5.家路②
「はい、これ」
「?」
志麻は持ってきた包みの一つをてまりに差し出した。
意外なことに、てまりは志麻の言いつけ通りその場で忠犬のごとく待っていた。
(やっぱ、見た目は子どもでも中身は老婆だったってことかな?)
それなら、この作戦は失敗だったかもしれない。
志麻の心配をよそに、てまりは素直に包みを受け取ると、遠慮なくそれを開ける。
「な、なんじゃこれは!!」
中身を見た瞬間、頬を上気させ、てまりが叫んだ。
「あんぱん。魅惑的だとか何とか言ってたでしょ?」
予想以上の反応に、志麻は満更でもない。
「あ、あんぱん!?ヤスが言うておった評判のというやつかっ!?」
てまりは顔を半分出した茶色いあんぱんに鼻を近づけると、クンクンと匂いを嗅ぎ、ランランと目を輝かせた。
「ほぉぉ、甘くて良き香りがするのぉ!」
あんぱんを頭上に掲げ、角度をあれこれ変えて観察するてまりに、志麻は呆れて声を掛ける。
「食べないなら返してくれる?」
「た、食べるに決まっておろう!!わらわの物に手を出すでないっ!」
てまりはあんぱんをサッと背中に回すと、志麻に牙を剥く。
「これはもうわらわの物じゃからな!そなた、手を出したら末代まで祟ってやるぞ……!」
「祟るって……食い意地張りすぎでしょ。座敷童子ってみんなそうなの?」
「な、なにおう!?馬鹿にしおって!!」
「良いから食べれば?」
まだ噛みついてきそうだったてまりを軽くあしらって、志麻は自分のあんぱんを一口囓る。
(そういえば、朝、塩むすびを食べたきり何も食べてなかった)
優しい餡子の甘さが口の中に広がって、全身に糖分が供給されていく。活力も満たされていくようだ。
「ず、随分と美味しそうに食べるのぉ」
てまりは志麻が咀嚼する様子を見て、唾を飲み込んだ。
そして、やや緊張した面持ちでパクッとあんぱんにかぶりつくと、カッと目を見開いた。
「こ、これはっ!」
ハグハグとあんぱんを貪るように口へと詰め込んでいく。みるみる小さくなっていくあんぱんを見て、志麻は眉をしかめた。
「喉に詰まっても知らないよ?」
「ふぁふぁふぁ、ほぉんふぁふぃふぃふぁー」
「わっ、きったなっ!しゃべるか食べるかどっちかにしてよ!」
餡子を飛ばす勢いのてまりから志麻は素早く距離を取った。行儀が悪すぎる。
てまりは、あんぱんの最後のひとかけらを口に放り込み、ごっくんと口の中の物を飲み込むと、キラキラした瞳で志麻に詰め寄った。
「わらわ、こんな美味な食べ物、初めてじゃ!!」
てまりは、うっとりとした目で頬を押さえる。
「ほっぺたが落っこちてしまうかと思うたぞ!!」
夢見心地のてまりは、チラッと志麻の手にあるあんぱんに視線を送る。
「え、何?」
嫌な予感がする。
てまりのあんぱんはすでに腹の中へと収まってしまった。対して志麻のあんぱんはまだ二口しか囓っていない。
(これは……狙われている?)
あんぱんを左右に動かすと、その動きに合わせててまりの顔も左右に動く。完全に志麻のあんぱんに狙いを定めている。
(……仕方ないか。ここで機嫌損ねられたら困るし)
涎を垂らしそうなてまりを見て、志麻は内心溜息をつくと、あんぱんを半分にちぎった。
そして囓っていない方のあんぱんをてまりに与える。
「これ以上はあげないから」
「よ、良いのか!?」
てまりは返事を待たず、志麻の手からひったくるようにしてあんぱんを奪っていく。
あんぱんに齧り付こうとしたてまりに、志麻は忠告する。
「オレのあんぱん分けてあげたんだから、ちゃんと家まで真っ直ぐ歩いてよね」
「うむ!心配いらん!これがあれば、わらわは元気いっぱいどこまででも歩けそうじゃ!」
(甘い物で言うこと聞くなんて、やっぱり子どもだ)
作戦が成功し、志麻は一人ほくそ笑む。これで真っ直ぐ家に帰れるはずだ。上機嫌のてまりの手を引き、志麻は人波の中へと歩き出す。
ガス灯の明かりが、家路を急ぐ人々を優しく照らしていた。
「5.家路②」おわり。
「6.志麻の家①」につづく。