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3.珍しい妖怪

2020/03/28(日)に更新した「3.珍しい妖怪」を、「2・妖保局」と「3・珍しい妖怪」に分けました。

3/28に更新した「2.珍しい妖怪」を読了されている方は「4.家路①」へお進みください。

「お前んちでさ、この子、ちょっとの間預かってくんねぇ?」

「は?」

 

 ズイッと志麻の前に押し出されたのは、桃色の地に大きな花柄の着物を着た少女だった。志麻より頭一つ分小さい。年もいくらか下だろう。手には鞠を持っている。


(ははぁん?そういうこと)

 

 志麻はジトッとした目でヤスを見る。

 

 道理でどんなに良い縁談が持ちかけられても首を縦に振らないはずだ。


「何?この子ども。ヤスの隠し子?」

「違ぇよ!!!怖ェこと言うなよ……!!!」

「子供に子供と言われとうないわ!たわけ!!」

 

 ひゅん、と何かが飛んできた。思わず手でつかみ取る。


「鞠?」

 

 少女を見ると、こちらをすごい形相で睨んでいた。その手に鞠はない。


 犯人はどう考えてもこの少女だ。


「え、何この子。初対面の人に物を投げつけるとか、どういう教育受けてるの?ヤスの子ならちゃんと躾けておいてよ」

 

 志麻は口をへの字に曲げる。


 少女が鞠を返せと迫ってくるが、志麻は鞠を奪われないように高々と掲げた。今返したら再度投げつけられそうだ。


「だぁから俺の子じゃねぇって言ってんだろうが!!」

 

 ヤスは志麻の手からひょいっと鞠を取り上げて、少女へと手渡してやった。


 少女はムスッとした顔のまま、志麻を睨み上げている。


「ヤスよ、わらわはこやつの所にだけは行きとうないぞ……!」

「オレだってこんな子ども、御免だよ」

「なっ!わらわじゃってこんな子ども御免じゃ!!」

「はぁ?オレより年下なのに何言ってるの?」

 

 志麻も負けじとムッとする。


 二人の間に不穏な空気が流れているのを感じ取ったヤスは、ヤレヤレと肩をすくめた。


「志麻。この子、俺よりも断然年上だぞ」

「は?それってどういうー」

「この子、今日保護した妖怪。座敷童子のてまりちゃん」

 

 思わぬ言葉に志麻は一瞬きょとんとした後、ハッとして少女―てまりを見た。


「ざ、座敷童子!?」

 

 紹介され、てまりは満足そうに腕を組んで頷いている。


「座敷童子って言ったらあれじゃん。東京ではめったに見かけない超レア妖怪。知名度抜群の割に資料少なくて、正確な生態が未だに不明の研究者にとってこれ以上ない研究対象……」

 

 ごくり、と生唾飲み込む。まさか座敷童子を生で拝めるだなんて思ってもみなかった。

 

 てまりに視線が釘付けになっている志麻を見て、ヤスはニンマリする。


「お前、新しい論文書くのに新しい研究対象欲しいって言ってただろ?ちょうど良いからお前の家に住まわせてやってくれよ」

「え、嫌だけど?」

 

 先程の熱が一気に冷めた瞳でバッサリと切り捨てる志麻に、ヤスは狼狽する。


「えっ!?なんで?食い付いてたのに!?」

「それとこれとは話が別だから」

 

 志麻は一つ息を吐いた。


「そもそもオレ、ここで寝泊まりしてることのが多いし、ヤスだって分かってるでしょ?」


 座敷童子は依り代となる家がなければ長くは生きていけないと言われている。


 だから手っ取り早く独り暮らしをしている志麻の家をこの座敷童子の依り代にしようというのだろう。だが、


「研究はしたいけど、住まわせるのは嫌」

 

 腕を組んで言い切る。

 

 不機嫌そうな顔をする志麻に、てまりもプクッと頬を膨らませている。


「おい、聞き捨てならんのぅ!わらわだってこやつの家なんかに行きとうないわ!」

 

 てまりは、ぐいぐい、とヤスの服の裾を引っ張って、ヤスを睨み上げた。


「わらわは住む場所には並々ならぬこだわりがあるんじゃそ!?そんじょそこらの家ではわらわは満足なぞー」

「日当たり良好、庭付き、池あり、鯉もいるぞ?」

 

 てまりの言葉を遮って、ヤスが指折り言葉を紡ぐ。


「こ、鯉じゃと……?」

 

 目を輝かせるてまりに、ヤスは無精髭の生えた顎に手を置きながら、思い出したように追加する。


「あぁ、そういえば、昼間は近所の野良猫なんかも忍び込んでくるな」

「猫……!!」

「近所に評判のあんぱん屋なんかもあったりしてー」

「あ、あんぱん!?それが何かは知らんが魅惑的な響きじゃの!!」

「ちょ、ちょっと……!」

 

 志麻は慌ててヤスの腕を引いた。これ以上、てまりを誘うような事を言わないで欲しい。


 しかし少しばかり遅かった。


「うむ。そこまで言うなら行ってやらんこともないぞ!!」

 

 てまりは勝ち誇ったように鼻を鳴らしている。ヤスも満足そうにうなずいている。

 

 志麻は苦々しげに舌打ちした。


「何でそんな上から目線なわけ?決定権は家主であるオレが握ってるんだけど?」

 

 ヤスは、毒づく志麻の肩に手を掛け、コソッと耳打ちする。


「だからさ。ちょっとの間で良いって言ってんだろ?正式な保護先が見つかるまでだって」

「……で、でも……」

「その間、四六時中観察し放題だぞ?」


 それは魅力的だ。


 志麻の心が少し動いたのが分かったのか、ヤスは志麻の肩から手を離した。


「例の話がまとまるまででいいからさ。な?」

 

 困ったように笑うヤスに、志麻は諦めたように嘆息した。


「……分かったよ」

 

 渋々言葉を絞り出した志麻に、てまりは、わぁいと手を挙げて跳ねている。


(どう見ても子どもにしか見えない……)

 

 不安が胸の内でくすぶっているが、こう見えてもてまりは妖怪だ。


 見た目は子どもでも中身は老婆。志麻も何倍も生きているはずで、常識的行動は取れるだろう。


「言っとくけど、勝手なことしたらすぐさま追い出すから」

 

 予防線を張っておく。志麻の言葉にてまりは自信満々に胸を反らした。


「そなたの方こそ、わらわに面倒掛けさせるなよ?」

 

 言い知れない不安が押し寄せ、志麻はてまりを引き受けてしまったことを早くも後悔し始めていた。

「3.珍しい妖怪」おわり。

「4.家路①」へ続く。

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