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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.6 < chapter.2 >

 真夜中のミュージアムを、灯りを片手にそろりと歩く。

 この部分だけを見れば、それはまるで肝試しのようである。だがこの状況は、肝試しと呼ぶにはいささか人数が多すぎた。

「こちらポインセチア。裏庭、異常なし」

「グラジオラスだ。二階バルコニーに不審な点は見当たらない」

「屋上のサンキライです。星空が綺麗なこと以外、報告することは無さそうです」

「スカビオーサだよー。館内モニターには、特に何も映ってないなぁ?」

「正面玄関のオクラレルカよ。異常は認められませんわ」

「地下展示室ラナンキュラス、了解しました。《隔離結界》の構築を開始してください」

「了解」

「構築、始めます」

「いっくよ~」

 それぞれ十三名ずつ、五つのチームに分かれた魔女たちは一斉に同じ魔法を展開した。

 彼女らは初代魔女王の子孫である。全員が姉妹や従姉妹、母娘、叔母と姪などの血縁者であるため、魔力の質は非常に似通っている。赤の他人では術式同士が反発し合ってしまうのだが、近親者であればその心配がない。

 魔女六十五人がかりで構築された《隔離結界》は、ミュージアム全体を通常の時間軸から隔離した。防御結界や通信遮断系の呪文と異なり、これは時間そのものを切り離している。同じ時間軸に存在しないのであれば、外部からの干渉はおろか、このミュージアムを認識すること自体が不可能となる。

 それはつまり、結界内でどれだけ大暴れしても、周囲の誰にも気付かれないということで――。

「あの……ちょっとこれ、準備整えすぎなんじゃあ……?」

 隣に立つヴィヴィアン女王に、ゴヤはそう問いかけた。だが、女王はハッキリと言い切る。

「足りないわ。私たちが見たのは、この結界を突破された後の未来だもの」

「え? これ、破られるんスか?」

「そう。破られて、地の底から茨のようなものが生えてきて、私の目の前で彼を……」

 と、話している最中だった。


 地面が揺れた。


 ゴヤと女王、女王の護衛として随伴している十一名の魔女たちは、同時に『彼』を見た。

 灯りが消された地下展示室の中、『彼』のガラスケースだけは監視用の常夜灯で照らされている。

 その灯りの中で、何かがうごめいていた。

「……茨……なんスかね? 茨の蔓っつーより、なんかの触手みたいな……」

 そう言ってゴヤが様子を見ようとした矢先だ。

 魔女たちの攻撃が始まった。

「ちょ、待って! いきなり!?」

「貴方にも見えているでしょう!? 撃ちなさい! あれは『呪詛』よ!!」

「呪詛!? ……あっ! なるほど!!」

 ガラスケースの下に、いびつな黒い呪陣が浮かび上がっている。床のタイル柄と混ざってしまって分かりづらいが、確かにそれは人を呪い殺す『禁呪』の類だった。

 光の矢を射る魔女たちとともに、ゴヤも《鬼火玉》を放つ。

 霊体を攻撃できるゴヤの魔法は、呪詛に対しても絶大な力を発揮する。こぶし大の《鬼火玉》はほんの数発で呪詛を打ち破った。しかし、間髪入れずに次の茨が発生する。慌てて次の攻撃を放つが、結果は同じだった。何度撃破しても、すぐに次の茨が発生してしまう。

「女王陛下! これ、元を絶たないとキリがないタイプじゃないッスか!?」

「貴方もそう思う?」

「はい! ものすごく!」

「でも、私たちにはその『元』の部分が分からない。未来のヴィジョンにも、真っ黒な霧のようなものしか映らなかったわ。今も、床のあたりはハッキリとは見えていないの。貴方の目には何が見えているのかしら?」

「ひしゃげた魔法陣みたいな黒い呪陣ッス。情報部で使ってるのとほとんど同じ、対人呪殺用の標的限定タイプ」

「遠隔型? 現地発動型?」

「現地っすけど、床の上にそれらしい呪符とかねえッスよ? たぶん床下に……あぶねっ!」

 度重なる攻撃に、茨のほうもゴヤを『敵』と認識したらしい。長い蔓を鞭のように使って反撃してきた。

 だが、魔女たちは攻撃されない。

「へえ? 一番攻撃力の高い個体を狙ったわね。ということは、これは自動で標的を認識しているのかしら?」

 誰かが遠隔操作しているのなら、この状況でゴヤは狙われない。なぜならゴヤの隣にいるのは女王だ。女王が攻撃を受ければ、ゴヤは女王のガードに入らねばならない。ゴヤを『戦えない状態』にしたいのなら、ヴィヴィアン女王を攻撃するのが一番手っ取り早い方法なのだ。


