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学園の長期休暇中にもかかわらずダリオ様からの婚約者としてのお誘いは一切なかった。
うーん、確かに私とダリオ様の温度差は常々感じてたけど、一応、そちらの申し出からの婚約なんで、せめて体裁だけでも整えてもらえないものか。
仕方がないのでダリオ様からのお誘いがない分、こちらからお誘いしても『母の具合が悪い』の一言でドタキャンに次ぐドタキャンで私たち本当に婚約したのよね。と思うことしきり。
そうじゃなくとも学園に行けない分、ダリオ様を拝めず私の重苦しい情熱の矛先が迷走し始めてるのに。
それにしても、こんなに失礼極まりない扱いを娘がされているのにお父様もお母様もいたって平静なのはなぜ?
「今日も、お母様の具合が悪いそうですわ」
「そうか」
「ではお見舞いのカードを送らなくてわね」
穏やかな笑顔でお父様とお母様はおっしゃるけど、いいの?娘がこんな扱い受けてるのに。
そんなある日、本格社交シーズン前に王宮より未婚の貴族が集う夜会の招待状が届いた。
(厳密にはデビュッタント前後の10代の男女ですけど)
パートナー同伴で、と書いてあるその招待状はダリオ様のところへも届いているはず。
この国では私ぐらいの年齢なら、ほぼほぼ婚約者が決まっているのでパートナーといえば婚約者のことを指す。
一応、婚約はまだ内密だとしても、パートナーだと周囲に知らせるだけでもいいのではないか?と思い、この夜会に出席するにあたってのドレス合わせをしたいと手紙を届けさせた。
にもかかわらず、一切お返事の類をいただけず、こちらは途方に暮れるばかり。
まさか、婚約者と連絡が取れないために欠席などということは、王室からのご招待ではありえない。
まさかその当たりはダリオ様もご存知よね。
しつこく手紙を出し続けると、当日の礼服は黒にするから適当に。という返事がやっと来た。
黒ぉ?私の雪の妖精のような容姿に黒ですか?
(スミマセン。前世の記憶が色濃い私にとって美少女の容姿はアバターにしか思えなくて)
いや、ダリオ様は男性だから黒でもいいんですけど、せめて差し色に私のドレスの色を聞いて欲しかった。
折り返し『藤色のドレスを誂えました。当日は何時にお迎えにいらしていただけますか?』と手紙にしたためてドレスの端切れを同封した。
にもかかわらず相変わらず、今日までお返事はない。
お父様にはおとなしくしているようにって散々言われましたけど、やっぱりダリオ様にお会いしてどうされるかお聞きしたい。
そして、王宮の招待状はドタキャンが許されないということも、ダリオ様にもお義母様にお伝えしたい。
思い立ったらいてもたってもいられなくなった。
侍女のエマを呼び、ダリオ様とお揃いにするリボンを買いに行きたいので馬車の用意をするように伝えた。
「ダリオ様から折り返しのお返事がないので、こちらで用意するわ。お揃いのコサージュを作るからリボンを買いに行きたいの」
「お嬢様、謹慎中の外出はお控えするようにとの旦那様のお言いつけです」
「でも、王宮の夜会なのよ。人には頼めないわ」
多少、怪訝な顔をされたが『リボンだけですよ』と念を押されて馬車の手配ができた。
ダリオ様の家に行くと言ったら絶対に止められるのは目に見えていたので、買い物の流れついでに突撃するしかないもんねー
リボンやレースなどを扱っているお店で藤色のリボンと付き添いのエマに美しいレースのハンカチを買った。
エマは恐縮していたが、これは歴然たるワイロだからね。
御者のヘンリーの娘にもリボンを買った。こちらは屋敷に戻ってから渡すことにしよう。
途中、『レオにお土産』と、チョコレート専門店に寄ってもらい、チョコレートの大きな箱を二つ買うと御者に言った。
「チョコレートをお渡ししたいからダリオ様のお屋敷に行って」
「いけません、お嬢様。旦那様なしでダリオ様のお宅に行ってはいけないお約束です」
エマが制した。
一体、どんな婚約の取り決めをしたのよ、お父様は。
「お渡ししたら直ぐにお暇するから」
「それでもいけません。旦那様に叱られます。お嬢様もそれが旦那様に知られれば、今以上に外出禁止になりますよ」
エマはお父様の命令に従順すぎる。
「いいから行って」
御者に強く命じるも、こちらもお父様から強く指示をされていたと見えて御者は黙って我が家へ向かって馬を走らせた。
「どこへ行くの?こっちは家の方向でしょ?」
動き出した馬車は止まることなく我が家へと進んでいく。
「もう。じゃあ、馬車を止めなさいよ。ヘンリー、馬車を止めて」
「ヘンリー、旦那様のお言いつけです。このままお屋敷に行ってください」
エーマー、私を裏切るの?主人の恋路の手伝いをするのがロマンス小説の侍女の役目じゃないの?
四面楚歌、誰も私の言うことを聞いてくれないならいいわ。
私はエマの制止を振り切って動いている馬車の扉を開けて外へ飛び出した。
季節の変わり目、ご自愛ください




