そのファイルには【ベルナルディタ・マリア・スビサレタ 5歳】と書いてあった。


もしやと思いながら恐る恐るファイルを開くと、今世の私の記憶が押し寄せてきた。

5歳の時に記憶したことが総て私の中に取り込まれるとファイルは消失し、私の中には5歳の時の記憶が鮮明に蘇った。

お父様とお母様と暮らした、ここではない屋敷のこと。そこで生まれた弟があまりにも愛らしく誇らしかったことなど次々に思い出された。

何かのきっかけで封印された今世の記憶が再び私の中に蘇った。


樫のテーブルに残りのファイルを広げると0歳から14歳までのファイルが揃っていた。

また何時、向こうの世界から呼ばれるかわからない私は急いで残りのファイルを順番に開いていった。

乾いた地面に雨水が染み込むように記憶が私の中に浸透していくのを感じた。


0歳から12歳までの記憶は、幸せに満ち溢れていた。

私は父母に愛され国民にも愛された、この国ではない王国の王族の一員だった。

その国の王は伯父にあたる人で、お父様は王を支える宰相であり貴族を統べる公爵の筆頭だった。


13歳の時、側室にあたる女性の生んだ叔父が軍と結託して謀反を起こしてからの記憶は悲しみに彩られていた。

前世の私とは違い、あまりにも繊細過ぎた今世の私が重圧に耐え切れず、徐々に自分を押し殺して行ったのが手に取るようにわかった。

『かわいそうな子』

亡命と環境の変化についていけなかったお姫様。


14歳までのファイルを開いたところで私の記憶が戻るまでの15歳のファイルがないことに気がついた。

ダンボール箱の中にも見当たらない。

一冊だけなら向こうの世界で目が覚めたとしても支障はなさそうだったが、せっかくなので探してみることにした。


このマンションをくまなく探していると私の前世の思いが違う形で溢れてきた。


樫のテーブルが置かれた隣の部屋は和室になっていた。

カントリーな雰囲気でまとめあげたこのマンションの一室に、不似合いな和室。

でも、仏壇を置きたかったので和室の部屋を確保しておいたのだ。

仏壇のある部屋に入り前世の父母の写真を目の前にすると涙が溢れてきた。

父母はもういないけど、できれば自分が生まれ育ったこの世界に戻ってきたかった。

違和感しかない異世界で暮らすのは、もう耐えられないと思った。


またここに来れるだろうか。

”多田 のぞみ”として。

最後になるかもしれない。それならば夢だとしても手を合わせお線香だけでもあげておきたかった。

仏壇に近寄り、お線香が仕舞ってある引き出しを開けるとそれはあった。

15歳の私の記憶。

中を開けてみると、それは悲しい記憶でいっぱいだった。

読んでいただきありがとうございます

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