 呪詛はこの場で、自動的に発動している。


 それならば、打つべき手は一つだ。

「ラナンキュラス!」

「準備はできています」

「いい子ね。行くわよ! 《封魔結界》、発動!!」

 魔女たちはいつの間にか、『彼』のガラスケースを取り囲むよう展開していた。

 女王を含む十二名での《封魔結界》同時使用。これですべての魔法と呪詛は強制解除されるはずなのだが――。

「効かない!?」

「アスタルテの血族を上回る魔力ですって!?」

「誰が使ってんのよ、この呪詛!!」

 茨の動きは抑えられているが、茨そのものは消えていない。微かに震えながら、オリヴィエのガラスケースにびっしりと絡み付いている。

 魔女十二人がかりでも強制解除できない呪詛など、そうそうお目に掛かれるものではなかった。考えられる術者は竜か悪魔か精霊か。想定外の事態に動揺する魔女たちだが、ゴヤだけは冷静だった。

「あのー……今ここ、通常空間から隔離されてるんスよね?」

「ええ、そうよ」

「この茨、《隔離結界》の構築直後に出現したじゃないッスか」

「そうね。だから?」

「原因て、それじゃないッスか?」

「それ?」

「オリヴィエさんの魂、ここにはいないんスよ。でも同じ時間軸に存在する以上、体と魂は繋がってたんス。その繋がりが《隔離結界》で切れちゃったから、今は体のほうの霊的防御力がゼロになってるんスよ。だからたぶん、普段のオリヴィエさんなら抑えておけるはずのものが出てきてるんじゃないかなー、って思うんスけど……」

「……ガルボナード・ゴヤ?」

「はい」

「そういう事は《隔離結界》を使う前に言いなさいよ!」

「ええっ!? いや、それ無理ッスよ! だって俺、何するか聞かされてなかったんスから!」

「うるさい! 馬鹿!」

「イテッ!」

 これで累計何度目のビンタだろうか。王宮で幽霊騒動が巻き起こるたび、訳も分からず呼び出され、オバケを見てパニック状態の女王に理不尽な暴力を振るわれるのだ。

 M属性を持たないゴヤにとって、ビンタは普通に痛かった。

「あの、とにかく! とりあえず《封魔結界》のほうは解除してください! これじゃあ俺も魔法使えねえッス!」

「わ、分かったわよ。ラナンキュラス!」

「はい! 術式解除!」

 《封魔結界》の消失と同時に、再び動き出す茨。ゴヤは魔女たちを後ろに下がらせ、茨の攻撃を躱しながら前進を試みる。

 高火力の《鬼火》を放てば、目には見えない根の部分にまで打撃を与えられるかもしれない。しかし、それでは『彼』も一緒に攻撃を受けることになる。生霊の状態でうろつく『彼』にとって、中身の入っていない身体を攻撃されることはどのような打撃となるのだろう。

 前例のない事態に、ゴヤは攻撃をためらった。

 霊的能力者には、参考にできそうな『他人の体験談』が極端に少ないのだ。

(ん~……一か八かは、最後に取っておくとして……)

 距離を詰めると、触手のような蔓の大部分はゴヤのほうに向けられた。

 ガラスケースに絡みつく蔓はたったの三本。ゴヤはその蔓を狙って《鬼火玉》を放つ。

「どうだ!? ……ッシャア!! 陛下!!」

「ええ! 分かっているわ!!」

 蔓が消えた瞬間、女王は大型戦闘用ゴーレムを起動させ、ガラスケースを抱えて走らせた。

 まるでラグビーボールのように小脇に抱えられた『彼』の姿。ゴヤはそれを見て、心の中で「マジっすか!?」と叫んでいた。

 ゴヤは女王が《防壁》を張ることを想定していたのだ。まさか『彼』をガラスケースごと持ち出してしまうとは、想像のはるか上を行く行動である。

「なにフリーズしてるのよ!?」

「へっ? あ、い、いやぁ、まあ、これはこれで……オリヴィエさんがいなければ全力で《鬼火》も使えるし……って、ふぇえええぇぇぇ~っ!?」


 茨が立ち上がった。


 それ以外のどんな表現があるのだろう。床下に隠れていたものは、根っこではなく足だった。

 男性の下半身で、着用しているズボンとブーツは騎士団の古い時代の制服のようだ。それはちょうど、『彼』が特務部隊に所属していたころのデザインで――。

「あ、ちょ、待て!」

 茨はゴヤへの攻撃をやめ、『彼』を追って走り出した。

 ガラスケースを抱えたゴーレムがどこへ向かっているのか分からない。ゴヤは慌てて後を追い、その後ろに魔女たちが続く。

「待てーっ! 下半身ーっ!!」

 と言ってから、ゴヤは自分のセリフに首をかしげた。

 人間の上半身は無いが、茨は生えているのだ。あの茨を上半身だと思えば、下半身のみ呼び止めるのも妙な話だ。この場合、「待て」に続く呼称は何になるのだろう。盗人でもないし、侵入者かどうかも怪しい。あれはミュージアムが建てられる前からここにいたのか、それとも『彼』に取り憑いた状態でここに来たのか。それが分からないことには不法侵入罪は適用できない。


