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アイルアの親子花 1(更新予定未定)

注意)この内容は本編30話までお読み頂いていることを前提に執筆しております。

お読み頂く際は本編30話までお読み頂くことをオススメいたします。

 

 汝、一切の希望を捨てよ。

 これは希望のない物語である。




 裏通りに血の匂いが充満している。

 1人の少女が佇む周辺には肉片…いや、少女と同質とも言える手足、胴体、頭が散らばっていた。


 夢心地の様な少女がおもむろに自身の手を見る。


 そこには血にまみれた一振の短剣が、その手に握られていた。


 そしてその手は


 ―――血にまみれていた。


 夢心地から覚めた少女は血の匂いと自身がこの惨状を引き起こした記憶が甦り……


 吐いた…


 血の匂いが鼻にまとわりつくような感覚に、少女は永遠に等しい感覚で吐き続ける。


 今までも食べ物となる小動物や魚などを解体したことはあった。


 教団の奉仕活動で、とても痛々しい傷、グシャグシャな遺体すら見たことある。

 だけど、少女はそれらにここまで嫌悪を抱くことはなかった。


 これが同族の命を断つと言うことかと自覚する。


 相手の恐怖に歪んだ表情、肉片をソギおとす悲鳴、痛みで糞尿を垂れ流す光景が甦る。


 ――ゾク……


 それはおぞましさではなかった。


 それは……わたしは…わたしは……


「あ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


 少女は狂った様に笑い出す。

 否、狂ってなどいない。


 それは永き時を得て甦りし者


 聖人が誕生した瞬間であった。




 王都に非常事態宣言が、王太姫より下され2日が過ぎようとしていた。


 3日前に突如、王都の一区画に結界らしきものが発現された。

 最初その結界の性質、目的、内部の住民の安否を探る為に王国騎士団が投入され内部の調査が行われたが、現在は結界を取り巻く様に囲うことしか出来ずにいた。


 内部に入った者達は、誰1人として戻って来なかったので、現状囲うことしか出来ずにいるのだ。


 後になって解ったことだが、この結界は 自己の世界(ファンタズマゴリア)と呼ばれる異界だと結論付けられた。


 自己の世界(ファンタズマゴリア)が創造されたことは、それは聖人がこの都市に現れたと知れ渡り恐慌状態となった。


 聖人の自己の世界(ファンタズマゴリア)による共和国の被害は王都にも広く知れ渡っている、ゆえに王都から逃げ出す者、何も出来ずに恐怖に震える者、また暴徒化した民衆を押さえつける為に治安兵の疲労は限界へと達していた。


 王都の存亡は風前の灯であった。




 変わり果てた王都の大通りに王国騎士レパントは心中に悲しい感情が沸き起こる。


(これがあの活気に満ち溢れていた王都なのか、これでは廃都ではないか!)


 大通りの店舗は全て鎧戸が閉められており、空いているのは略奪のあった建物だけだ。


 数が少なかったこともあり、王国は暴徒化した民衆の制圧には成功したが、その後は食料品などの生活必需品の流通が止まり。多くの民は王都を出て周辺の街や村に逃れたとのことだ。


 残った者達は自分の様な騎士団の者か教団の神官達と行き場のない者達が大半である。


 レパントが変化のない大通りを見直すと、そこから3人の人物が歩んで来るのが見える。




 その出で立ちから恐らく冒険者で、この惨状を解決し名を上げようとする者だろうと察する。


 そんな者達は何人も来た。


 王国騎士の精鋭、高名な冒険者、教団の神官戦士団、腕に覚えのある者達はこの先の|《自己の世界》《ファンタズマゴリア》に進んで行った。


 そして誰も帰って来なかった。


 レパントは同じく通りを封鎖していた治安兵達を一先ず下がってもらい、自身が3人に応対する。


 3人の内2人は年配の男性であり、もう1人は見事な意匠の板金鎧(プレートメイル)を身に付けその素顔は面付き兜(アーメットヘルム)で覆われているので年齢は分からないが、老人2人の連れから察するにこの鎧の人物も老人だと察する。


 最初は年寄りの冷や水かとレパントは思ったが、3人が近くに来るにつれてその尋常ではない雰囲気でレパントは身を正してしまう。


(な、何者なんだこの3人は!)


