2.妖保局
2020/03/28(日)に更新した「3.珍しい妖怪」を、「2・妖保局」と「3・珍しい妖怪」に分けました。
3/28に更新した「2.珍しい妖怪」を読了されている方は「4.家路①」へお進みください。
時は明治。
日本が西洋化へと乗り出したこの時代。建物は洋風に建て替えることが推奨され、都市部の大通りではガス灯なんてものもお目にかかれるようになってきた。
闇が減り、人々の生活が豊かになった一方で、闇の中で生きていた妖怪たちは生き場を失い、その数を急速に数を減らした。
それだけに止まらず、妖怪の希少性に目を付けた密猟者による取引も横行しはじめると、事態はさらに悪化する。ひとつ、ふたつ、と気が付けば見かけなくなった妖怪たちが数を増やしていったのだ。
古くから人々と共にあった妖怪たちが、絶滅の危機に瀕している。
この現状を打破するために立ち上げられたのが、妖怪保護調査局―通称妖保局である。
13歳という若さながら、小柳志麻も研究員の一員として籍を置いている。
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「で?なんでオレは呼び出されたわけ?」
東京の中心地にある赤煉瓦の洋館―妖保局庁舎の一室で、志麻は不満げに唇を尖らせた。
廊下よりも毛足の長い赤い絨毯が敷かれたこの部屋は局長室だ。
「なんでって、志麻……お前なぁ」
重厚な机を挟み、椅子に座って、伸び放題の髪をガシガシと掻いているのは妖保局、局長の折田康夫だ。志麻はヤスと呼んでいる。
「勝手な行動は取るなって言っただろ?言ったよな??指示には従えって。それなのにお前―」
30歳を過ぎたというのに所帯も持たず、毎日同じようなくたびれたシャツに制服の上着を羽織っている。詰め襟が苦しいからと全開にしているが、どうにもだらしない。
「おい、聞いてるか?」
「聞いてるって」
耳にタコができそうだったので聞き流そうと思ったのに、現実に引き戻されてしまった。
志麻はヤス観察を中断し、ヤスの視線を受け止める。
「犯人の舟に乗り込んだの、怒ってるんでしょ?」
今朝の作戦では、志麻は舟の周りから中をうかがうだけの予定だったのだ。
「でも別に良くない?犯人は確保できたんだし、大っぴらに捕まえた方が抑止力にもなると思うけど?」
「そ、それは確かにそうだけどよぉ……」
「じゃあ良いじゃん。減るもんでもないし」
志麻はツンの顔を逸らした。
大立ち回りをした方が効果的だと思ったのは本心だ。しかし、志麻の中にはもう一つ、理由があった。
(ヤスが子どもっぽく振る舞えなんて言うからこうなったんじゃん)
密売人の舟を監視する際、志麻だけは舟に近づき、中身を目視するよう指示が出されていた。そのこと事態は全く構わないのだが、その方法に問題があった。
曰く、その見た目を最大限に活かして不審な行動をしてもバレないように工作をすること。
平たく言えば、13歳という見た目らしく子どもっぽい身なりで子どもっぽい行動をして、それとなく舟に近づき、もし咎められたとしても子どもの悪戯だと見逃してもらえるように振る舞え、ということだ。
(子ども扱いされんの嫌なのに、そんなの死んでも御免だから)
口をつぐんだ志麻を見て、ヤスは観念したように息を吐いた。
「まぁ、今回は上手くいったから良かったけどよ、あんまり危ねぇことするんじゃねぇぞ」
「分かってるよ。ていうか、言いたいことってそれだけなわけ?オレ、もう行って良い?」
「あっ、ちょ、ちょっと待て!!」
くるっと向きを変え、部屋を出て行こうとした志麻をヤスが慌てて引き留めた。
「志麻、お前に折り入って頼みがある」
顔の前で手を組み、真剣な調子で切り出したヤスに、志麻は眉をひそめた。
「は?ヤスがオレに頼み事?気持ち悪いんだけど」
「そう言うなって。ちょっと待ってろよ」
そう言って席を立ったヤスは、続きの扉を開け、誰かを手招いた。
「2.妖保局」終わり。
「3.珍しい妖怪」へ。