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國色匹による恋愛小説  作者: 國色匹
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ダンジョンの場合

 粘性の身体を持つ生物が、飛沫となって岩肌に降りかかる。

 赤、青、緑、黄色、その他諸々の様々な色に染まった洞窟の姿は、一歩間違えれば魔術師の工房のようにも見えるかもしれない。

 ギルドの管理が行き届いている階層においては、道の至るところに灯りが設置されているため、確かに光が輝いて幻想的ではある。

 もっとも、ここダンジョンにおいて、粘性体ことスライムの体液は他の魔物を呼び寄せる効果があるので、そのまま放置はされないものだが。

 ここでもまたその例に漏れず、白をベースにしてパステルカラーで彩色されたローブを着た少年が、飛び散った粘液を《浄化魔法》で綺麗にしていく。

 滑らかに呪文詠唱がされていたその口から、不意に愚痴がこぼれる。


「まったく……ルゥさんはもっと手加減を覚えたほうがいいです。ボクがきれいにできるからそんなに問題ないとしても、スライム相手に大剣を振り回わすのはどうかと思います」


 ため息を吐きながら、エルフの特徴である鋭利な耳を垂らす。

 大人のエルフでは、プライドの高さゆえに中々人前でこうした姿は見せないが、耳で感情表現が出来るのは、何も獣人だけの特権ではないのだった。

 少年の溜息に反応して、後ろで大剣に付着したスライムの体液を丁寧にふき取っていた少女の手が止まる。

 食い入るように愛剣を見ていたその野性的な双眸が、くるくる回りながら呪文を唱える少年の姿を見据える。


「アァ? 仕方ねぇだろ。【狂戦士】のオレは、これしか能がねぇんだよ。それに、獣人のアタシが切り払った方が、セラが魔法使うよりはえぇだろ? じゃあいいじゃねぇか」


 にか、と鋭い歯を覗かせるルゥの、あまりの邪気のなさに、セラと呼ばれた少年は、今度は違う意味でのため息を吐いた。

 今回含めて、二桁以上の回数、このペアでダンジョンに潜ってきた。

 だというのに、あくまで正式なパーティでなく、野良ペアということで探索許可をもらっている。

 周囲からも、何故正式なペア組まないんだ、と噂されてもいるのだが、当人たちは気が付いていなかった。

 そもそも今回の探索が始まった経緯も簡単なものだ。

 採集や討伐の依頼を掲示している酒場で手持ち無沙汰にしていたセラに、ルゥが「行くぞ」と言ってセラが付いていった。

 三回目くらいからは、立場は変われどおおよそこの流れで探索に出かけている。

 お互いに欠点はあれど、街でもかなりの手練れ。

 それでもなかなか声が掛けられない理由は、まぁ単純に二人の仲に割って入るのが憚られたから、である。

 実際、剣を磨き終わったルゥが立ち上がるとき、あからさまに右足をかばっているのを見逃しはしない程度には、セラは優秀な回復術師でもあった。


(そういうとこが、ルゥさんの――なところでもあるんだけど……)


 使っていた杖を一旦背負い、セラはルゥに向けて心配の声をかける。


「……あれ、ルゥさん、右足、どうしたんですか? スライムとの戦闘で外傷はありえないでしょうし……?」

「あー……これか。いいよ、気にすんな。セラの魔力使うほどじゃねぇよ」


 そう言い放って歩こうとするも、ぴょこぴょこと右足をかばって歩く姿には危なっかしいものがある。

 ルゥほど手練の前衛ならばこの近辺の階層のモンスターに遅れは取らないし、装甲をかいくぐられて一撃貰うことはほとんどない。

 だと言うのに、彼女の姿は明らかに怪我人のそれだった。

 それについて不審に思うことはあるものの、セラとしては黙って先へ進ませるわけにもいかない。


「ちょ、ちょっとルゥさん、きちんと治しましょうよ。もしもはぐれの強いモンスターが現れたらどうするんです?」

「……いや、大丈夫だろ。ここはまだ冒険者ギルドの管理下だし、そうそう()()()()()()にならねぇ為のケッカイかなんかがある、ってオレは聞いてるぞ?」

「ですが……」


 セラは尚も止めようとするが、ルゥは聞く耳を持たない。

 この階層にしては珍しくモンスターの群れに遭遇せずに進む。

 その道中で、セラはルゥの周りをぐるぐると回りながら、常に心配そうな視線を向けていた。

 一七〇セクチ近い長身の獣人・ルゥに、彼女の胸のあたりまでしか背がないエルフ・セラが付きまとうのは、親子のそれを連想させる(もっとも、本人たちからは食い気味で否定されること請け合いだが)。

 こうなってしまえば、もうセラは止まらない。

 なすべきことをなすまでは止まれないのが、彼の特徴であり、美点だ。


(だからこそ、アタシはコイツが――なんだがなぁ……)


