第一章4 僕は何も知らない
――静寂に包まれた闇の中、遠くから人々が集まってきた。
「そこで何をしている!」
槍の刃をこちらに向け威嚇してくる。
「ねぇ・・・あそこって・・・カレンちゃんの・・・」
ふと冷静に考え自分が馬鹿らしく思えてきた。
自分に助けを求めてきたその『カレン』という少女は僕に名前すら語らなかった。名前も知らない人間に僕は期待し、気を使って助けようとしたというのだから――
槍の刃がこちらに向けられたまま、僕は牢へと連行される。
――何時間がたっただろうか。何日が経過したのだろうか。しばらくの間牢から出されることはなかった。
その日、今までにない足音が聞こえた。二つの足音が近づいてくる。
牢の前で止まると扉は開かれ、「入れ」とだけ一言男が言うともう一つの足音は牢の中へ入りその場に座り込んだ。
様子を窺うとその顔には見覚えがあった。そこにいたのは紛れもない。『カレン』だ。しかし、その姿にあの時の勇ましさと可憐さは無く、無気力に落ちた自分を見ているかのようだった。
「――どうしてここに来た」
それは言葉を発することすら許されなかった僕が数年ぶりに出した言葉だった。しかし、その言葉が自分にとってとても馬鹿らしく、許せなかった。
「禁忌を犯したから・・・キミを連れ出すという禁忌――」
そんなことは知っていた。違う。そうじゃないんだ。僕が本当に聞きたかったのは――
「ごめん――」
不意に出た彼女のその言葉に思考が停止した。何故君が謝るんだ・・・君の親を殺めた僕が謝る立場なんじゃないのか――
短い時間だった。それでも君のことをよく見ていた心算でいた。だが、それは違った。
僕は――
君の名前も知らなかった。勇気も知らなかった。心意も、心の中も――
――僕は君のことを何も知らないんだ。