表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

5.家路②

「はい、これ」

「?」

 

 志麻は持ってきた包みの一つをてまりに差し出した。

 

 意外なことに、てまりは志麻の言いつけ通りその場で忠犬のごとく待っていた。


(やっぱ、見た目は子どもでも中身は老婆だったってことかな?)

 

 それなら、この作戦は失敗だったかもしれない。

 

 志麻の心配をよそに、てまりは素直に包みを受け取ると、遠慮なくそれを開ける。


「な、なんじゃこれは!!」

 

 中身を見た瞬間、頬を上気させ、てまりが叫んだ。


「あんぱん。魅惑的だとか何とか言ってたでしょ?」

 

 予想以上の反応に、志麻は満更でもない。


「あ、あんぱん!?ヤスが言うておった評判のというやつかっ!?」

 

 てまりは顔を半分出した茶色いあんぱんに鼻を近づけると、クンクンと匂いを嗅ぎ、ランランと目を輝かせた。


「ほぉぉ、甘くて良き香りがするのぉ!」

 

 あんぱんを頭上に掲げ、角度をあれこれ変えて観察するてまりに、志麻は呆れて声を掛ける。


「食べないなら返してくれる?」

「た、食べるに決まっておろう!!わらわの物に手を出すでないっ!」

 

 てまりはあんぱんをサッと背中に回すと、志麻に牙を剥く。


「これはもうわらわの物じゃからな!そなた、手を出したら末代まで祟ってやるぞ……!」

「祟るって……食い意地張りすぎでしょ。座敷童子ってみんなそうなの?」

「な、なにおう!?馬鹿にしおって!!」

「良いから食べれば?」

 

 まだ噛みついてきそうだったてまりを軽くあしらって、志麻は自分のあんぱんを一口囓る。


(そういえば、朝、塩むすびを食べたきり何も食べてなかった)

 

 優しい餡子の甘さが口の中に広がって、全身に糖分が供給されていく。活力も満たされていくようだ。


「ず、随分と美味しそうに食べるのぉ」

 

 てまりは志麻が咀嚼する様子を見て、唾を飲み込んだ。

 

 そして、やや緊張した面持ちでパクッとあんぱんにかぶりつくと、カッと目を見開いた。


「こ、これはっ!」

 

 ハグハグとあんぱんを貪るように口へと詰め込んでいく。みるみる小さくなっていくあんぱんを見て、志麻は眉をしかめた。


「喉に詰まっても知らないよ?」

「ふぁふぁふぁ、ほぉんふぁふぃふぃふぁー」

「わっ、きったなっ!しゃべるか食べるかどっちかにしてよ!」

 

 餡子を飛ばす勢いのてまりから志麻は素早く距離を取った。行儀が悪すぎる。

 

 てまりは、あんぱんの最後のひとかけらを口に放り込み、ごっくんと口の中の物を飲み込むと、キラキラした瞳で志麻に詰め寄った。


「わらわ、こんな美味な食べ物、初めてじゃ!!」

 

 てまりは、うっとりとした目で頬を押さえる。


「ほっぺたが落っこちてしまうかと思うたぞ!!」

 

 夢見心地のてまりは、チラッと志麻の手にあるあんぱんに視線を送る。


「え、何?」

 

 嫌な予感がする。

 

 てまりのあんぱんはすでに腹の中へと収まってしまった。対して志麻のあんぱんはまだ二口しか囓っていない。


(これは……狙われている?)

 

 あんぱんを左右に動かすと、その動きに合わせててまりの顔も左右に動く。完全に志麻のあんぱんに狙いを定めている。


(……仕方ないか。ここで機嫌損ねられたら困るし)

 

 涎を垂らしそうなてまりを見て、志麻は内心溜息をつくと、あんぱんを半分にちぎった。

 

 そして囓っていない方のあんぱんをてまりに与える。


「これ以上はあげないから」

「よ、良いのか!?」

 

 てまりは返事を待たず、志麻の手からひったくるようにしてあんぱんを奪っていく。

 

 あんぱんに齧り付こうとしたてまりに、志麻は忠告する。


「オレのあんぱん分けてあげたんだから、ちゃんと家まで真っ直ぐ歩いてよね」

「うむ!心配いらん!これがあれば、わらわは元気いっぱいどこまででも歩けそうじゃ!」

(甘い物で言うこと聞くなんて、やっぱり子どもだ)

 

 作戦が成功し、志麻は一人ほくそ笑む。これで真っ直ぐ家に帰れるはずだ。上機嫌のてまりの手を引き、志麻は人波の中へと歩き出す。


 ガス灯の明かりが、家路を急ぐ人々を優しく照らしていた。

「5.家路②」おわり。

「6.志麻の家①」につづく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