 さて、なんと呼んだものだろう。


 そんなどうでもよいことを大真面目に考えた末、ゴヤはこう叫ぶ。

「待てーっ! 暗黒怪人イバランテーッ!!」

 はたしてそんな名前だろうか。

 言った後でさらに首をかしげることになるのだが、思いついた瞬間は『これだ!』と思うのだから不思議なものである。

 バサバサ揺れる髪をタオルでまとめ、ゴヤは大声で叫ぶ。

「ミュージアムの中にいる幽霊のみなさーん!! 手伝ってくださーい!!」

 ゴヤは知っている。このミュージアムの展示品には、非常に多くの霊が取り憑いていることを。

 ここに収蔵されているのは歴代騎士団長の礼服、各方面軍部隊長愛用の武器、大規模災害や事件現場で殉職した騎士団員たちの遺品など、見るからに『それらしい品々』だ。それらに取り憑いた霊たちが、ゴヤの声を聞き、一斉に集まってきた。

「おお! なんだ、あの怪物は!」

「下半身だけ人間とは、なんと面妖な!」

「ガルボナード! 私たちに『仮初の肉体』を与えてくれ! 女王陛下をお守りせねば!」

「あのような奇怪なバケモノを野放しにするわけにはゆかぬ!!」

「共に戦おう!!」

「あざっす! それじゃ、近衛と警備部の方々は女性たちの護衛! それ以外はアレの捕縛でお願いします!」

「承知!」

「任せてくれ!」

「いきます! 《鬼哭》、発動っ!!」

 走りながら発動させた魔法。それはこの世でただ一人、ゴヤにしか使えない特殊な技だった。


 走り続けるゴヤの周囲に、一人、また一人と、騎士たちが実体化していく。


 これはゴヤの魔力によって作り出された『仮初の肉体』である。霊たちはこの『入れ物』の使用により、生前と同じ姿、同じ能力値で行動することが可能となる。

 魔女たちはこの魔法を何度も目にしているが、それは王宮で幽霊騒動が起こったときに限られる。王宮内に戦闘行為を要する悪霊が出現したことはなく、この魔法の真の力を目にする機会は一度も無かった。

 そのため魔女たちは、ゴヤの《鬼哭》を《サンスクリプター》と同じような『見せかけだけ』の呪文と考えていたのだが――。

「発動! 《バスタード・ドライヴ》!!」

「《ラズル・ダズル》!!」

「《雷火》!!」

「《ソニック・ブレイド》!!」


 実体化した騎士の数、なんと十七名。

 その全員が、普通に魔法を使っている。


「これは……どういうこと?」

「ガッちゃんの魔力だけじゃ足りないハズよね? 」

「いったい、この魔力はどこから……??」

 落ち着いて確認している余裕はない。ガラスケースを抱えたゴーレムを追って、謎の怪物は走り続けている。その後を追うゴヤと騎士たち、さらに後ろの魔女たちは、とにかく走って怪物の背中を攻撃し続けねばならない。

