そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.6 < chapter.1 >
その日、デニスは悩んでいた。
「ねえ、レインさん? バースデープレゼントって、物以外だったら何があると思います?」
「物以外、ですか? ん~、そうですね~……?」
今は任務を終え、本部への帰路についている。レインは馬車の中、デニスは御者席で、それぞれ自分の仕事をしながらの会話だ。
「一緒に旅行したり、映画を見たり……って、ベタですけど、無難に喜ばれると思いますよ? それなりに仲の良い相手となら、物をもらうより嬉しかったりしますし」
「あ~、そうなんですよね~。そこですよね~」
「そこ?」
「『それなりに仲の良い相手』ってところです。僕、その人と知り合って日も浅くて……」
「どのくらいですか?」
「現時点でまだ一週間も経ってなくて……。『彼』の誕生日、来週なんですけど……」
「あ、それ、かなり困るパターンですね。物を贈ると、必要以上に気を遣わせちゃいそうですし……」
「はい。かといって、一緒に何かを体験するっていうのも、まだちょっと……って感じがしません?」
「分かります。まだお互いの性格とか、分かってないんですよね?」
「ええ、まったく。軽く自己紹介して、何気なく雑談してたら誕生日が来週だって分かった感じで……」
「ご家族と同居されている方ですか? 単身の方でしたら、仲間内でちょっとした飲み会か食事会を開くのが一番だと思いますが」
「ん~……単身は単身なんですけど、その、なんていうか、実質、寝たきりみたいな状況で……」
「寝たきり!? あ、もしかして、重篤なご病気の方ですか!?」
「あ、いえ、病気ではないらしいんですけど、気持ちの問題でなかなか外に出られないというか……」
「あー……なるほど。心因性ですか……」
「ええ~と、まあ、はい。心因性……だと思います……」
「そういう方には賑やかなお祭り騒ぎよりも、静かに過ごすための本やアロマをプレゼントしたいところなのですが……」
「私物が持ち込めない環境にいるんですよ」
「でしょうね。気持ちが不安定なときには、どんな物でも凶器になりえますから……」
レインが想像しているのは精神病院の入院患者か、はたまた自宅に引きこもり中の人物か。精神状態には問題ないのだが、それを正確に伝えることはできない。デニスは曖昧に返事をして、最初の問いをもう一度口にする。
「物以外だったら、何があると思います? 外に連れ出すのは、かなり無理っぽい感じなんですけど……」
「それは……難しいですね……」
レインは報告書を書く手を止め、カーテンの隙間から外を見る。
おりしも馬車は中央市最大の歓楽街、ニューラタン・シティを通過中である。流れる景色にいくつもの劇場、ショップ、バー、カードゲームやゴーレムプロレスのバトルリングが存在するが、それらすべてを『楽しむことができない人』への非物質的プレゼントというと――。
「すみません。私には、そういった状況に置かれた方の気持ちが分かりません。その方ご自身に、誕生日に何がしたいかお尋ねすることはできませんか?」
「本人に、ですか」
「ほら、小さい子供がよくやるじゃないですか。『肩たたき券』や『お手伝い券』を家族に渡すやつ。あれを真似して、『その日一日、なんにでも付き合う券』とかどうです? 何をするか、二人で話し合って決めるというのは……」
「そっか! そうですね! ありがとうございます。僕、バースデーっていえばサプライズプレゼントか派手なパーティーだと思ってました。なるほど。計画時点から一緒にやるって手もあったのか……」
「まだ互いのことを理解していないなら、これをきっかけに理解するのはどうでしょう?」
「ですね! 今夜にでも、本人と話してみます!!」
「うまくいくといいですね。あ、人手が必要なことがあれば、私にも手伝わせてくださいね? 話を聞いた以上は、結果まで見届けたいですし!」
「ありがとうございます! よぉ~し! 頑張るぞぉ~!」
「おぉ~!」
二人で拳を突き上げて、それから顔を見合わせてアハハと笑う。
レインとデニスの会話は誰に聞かれることも無く、二人の耳にだけ届いていた。少なくとも、この場の二人はそう思っていた。
しかし、そうではなかった。
その晩、ゴヤは王宮に呼び出されていた。
謁見の間にずらりと居並ぶ魔女たち。王宮で働く魔女以外に、魔女の里からも三十名以上の魔女が招集されている。
ヴィヴィアン女王は、怯えた仔犬のように縮こまるゴヤを見て溜息を吐く。
「ガルボナード・ゴヤ、顔を上げなさい」
「はい……」
