1ー① ついにこの時が来た……
暗い闇の緞帳が降りた世界。そこは人間の視覚では黒しか見えない世界となる。
そこに灯りが宿った。
揺らめく、蝋燭の炎の明かり。確実に闇は払われこそするものの、それは朧気で、どこか不気味さを誘うものであった。
その灯りに1人の男が写し出された。指と足を両方とも組んでいて、座っている男が。椅子の形は暗闇のせいもあってか、詳しくは見られない。
男の顔つきは10代後半、彼が現在いる場所、ヴァルハラント学校の学生であることを考えるなら年相応の顔立ちと言えよう。長いとも短いとも言えない中途半端な長さの黒髪。着ている服は黒を基調とした制服、その上から同色のマントを羽織っていた。それ故、肌以外は全て黒一色で、周りと同化している様にさえ見える。
男の名はヴァン。ヴァン・グランハウンド。この学校に所属している一学生。そして同時に、この学校に新しく就任した生徒会の会長でもある。
「ついにこの時が来た……」
そう、言葉をつむぐと彼の唇の端をつり上げながら、笑った。それは決して微笑みなどという柔らかなものには程遠い、残忍さを伺わせる笑み。
子供や一般の人の笑いを善とするならば、こちらはさしずめ悪の笑いとでも言おうか。
「我が夢が叶う、この時が……」
声が漏れ出てくる。くつくつと漏れ、その声がやがて部屋に響音し、余すところなく広がっていった。
徐々に、徐々にそれは大きくなっていき、哄笑へとなっていく。
「くっくっくっ……はっはっは……はーはっはっは!」
体を仰け反り、肩を震わし、笑い声が響く。
絶頂。少なくとも彼にしてみるとそうであった。自らが望む完璧な状況を作り、それを演じられることは本人にとって何とも心地の良い、酔いにも似た感覚が脳に溢れていたから。
しかし、それがぴたりと止まった。何処か不満そうな色を滲ませた顔のままで彼は独り言を呟いた。
「ふむ……どうにも笑い方に品が無い。これでは小悪党の気が漂ってしまうな……魔王たるもの、もっとこう……威厳のある笑い方をしなければ……」
と一度、目を閉じ、再び目を開く。
「ふひゃひゃ……ふひゃひゃ、ふひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
と、その奇声も突然消え、悩みにふける様に顔が歪んだ。
「駄目だ駄目だ……これではただの狂人のもの……威厳も風格も備わっていない。こうではない……」
では、と顔を変え、改めて笑いを作る。そしてその口から笑いを漏らした。
「ふっふっふっ……はっはっはっ……」
これだ! ヴァンは思わず脳内で叫んだ。
(これこそまさに理想! 静かでありながら大物の気質を感じさせる笑い方!)
「ふっふっふ……はっはっはっ……はっ! はーはっはっはっはっはっ!」
気分が乗ってきたのか、ヴァンは椅子から立ち上がり手で顔を覆った。
「あーはっはっは! ついに、ついに叶うのだ、私の夢が! 魔王になるという夢が!」
「生徒会室で騒いでんじゃねえ!」
パァン!
世界は暗闇でもヴァンには星がくっきりと見えた。
この世界には2つの種族が存在する。
人族、魔族、この2種類である。この2つの種族はお互い対立することなく、共存して暮らしていた。
人族達は知恵を発達させ、魔族に思いつかなかった発想、道具をもたらした。
魔族達は魔法を発達させ、人族に出来ない魔法の使用をもたらした。
このようにお互いが持てる技術や知恵を提供しあい、よりよい生活を送れるようにどちらも努力をしている。そこには差別もなく、恐怖もない。
ただお互いが繁栄できるように、という思いやりから行っている。ここは本当の意味での共存をしている世界なのだ。
この話は、そんな魔族も人族も通える学校、ヴァルハラント学校の新生徒会長ヴァン・グランハウンドと、新副会長グレイ・グラディウスと、書記係兼風紀係兼雑用係、要するにその他諸々一切合切担当のミリア・ヴァレステインの3人を中心とした、多くの人族と魔族が繰り広げる話である。