代理人、奈落に落ちる
「ぐぅっ。。」
何かに引きずられている痛みで俺は意識を取り戻し、目を開くと最初に見えたものは燃え盛る炎の川だった。
「熱っ!どこだここは!」
灼熱の風に吹かれながら俺は俺を引き摺っている奴を見る。するとどうだろう。俺を引き摺っている存在はあろうことにも竜の下半身にサソリの尻尾、いくつもの動物の頭を腰から生やし、女の上半身をくっつけた悍ましい生物?だった。
「うおおおおおおおおお!誰だお前は!」
「起きたばっかりだってのにうるさい奴だね。ちょっとは死人らしく黙っていたらどうだい。死人に口なしって言うだろう?」
「うるせぇ!お前みたいなSAN値を削り取るバケモンに引きずられてたら死人だって発狂するわ!」
すると女の顔のハイライトが突然消えて直後に俺は首根っこを掴まれて、炎の川に投げられていた。
「ちょっとお仕置きしないといけないようだね。ちょっとは痛い目を見るといい。って、え?」
俺は全身火傷を覚悟して落ちていったが不思議なことに川は一切熱くない。火傷は一つもなく、俺を縛っていた糸だけが燃えていく。川周辺はあんなに熱いのに中は熱くないってどういうことなんだ?
「坊や、死人じゃあないのにどうやってここへ落ちてきたんだい?てか、よく見ると坊や、ホントに人間かい?」
自由になった俺は燃え盛る川の中で立っている。その場で上を見上げても視界を埋めつくすのは圧倒的な闇だ。それにこいつは落ちてきたって言ったな。
「まさかとは思うがここは冥府か?」
質問に対し、女は後ろに振り向かずに虚空を小突くとそこから靄が徐々に晴れていき、俺の目の前に巨大な門を出現させた。そしてその門の左右には果ての見えない、長い壁が出来上がっている。
俺の中に生じた懸念が焦りへと変わっていく。もし俺の知識が正しければここは相当にヤバい場所だ。俺の焦りを感じたのか、女は俺を見てニヤリと笑う。
「やっとらしくなったね。ここはそう、冥府の底、神に仇なした大罪人たちが跋扈する、神々すら近づくことさえ忌み嫌うタルタロスさ!ここに来たが最後、あんたはもう光の下へは戻れない!あんたに残された道はこの門の中で永遠に苦しむだけなのさ!」
最悪だ。よりにもよって世界の最下層へ来てしまった。ここを出るには最高神の許可が必要なのにあの野郎が許すわけがない。ガコン、と大きな音がした方へ目を向けた時には時すでに遅しだった。青銅でできた巨大な門の中から出て来たのは無数の手を生やし、五十の頭を持つ目を背けたくなるような巨人だった。
「ブリアレオス、さっさとあの得体の知れない坊やを門の中へ連れていきな!そしてここの法ってヤツを骨の髄に刻んでやりな!」
「分かったよ、もう。カムペーはホント煩いんだから。ほら、さっさと行くよ。」
そう言って無数の手の一つに胴体を握られ俺は門の中に入っていった。
〜〜〜〜〜〜〜
「ねぇ、君はどうしてここに送られて来たんだい?何か神様達の気に触るようなことしたの?」
「知らねぇよ。自分の妹と幼馴染を探してたらゼウスの代理人に雷霆でバンバン打たれまくって気失ってここにいたの。くそっ。」
百本ある腕のうちの一つに握りられて何処へ連れていかれること数十分。流石に無言が続いたので巨人さんもつまらなくなって来たのだろう。
「君、代理人って言ったけどそれってどういうこと?」
「ブリアレオスって言ったな、お前はここにいるから分からないかもしれないがこの世界は神々の代理人が仕切ってんだ。でな、そのゼウスの選んだ人間にボッコボコにされてここに来たんだよ。」
自分で自分の敗因を語るってなんか変なカンジ。それにしても俺はいつまでこのまま握られているんだろう。
「道理で僕もここにまた落とされたわけだね。たまたまオリュンポスの近くにいたら急にその代理人に気持ち悪いって言われて。本当にゼウスだったらそんなことしないから。」
天神の奴ホント横暴だな。
「なぁブリアレオス、ところで俺はいつまでお前に握られてなきゃいけないんだ?」
「あともうちょっとで着くからさ。君の足で今から行く場所に行こうとすると最低400年はかかるよ。僕の方が断然早いだろ?」
ふむ、確かに。こんな真っ暗な場所で歩けと言われたらどうしようもない。しかし、肩に乗せるとか他にないのか?などと考え事に耽っていると突然何処からともなく蛇が這いずるような音がした。そしてその音は次第に大きくなっていくのに姿は一向に見えない。
「おい、なんか音がするんだが?大丈夫なんだろうな!」
「あぁ、君のお迎えが来たんだよ。ここの主と言うべき存在だね。でも彼が出張ってくるなんて相当なことなんだろうな。」
するとブリアレオスは俺を持ち上げてその音の発生源に語りかけた。
「おーい!君大きいんだからもうちょっと頭下げてくれないと全然見えないんだけど!」
『はーはははっ!すまぬな!』
謝罪と共に暗闇から出て来たのは「化け物」と呼ぶには生易しすぎるほどの存在だった。全長600メートルはあろう巨体に無数の蛇を肩から生やし、裂けた口からチロチロと出てくる焔は余熱だけでも人間を容易に焼き殺すことができそうだ。
「ブリアレオス君。まさかとは思うがこ、こここここの方はテュポーン様では?」
「おっ、君よく知ってるじゃないか。そう、この図体がでかいのがテュポーンだ。一応僕の異父弟だ。ところで僕はどうして「君」でテュポーンが「様」なんだい?」
か、かかか母さんん!僕異世界で化け物の王に会ってしまいました!やだ!まだ死にたくない!
『で、兄者よ。我はこの人間モドキを父上の館まで連れていけば良いのだな?』
「そうなるね。後はよろしく頼むよ。僕はまた門番をしに行かなきゃならないから。じゃあ人間君、後は頑張ってね。」
そう言い残し、あいつは俺を地面に置いてそのまま暗闇の中へ戻っていった。どうしよう。俺怖くて振り向けないんだけど。すごい目線を感じるんだけど。俺このまま食べられちゃうのかな。
「てゅ、てゅ、テュポーン様、今日はお日柄もよく...」
『お主、本当に人間か?』
急な質問に思考が追いつかない。他の人間がこの状況でいるのなら教えて欲しい。どうやって答えればいいんだろう。
『ほれ、なんとか言ったらどうなのだ。』
「ひゃい!人間です!人間だと思います!」
え、ちゃんと答えたのに何で怪訝な顔をなされているんでしょう。俺には分からない何かが見えるのか?
『名前は何という?』
「神原一と申します。」
『ふむ、お主の名は覚えたぞ。であれば、お主をまず我の父上に会ってもらう。父上にお主の処遇を決めてもらうからのう。』
「処遇とは何に対してのでしょうか」
『それはお主、ここに落ちてきたからには何か悪いことでもしたのであろう?それならば裁かれなければならん」
え、でも俺何も悪いことしないししてないし。ただあのいけ好かない奴に襲われてここに落とされただけだし。
「あのぅ、面会を断ることって出来ませんかね。」
『ならん。』
母さん、僕これからどうなるんでしょう。