 純粋な熱い視線を一身に浴びて、さしものルゥもいたたまれなくなってきた。

 仕方なし、と肩をすくめて、セラの顔を覗き込む。

 三回目の探索から、こうして話すときは目線を合わせると、決めていた。


「しゃーねぇ。セラ。オ……あたしの怪我、お前の魔法で治してくれ」

「……! はいっ! ぼ……オレ、一生懸命頑張ります!」


 二人とも一人称が変更されている。

 本人たちは『無意識』と言っているが、取り巻きからは『こい(ダブルミーニング)』だろうと言われている。

 ともあれ、ルゥの了承が得られたので、異世界人からすれば『ぞいの構え』と言われるポーズを取って、セラはルゥを座らせた。

 自分が役に立てると思ったとき、セラは喜々としてそれを達成しようとする。

 ルゥにはそれが眩しくて、輝かしくて、羨ましくて、誇らしかったり、する。

 手頃な岩に座ったルゥが、右脚につけていた装備を外すと、赤い腫れがセラの目に飛び込んだ。

 三角座りのルゥの右脚に思わず手のひらをかざして、驚きと不安と怒りが混じった声でセラは問う。


「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか……?」

「いや、そのうちなおるかなー、と思って」

「……っ、甘いですっ! 甘過ぎですっ!」

「ごめんて」

「ルゥさんはなっていません! ダンジョン探索は万全の状態で行うこと! こんなの子供でも知ってますよ!?」

「セラ、相変わらずテンパると毒舌だな」

「もぅっ……」


 頬をふくらませるセラに、悪かった、と言いながらルゥが手を伸ばす。

 髪を優しく撫でるその感触に気を良くしたのか、それ以上セラがルゥを叱ることはなかった。

 それはそれとして、だ。


「じゃあ……行きますよ?」

「ああ。頼んだぜ」


 セラは両手を、患部を包み込むように翳し、先程の《浄化魔法》と同じようで所々が異なる呪文を詠唱する。

 すると、緑色に見える淡い光の球がセラの両手から現れた。

 それがふよふよと浮いたあと、ルゥの患部に着く。

 そして次第に大きさを増し、完全に患部を包み込む。

 一分もしないうちに、ルゥの傷は完治していた。

 すると、崩れるようにセラの体がルゥに預けられる。


「! おっと」

「はぁ、ふぅ」


 《回復魔法》には精神力を要する。

 回復及び強化専門の【白魔導士】ならば多少はマシだが、セラは【賢者】であり、万遍なく様々な魔法が使える代わりに、個々の魔法の効率は専門職に一歩譲る。

 実際に今だって、《回復魔法》を使っている最中は目を閉じ、脂汗を額に浮かべながらずっと集中していたのだ。

 それだけの技であり、崩れ落ちるほどの精神力を使っても、なんら不思議ではない。

 受け止めたルゥもそのことは分かっており、このことがあるからこそ、あまりセラに魔法を使わせたくなかったのだ。

 彼女は、彼の疲弊する姿を見たくなかったから。


「おい。セラ、大丈夫か?」

「ん、ぅんぅ……はっ!?」


 少しして、セラが目を覚ます。

 前回よりも格段に短い時間で覚醒出来ているあたり、セラはセラで、この魔法の練習をしてきたのだろう。

 彼は、彼女が傷付くのがいやだったから。

 目を覚ましたセラは、ルゥの胸を借り、ルゥに抱き締められている形になっていたことに気付く。

 顔を赤くしながら、セラは慌てて飛び跳ね、ルゥと距離を取った。


「ごめんなさいごめんなさい! ぼ……オレ、また……」

「いや、気にすんなよ。セラのお陰だ。オ……アタシ、助かったよ」


 この話はこれで終わり、と言わんばかりにルゥは立ち上がる。

 手早く右脚の装備を着込み、先へ進もうとセラを促した。

 ルゥは毅然とした足取りで先へと進み、セラも遅れじと後に続く。

 二人はこれから、更なる冒険を重ねていく。

 数多の敵との戦い、まだ見ぬ宝の発見、誰も行ったことのない場所。

 この街に暮らす冒険者の多くが、それらを目標にしている。

 無論、ルゥとセラもその口であり、生計を立てる以外にもダンジョンに潜ることにに心を踊らせる。

 そんな彼と彼女の、野心と希望に満ちているだろう胸中は、というと。





(あぁぁぁぁああああ〜っ! ルゥさんに抱きしめられちゃったよぉ〜!? ルゥさんやっぱりかっこいいなぁ、すごいなぁ、憧れるなぁ……あ、いや、目標としての憧れ、ってだけじゃないけどね? それにしても、ルゥさんいい匂いだったなぁ。腕のたくましさもかっこいいし……特に、抱いてくれてたときのあの笑顔っ! もう僕は死ねるかもしれない……!!!)




(うわァァァァァァァ〜ッ! やっべぇ、セラ可愛い〜ッ! オレの怪我心配してちょこまか動き回るとかさぁ、もう駄目だろアレ反則だろ国宝級だろ! まぁオレ国宝なんか見たことないけどさぁ! あ、今日ちゃんと香水つけてきたよな、大丈夫だよなぁ!? あんまり香りが強すぎないヤツ選んだし、大丈夫だったよなぁぁぁ〜!? セラに嫌われたら死ねるぞオレ!)





 とまあ、こんな具合に。

 お互いがお互いにこんな感じなのに、お互いの気持ちには全く気が付いていない。

 勿論周りは気が付いているのだが、敢えて言わずに周りでニヤニヤしているのだ。

 軽く体が触れるたびに赤面しながらダンジョンを踏破していく二人の姿に、どれだけの冒険者が『はやく付き合え』と思ったことだろうか。

 なにせこの二人、互いに嫌われたくないとの思いから、正式ペア結成手続きすら出来ていない、どうしようもない臆病者(恋愛チキン)



 【賢者】のエルフ、セルンシル・シトー。

 【狂戦士】の獣人、ルゥ・ドラ・ニアゴ。



 互いに好感度は振り切れながら、それに互いが気づかない。

 二人のゴールはいつなのだろうか……

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