9話 親方様
「入っていいかな」
そんな話をしていたら、詰所の入り口から声がした。
見ると若い男。衛兵より少し年上といった感じ。
豚小屋のおじさんよりはきれいな格好をしているが、まぁあえて比較したらのレベル。払いきれてない土がついている作業着、その上におそらく外行きだろうという地味な外套を羽織っている。
「親方様。どうぞ」
親方様、というのは何か偉い人に呼び掛ける言葉。だと思う。
あの豚小屋の管理人は「親方様の豚小屋」と言っていた。つまりだ。
「うちの豚小屋に異世界人がいたって聞いてね。様子を見に来たんだが」
「書類の作成と、一応の説明はしたくらいです」
「あの、あなたがウェイバー伯爵様ですか?ご迷惑をおかけしますが」
「別に迷惑なんかしてないから。あぁ、自己紹介になるが、私が第13代ウェイバー家当主、マックスウェイバーだ。みんなは親方様と呼ぶがね」
「親方様、ってなんだか貴族より職人の偉い人みたいですね」
「そうかな。まぁ、貴族らしくないとはよく言われるよ」
そう言って外でもう一回土をはらい、僕と衛兵が座っている机の横に立つ。
「椅子をどうぞ。別のを探してきます」
衛兵は自分の椅子を差し出し、代わりの椅子を探して二回に向かう。
「そうそう、これを聞きたかったんだが、君、異世界から来たってからにはなにか特技とか能力みたいなものはあるのかい?」
ウェイバー伯爵は椅子に座って僕と二三の雑談をした後にこんなことを切り出した。
ちなみに雑談の内容は、豚小屋の掃除を手伝ってくれたそうだね。から始まり、この辺じゃ豚肉を厚めに切って煮込むことが多いね、パン粉なんかをつけて油で揚げる?そういう料理も都会にはあるけど、油が勿体ないからこの辺ではめったにつくらないな。僕もあれは好きだけどさ。油の質が大事なんだよ。といった豚のこと。
「特技や能力ですか」
衛兵も階から椅子をもってきて隣で聞く姿勢を作っている。
「そうさ、異世界から来た人は大体、というのもおかしいかな。君にとってはこっちが異世界なんだから。君の世界から来た人は何かしら特技や能力を持ってることが多いんだ。記憶力が異常によかったり、刀剣や武器の扱いに長じていたり、あとは商売や専門の知識を持ってたりしてね」
「そうなんですか?」
これは衛兵の言葉。彼もその辺はよく知らないんだろう。
「そうさ。こっちの世界に来る際に目覚めたり目覚めなかったりするらしい。世界が変わるほどの体験をしたら何かに目覚めてもおかしくはないんだろうけど、よくわかってないんだな。それで君はどうだい?」
「そういうものはないですね」
僕はそう答えた。
「いや、わかりますよ。どっか違う世界とか違う国とか、そういう所からやってきた人間。持っている特殊な技能を使って、みたいな話でしょ。でもそういう技能があって、活躍できる才覚もあるような人間はわざわざ別の世界に行かないと思うんですよ。だってほら、土地勘とか、知ってる知人とか、そういうものがある地域の方が自分の技能も生かしやすいわけで。ですから僕みたいなよその世界から来た流れ者にそんな期待しないでくださいよ」
そう僕は言った。
「それもそうだな」
親方様はそう言って笑った。
「それにさっき聞きましたが、こっちに来て失敗する人もいるんでしょう?」
「あぁ、既存の職人や商人たちとの軋轢だったり、そもそも商売が下手だったり、女に手を出したり、妙な政治運動に手を出したりインチキ臭い宗教にはまったり。首都じゃそういう噂や話が方々から流れ込んでくるよ。異世界から来たって物珍しさや、さっきいった特技で投資してくれる人を見つけて商売始めたりモンスター退治したりするんだが、トラブルメーカーの代名詞でもある。だから他所から来て迷惑を起こす異世界人を嫌う地域や国も多い。この国はアパート大帝がいるおかげで好意的な人が多いけどね」
「アパート大帝、ってさっき聞きましたが」
「そうです。首都でアパート運営をしてる方で、結構な大金持ちになりましたが慈善活動に精を出していて人気があるんです。なので誰が呼んだかアパート大帝と」
衛兵がそう教えてくれた。衛兵も知ってるってことは一般的な呼び方なのか。
「大帝、って多分すごい皇帝ってニュアンスなんだと思いますが、それ揶揄じゃないんですか?」
「そういうニュアンスで呼ぶ貴族はいた。居たけどいまじゃみんな尊敬してるよ」
ウェイバー伯爵はそういって、次の質問。
これは僕にとっても大切な問題だ。
「それじゃぁ君はこれからどうする?」