1
ある晴れた春の日のこと。
目が覚めるとそこは異世界だった。
その時は『わっ、夢から覚める夢、初めて!』なんてのんきに二度寝をかました。
「お嬢様、起きてくださいませ。朝ですよ」
アイドル並みの可愛いメイドが私を優しく起こしてくれるのを、その時は『まだ夢の中か。なんかなっがい夢だなぁ〜』って思っただけだった。
だって目の前に広がる景色は日常じゃ考えられない世界だったんだもん。
これが日本の古民家あたりの景色なら、もう少し早く違和感に気づいたかもしれないけど。
それでも、ぼんやりとした頭が徐々に冴えてくるとちょっとしたパニックになった。
いわゆる私の常識ってやつの許容をはるかに超えたからだ。
その時はきっと意味不明なことを叫んだんだと思う。
「お嬢様、お嬢様、どうされました?」
可愛いアイドルメイドの慌てた声を遥か彼方で聞きながら三度寝、もとい、私は意識を失った。
次に目が覚めた時は、心配そうに私を見つめる超絶美形の女性に手を握られているところだった。
まだパニックは抜けきってなかったけど、伊達にオタク文化の日本で二十数年暮らしたわけじゃない。
『ああ、これが噂の異世界転生ってやつか』となんとなく察した。
そして、私の手を握る若いお嬢さんのようなこの人が私の母親なんだろうな。と本能で悟った。
「お母様、どうして———」
その後が続かなかったが、それで十分だったようだ。
(おそらく)お母さまが医者を呼び、一通りの診察を終えると
「15〜6歳の年頃によくあるヒステリーでしょう。環境が変わるとこういう症状が出たりします。無理をさせず静養が一番です」
と、毒にも薬にもならない言葉を吐いて帰って行った。ヤブ医者め。
まさか異世界の記憶が蘇りました。なんてことは口が裂けても言えないけど。
とは言え、状況は把握した。夢なら覚める。覚めなければこの世界で生きてくしかない。
腹をくくったら腹が減った。現金な私の体。
「お腹が空きました」
ポツンと呟くとお母さまがすぐさま侍女に命じて、朝食を持ってこさせた。
わ〜い、ベッドで朝食だ。一回やってみたかったんだよねー
暫くするとアイドルメイドがトレイに山盛りのパンケーキとフルーツ、のような食べ物を載せてやってきた。
朝食にこれって事は、この世界での私の立ち位置っていうのがちょっとだけ垣間見えた気がする。
普通の淑女は朝からこんなに食べないよなー
とりあえず初の異世界の食事を、もっしもしとひたすら食べると少し落ち着いた。
まずはお一人様作戦会議だ。
「お母さま、なんか眠くなりました。もう少し休んでもいいですか?」
そう言って人払いを頼むと寝た、フリをした。
薄い絹のような天蓋のついた豪奢なベッドに寝てる私。
いや、前世でもベッドには寝てましたよ。
こんなに豪華じゃないけど、そこそこのグレードのやつ。
初任給で頑張って買ったベッドだったけど、これと比べたら月とスッポンなのが悔しい。
そんなことより、お一人様作戦会議。
この部屋でメイドがいるってことは、転生先は貴族のご令嬢よね。
で、問題はここがゲームなのか小説なのか漫画なのか。
そして一番の最重要課題は、私は断罪される悪役令嬢なのかってこと。
貴族でも学園でのご学友レベルのモブなら、このお嬢様生活を満喫できるのに。
ってやばい。今致命的なことに気がついた。
貴族のマナーなんて知らない。どう転んでも前世の私は中流の一般庶民。
しかも前世の自分の名前はわかるけど今の自分の名前も家族のこともすっかり抜け落ちてる。
通常、前世?の記憶が戻ったこの後どうすればいいんだっけ。
いわゆる異世界転生ってそこらへん曖昧でわかんないんだよね。
なんか記憶が戻ってもナチュラルに今までの生活に溶け込んでたし。
でも、今の私はキレイに真っさらなんすけど。
ホント、今までの私(今世)の記憶ってどこ行っちゃったの?
例えるなら、15年分の資料を保存せずにPCの電源抜いちゃったって感じかな?
で、再起動したら資料を書き込む前に戻ってた(今の私)という。
仕事でこれやらかしたら死ぬほど後悔。のアレだ。
このままこの世界での記憶が戻らないなら、一から覚えなきゃいけない。
知らないことを学ぶのは嫌いじゃないけど、どうやって教えて貰えば?
うーん、とりあえず生活の心配はないけど問題は山積みって感じよね。
しかし、あのヤブ医者もそれなりにいいことを言ってたね。
『静養が一番』
とりあえず、今後の対策が決まるまで静養することにしよっと。
毎日更新予約済み
完結してます。