 レパントも騎士として精進を怠ることもなく、王国騎士の中ではかなりの使い手だがこの3人のうち誰1人とて太刀打ち出来る気がしなかった。


 内心冷や汗を流すレパントに老人の1人、教団の聖印を意匠した外套を羽織った男が話し掛けてくる。


「我等をこの先に進ませてくれぬか」


 その重厚な圧倒的な存在感を感じさせる言葉にレパントは自然に膝を着く。

 レパントは分かってしまったのだ。


 会ったことはないが、この目の前の人物は誰か……むしろ納得してしまった。


「この先は死地… 申し訳ありませんが、貴方の様な王国の宝を絶対にお通しすることは出来ません」


 レパントのその言葉に老人は優しく微笑みながら告げる。


「お立ちくだされ騎士殿、儂はもう大司教ではない。儂の役目は若き希望の者達に継ぎ、ここに居るのはただの冒険者の老人じゃよ」


 老人――クラリオスは若き騎士に穏やかに諭し、老人の決意は変わり無いようにレパントは感じとる。


 王都の混乱を収めた直後に、大司教がその座を辞したのは広く知れ渡っている。


 だが、まさかこの場所に来るとは想像も出来なかった。



「まったく……おい!クラリオス! お前さんのその仰々しい態度のせいでそこの若いのが怯えてるじゃねえか、少しは加減したらどうだ」


 レパントは大司教、もとい元大司教に何て口を聞くのかと顔面蒼白になる。


 だが、クラリオスは特に気にした様子はなく。


「アルヴィン、儂が何をしたと言うのじゃ。 ただ、若いのに通してくれとお願いしておるだけじゃろう、言いがかりはよしとくれ」


 クラリオスは心外じゃのうと言った感じで言い返す。


 その態度は長年の腐れ縁の友人同士の信頼関係を感じさせた。


 レパントも軽口を叩き合える友人が居るので、共感できたのだ。


(ん?大司教の友人……)


 そこでレパントの脳内にある話しが甦る。


 かつて大陸で幾多の伝説を築き上げた、叙勲詩にも残る最強の冒険者パーティを……



 《大魔導師クラリオス》、《千の手アルヴィン》、そして……


 レパントは一瞬目眩を覚えそうになった。


 かのパーティは本来は5人であったが既に2人は故人だ。


 ならこの板金鎧(プレートメイル)の人物は、騎士を目指す者達には憧れと羨望、または嫉妬を一身に集めるあの、


 《聖騎士候メリア》


 もちろんレパントは伝説的な偉業を数々持つメリアには畏敬の念を抱いていたので、その考えに至った瞬間自然に身を正してしまった。



「おい、メリア!お前さんもクラリオスは自然に相手を威圧してしまっていると思うよな。これだから偉そうな地位に着いた人間は無意識に相手を威圧するから嫌なんだ……ああ、やだやだ」


 そう言ってアルヴィンはこれだから……と言った様な態度を示すが


(いや、貴方も偉いさんの分類でしょうが!!)


 レパントはアルヴィンが冒険者ギルドの理事長であり、未だに現役のエースであるのは知っている。


 貴族位こそないが国政に携わることもあり、ヘタな貴族より権力があるのだ。



「アルヴィンお主には言われたくないのう……、大体良いのかギルドの長ともあろう者が儂らに付き合って……」


 クラリオスが言葉を言い切らないうちにアルヴィンが重ねる様に発する。


「水くせえこと言うなよ。”困った時はお互い様”こう言って、俺を助けた神官様は誰でしたかね~ それに、捕らわれの姫様を助けるのは美形王子様の役目だろ」


 クラリオスは遠い目をし


「また懐かしいことを……あと美形王子とは誰のことじゃ?」


 アルヴィンは迷うことなく親指を自分に向け主張するが


(いや、どうみても山賊か海賊の大親分にしか……)


 レパントはツッコミたい衝動に駈られたが、このメンバー相手にそんなこと出来るハズはなかった。




 板金鎧(プレートメイル)の人物は3人を無視し、歩き出した。


 その歩みは封鎖された先……自己の世界に向かって。


「お、お待ちください!!」


 レパントは板金鎧(プレートメイル)の人物、恐らくメリアに向かい立ちはだかる様に道を塞ぐが……


 メリアから放たれた気配、恐らく闘気の様なものだろうその圧でレパントの全身から震えが巻き起こる。


(な、威圧だけでこれほどの)