「人狼族は前に回り込んでください! そっちの重量級二名は《緊縛》を!」

「了解! 《緊縛》! ……うわっ!? 止まらない!?」

「クソ、引き千切りやがった! なんてパワーだ!!」

「風属性使えるヤツ! 俺たちに合わせろ! はあああぁぁぁーッ!」

「ウオオオオオォォォォォーッ!!」

 連射される《衝撃波》。魔女の結界とは真逆で、赤の他人同士で魔力を反発させ、その際に生じる衝撃を攻撃の一部として利用している。

 前方に回り込んだ人狼族の二人がより強い《衝撃波》を放つことで、どうにか茨怪人を足止めした。

「で!? ガルボナード!! 《緊縛》の鎖を引き千切るようなバケモンをどうやって捕縛する気だ!?」

「えっ!? 俺に聞くんスか!?」

「俺たちゃてめえの魔力で実体化してんだぞ!?」

「貴様がこの場の指揮官だ!」

「マジっすか!? えっと、じゃあ、凍結系の呪文使える人は!?」

「私だ!」

「足元凍らせて、走れないようにしてください!」

「承知! 《ライム・オン・タイム》!!」

 キイィィィンと甲高い音と、青白い光。

 足元に出現した魔法陣によって、茨怪人は膝から下を凍らされた。身動きの取れない茨怪人は、蔓を振り回して騎士たちの接近を阻む。

「チッ! 止められるのは足だけなのか!?」

「あの蔓が厄介だ! どうする!?」

「ガルボナード! 炎はマズいよな!?」

「あ、はい! スプリンクラー作動しちゃうんで、ナシの方向で! てゆーか、あの! この魔法、なんスか!? 見たこと無いんスけど!?」

 魔法陣の外周を奔るネオングリーンの光はきっかり五秒で陣を一周し、その都度、内側の光は円グラフのような形に欠けていく。魔法というより、最新電子機器の表示画面のようである。

「これは宇宙人から教わった魔法だ。ピッタリ九十秒間、敵の動きを止められる」

「え、宇宙人て?」

「私は生前、砂漠に不時着した宇宙人を発見・保護し、宿舎裏の物置小屋に匿っていた。拾った犬と、勝手に居ついた野良猫二匹も一緒だった。団長にバレたら怒られるような気がしたから、殉職するまで、誰にもナイショでこっそり飼っていたんだ。あの物置は、私の心のオアシスだった……」

「物置でって……それって、あなたが殉職してエサやりに来る人がいなくなったら……?」

「ああ……可哀想に、みんな餓死してしまったよ……。でも、おかげでほら。今もみんな一緒に……」

「ウワアアアァァァー!? 宇宙人の幽霊なんてはじめて見たアアアァァァーッ!!」

 ミュージアムの暗がりにひっそりと立つ宇宙人と犬と猫二匹。宇宙の神秘か、想いの強さか。彼らはそれぞれの手に『がんばれ』『カッコイイ!』『好き!』などと書かれた団扇を持っていた。飼い主の応援グッズまで具現化しているのだから、彼らの絆を疑う余地はない。

「……あっ! いやいや! 今はそれどころじゃ……つーかもう九十秒ッスよね!?」

「ああ! みんな気をつけろ! 術が破られるぞ!!」

「クッソ意味ねえええぇぇぇーっ!?」

 宇宙人のインパクトも茨怪人には通じず、足元の氷が解けると同時に、再びオリヴィエを追いかけ始めた。

 ミュージアムの地下展示室を出て本館一階、二階、三階、渡り廊下、図書館三階の廊下を駆け抜け、非常階段を駆け上がって図書館の屋上へ。オリヴィエを抱えた戦闘用ゴーレムは逃げ場を失い、屋上の隅で迎撃態勢を整えていた。

 階段を駆け上がった勢いのまま、まっすぐ突っ込む茨怪人。戦闘用ゴーレムはガラスケースを背に庇い、超高速で繰り出される蔓攻撃を両手で防ぐ。

 この茨の棘は金属に匹敵する硬度を持つらしい。鞭のような攻撃を受けるたび、岩石をベースに構築されたゴーレムはガリガリと削られていく。


 力の差は歴然。

 やはりこの怪人には、ゴヤが直接、霊的攻撃を叩き込まねばならないようだ。


 階段室の陰から様子を窺うゴヤと騎士十二名。魔女たちは怪人の全力ダッシュについてこられず、今はラナンキュラスの偵察用ゴーレムのみが随行している。

「ガルボナード、前衛は我々に任せてくれ。生身の君は我々の後ろに。君が倒れれば、私たちの実体化も解けてしまうからな」

「あ、はい。そうッスね……」

「なあみんな。さっきの氷の術と《衝撃波》を同時に使えば、少なくとも九十秒間は攻撃チャンスが作れる。役割分担は分かるよな?」

「当たり前だ。何十年騎士団員やってたと思ってんだ?」

「九十秒の間に、私たちが可能な限り削る。だからガルボナードは、術が解除されたと同時に俺たちもろとも《鬼火》で焼き祓ってくれ。それが一番確実だ」

「あの、でも、そんなことしたら……」

 貴方たちも一緒に消えてしまうのではないか。

 そう言おうとしたゴヤの肩や背中を、霊たちは大きな手で優しく叩く。

「その程度で消えるほど、俺たちの『未練』は軽くねえさ」

「並の執念で三百年も幽霊やってられるかよ」

「遠慮なくぶちかましてくれよ。全力でな」

「……はい!」

 簡単に段取りを打ち合わせ、ゴヤたちは行動を開始する。


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