第一章2 こんな僕に助けを求めるのか
――右手から多量の血液が溢れ出ている。周囲は朱く染まり、血溜まりができる。
周りの人々はその光景にざわつき、でも動揺は見せなかった。
聞こえるものは、僕は「バケモノ」だと、そう認識させるものばかりだ。
「――たすけて」
その声を僕は聞き逃さなかった。騒音に隠れた一人の少女の悲しげな声だ。
何を思ったのか、何を感じたのか、それは解らない。だがその時の僕は、彼女の方を向いてそっと頷いた。
いや、頷いてしまっていた。自覚もない自分を他所に、彼女の声は聞こえなくなった。
「――戻れ」
その一言は僕の一日に終わりを告げるものだ。
牢へと連れられ重く冷たい音と共に牢の鍵が掛かる。
またここに戻ってきた。この牢が僕は嫌いだ。時間が止まった様に何も変わらない感覚に包まれる。変わり続けるのは僕の体だけだ。
何れは左手も無くなることだろう。足も無くなるだろう。そして、何もかもなくなって、僕は消えていくのだろう。そうとしか思えない。気づいた頃には忘れられている存在なのだろう。
「――ねぇ」
考えるのに夢中になっていた僕は、その人物の足音にも気づいていなかったようだ。
だがその声には聞き覚えがあった。それが僕に助けを求めた少女だということに確信を持った。
「たすけてって言った時、助けてくれるって、そう応えたよね――」
確かに僕はあの時頷いた。しかし、僕に助けを求める彼女は何を求めているのか、こんな僕に一体何を助けろと言うのか、それを理解することは出来なかった。
それを事実だと知りながら彼女の方を向き、再度頷いた。
「――そう。あなた、名前は?」
名前。もう記憶から無くなっていた自分の名は、何と言っただろうか。
僕は黙って首を振ることしかできなかった。
それを察したように彼女は口を開き、
「私はアリシア。私に付いてきて」
何処から盗み出したのか、彼女は何事もなかったかのように牢の鍵を開けた。
それが禁忌だと知ってのことか、僕が忌み子として扱われているのを知ってのことか、一つだけ確かなことは、頼みの綱が残っていないのだろう。
外の空気が冷たい。集落の人々も寝静まった深夜、周囲の微かに残った火種の灯を他所に、久し振りに見る月が何処か切なく感じさせる。
それは今目の前を歩く彼女もまた不安気な顔をしているのだろう。繊やかな腕と孅い脚が微かに震えている。
軈て一件の民家の前で彼女は止まり、一言告げた。
「父は一週間前、謎の病に掛かりそれから寝たきりで、医者にも診て貰ったんだけど原因不明だって言われて――」
状況を漸く理解した。当てを無くした彼女は、僕の忌み嫌われる力に頼むことにした。という事だろう。
この力でどうにか出来るものかは確認しなければ解らないだろう。
どこか期待に応えなければならないという使命感に駆られていた。彼女の決意と覚悟を感じながら、それを見過ごす僕に成りたくなかったのだろう。
「――入って」
その一言に続くように、僕は彼女の家へと足を踏み入れた――