 レパントは自身の驕りを恥ずかしく思う。


 王国騎士の中では勇名を馳せている自負はあったが、英雄クラスの人物を前にするとここまで差があるのかと失意に落ちそうになる。



「……そこをどきな……」


 圧し殺したその言はレパントに冷や汗をかかせたが、レパントは己の役割を思い自身を震え立たせる。


「で、できません。私も騎士です。この先に誰も通さず、異変あらば対処するのが役目であります。 如何に貴方と言えど」



 言った直後にレパントに一枚の巻物(スクロール)が投げられる。


 アルヴィンが投げた巻物(スクロール)をレパントはほぼ無意識に手に取る。



「まあ、見てみな」



 アルヴィンのその言葉に内容を一読したレパントは驚きと共に納得する。


 その内容は王国、教団、冒険者ギルドとの合同で今回の聖人に対応すると言う約定の書類であった。


 3組織の紋章印も印されており、正式な書類であった。


「つまりは俺達は先遣隊と言う訳だ。まあ、先走った奴らはいるが俺達はれっきとした正規隊って奴だな」


 その言にレパントは納得しそうになったが、(いやいやおかしいだろ)と判断する。


「書類も正式なものお話は分かりました。ですが、何故お三方なのですか? 斥候に精鋭を揃えるのは常策ゆえ理解はできますが、何故皆様の様な上層部の人達が」


 3組織共に斥候が足りていないと言うことはない。


 故にトップクラスの人間が斥候に出るのは可笑しな話しだったのだ。


「そら決まっているだろ……斥候だからって聖人を何とかしても別に構わないのだろ」


 そのとんでも発言にレパントは目眩がしそうになった。


 任務前においての説明で聖人の恐ろしい力は聞いている。


 またかつての共和国戦線においての聖人の恐ろしさは嫌ほど聞かされていた。


 幻影魔術を使用しての資料の閲覧もした。


 故にアルヴィンの発言に目眩を覚えたのだ。


 そんなに軽い相手ではないのだ。


「それに聖人相手を直接経験し、まともに動けるのは俺達くらいだしな」


 その言葉にレパントは認識を改める。


 伝説の冒険者パーティの内容には聖人討伐の話しがあったことを思い出したからだ。



「儂らは行かねばならぬのじゃ。道を開けてくれんか」



 クラリオスの言葉に反する理由はもうない。


 恐らく聖人相手にもっとも戦い慣れた戦士は彼らだろうとレパントは悟る。



「柵を開け!!」



 レパントは大声で後方に待機していた兵士に号令をかける。


 道を封鎖していた柵は開かれ王国の最強とも言われる三人が自己の世界(ファンタズマゴリア)に歩んで行く。



 だが、三人は現実と自己の世界の境目に足を止める。



 ここに入って行った冒険者や騎士達は迷うことなくこの中に歩んで行ったが、彼らは直前で足を止めたのだ。


 レパントは三人に何かあったのか彼らの元に向かう。


「何か問題がありましたか」


 レパントの問いに答えたのはクラリオスだった。


「ここが現世と自己の世界(ファンタズマゴリア)の境目じゃ。 聖人の自己の世界(ファンタズマゴリア)精霊女王(アリアンロッド)のものとは違い、使用者の望みを歪んだ形に具現化させる能力なのじゃ」


「そして自己の世界の中では聖人の精神支配の影響をモロに受ける。 儂らほどの魔力に対する抵抗力があれば内部ですぐにどうにかなることはないが、この入り口は別じゃ…… 精神を狂わす力がこれでもかと込められておる。 対策もせずに入ると精神が侵され、個人差はあるが精神が人を逸脱する様になる」



 その言葉に応じる様に、メリアは武器収納のマジックアイテムから大薙刀(グレイブ)をその手に取る。



「ぬうんっ!!!」



 メリアが気合いと共に大薙刀(グレイブ)の刃を一閃すると、自己の世界(ファンタズマゴリア)の境界が断たれる。


 メリアの《幻徹甲撃(ファンタズム・ブロウ)》と言うスキルだ。


 主に魔術や魔法などの防御壁などを貫通するスキルなのだが、極限まで鍛え上げた結果それは自己の世界(ファンタズマゴリア)を切り裂くほどまで成長したスキルとなった。


 若かりし時の聖人との闘いで仲間を失ったことから、更なる修練で開眼した力だ。



(い、行ける!この三人なら聖人を倒すことも可能かも知れない)



 レパントは自己の世界を切り裂いた、そのあまりの凄まじい光景に希望を抱く。



 三人の老いたる冒険者達は歩む。


 囚われの少女を救いに……



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