ゴヤは用件を聞かされていない。入浴後、宿舎でくつろいでいたら突然王宮の使者が来て、無理矢理馬車に押し込められてしまったのだ。服装もジャージにTシャツ、首タオル、サンダル履きのまま。とてもではないが、女王に謁見できるような恰好ではなかった。
「あの……サーセン、状況がさっぱり呑み込めないんスけど……」
「そうでしょうね。ラナンキュラス、説明してあげて」
「はい」
王宮勤めの魔女、ラナンキュラスが進み出る。
ラナンキュラスは花のネイルアートが施された指先をくるくると回し、偵察用ゴーレムをステルスモードからノーマルモードに切り替える。
中央市内ならどこにでもいるモンシロチョウに擬態したゴーレムは、ラナンキュラスの指先にとまって音声再生を始めた。
それは昼間、走行中の馬車で交わされたレインとデニスの会話である。
一通り聞き終えてから、ゴヤはラナンキュラスの顔を見て首をかしげた。
「バースデープレゼントの相談が、どうかしたんスか?」
「デニス・ロットンの身辺を調べさせてもらいました。彼には、来週中に誕生日を迎える知人はいません」
「え?」
「ただ、『来週が誕生日』『ほぼ寝たきり』『外に出られない』という条件に合致する人間はいます。騎士団本部の中にです。あなたにも心当たりがあるでしょう?」
「あー……えーと……あの、もしかして、その蝶々、特務部隊オフィスにもちょくちょく来てました?」
「ええ。都合よく、窓辺にレインちゃんの鉢植えがありましたから。適当な花にとまらせておきました」
「やっぱり。モンシロチョウのくせにユリの花にとまるから、なんかおかしいと思ってたんスよ。モンシロチョウの口吻の長さじゃ、ユリの蜜までは届かねえんスよ?」
「あら、そうなの? あなた物知りねえ?」
「食性の把握は虫屋の基本ッスから」
「やあねえ、バレてたなんて。ショックだわ。でも、それならどうして追い払わなかったの?」
「殉職した大先輩たちが、『これは大丈夫だ』って言ってくれたんで。先輩の言葉を信じた感じッス」
「あら……あのオフィス、そんなに頻繁に幽霊が出るの?」
「毎日誰か一人は遊びに来てるッス」
「それなら、その中に『彼』もいたでしょう?」
「えーと……もう、バレてるんスよね? オフィスでの会話とかも……」
「まあね?」
「なら、しょうがないッスね……」
ゴヤはフウとひとつ息を吐き、それから女王に向き直った。
「俺が呼び出されたのは、オリヴィエ・スティールマンに関する情報を得るためッスか?」
「ええ、察しの良い子で助かるわ」
「何から話したらいいッスか?」
「彼の今の状態を教えて。彼は目覚めることができるの? できないの?」
「できます」
「なら、どうして目覚めないの?」
「それは……」
「それは?」
「社会科見学中だからッス」
「……ん? なんですって? しゃかいかけんがく?」
「はい。オリヴィエさん百年も寝てたせいで、ボールペンもテレビもタッチパネルも知らないんスよ。生霊のままあちこち見て回って、現代の道具の使い方とか、色々勉強中なんス」
「それは、目覚めてからでも学習できるのではないかしら?」
「えっと、生霊なら肉体疲労無しで、二十四時間フルで活動できるんス。でも封印状態から目覚めると、やっぱ睡眠も食事も必要じゃないッスか。それだと時間ももったいないし、いちいち色んな申請出さなきゃ入れない場所とかあるし……不便なんス」
「本当に、それだけが理由なの?」
「俺はそう聞きましたけど」
「そう……でも、そんなはずはないのよね……」
「え?」
「ここにいる魔女全員が、今日、同時刻、全く同じヴィジョンを見たわ。地の底から真っ黒な茨が生えてきて、彼の身体をがんじがらめにするの。七十七名の魔女が同時に同じ未来を予知するなんて、先代魔女王の死を予知した時以来の異常事態よ。彼の魂は、本当に自分の意思で体の外にいるの? 戻りたくても戻れないわけではなくて?」
「それは俺には分からないッス。俺が会ったのは、身体の外にいる生霊のオリヴィエさんだけなんで……体のほうがどうなってるかまでは……」
「それなら、体を見れば何か見えるかもしれないわね?」
「はい?」
「シエンナ! 出かけるわよ。支度してちょうだい」
「かしこまりました」
「え、あの、ちょ……俺、今度はどこに連れていかれるんスか!?」
「決まっているじゃない。騎士団ミュージアムよ」
「今から!?」
「あら、何か不都合でも? 総勢七十七名の美魔女と夜遊びできるのよ? 喜びなさい」
「あ、はい。わーい、嬉しいなー……」
「うん、よろしい」
実年齢不明の魔女たちに腕を掴まれ、ゴヤは騎士団ミュージアムへと強制連行された。




