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⑨たとえば、決着の黒と白


「……それでね、お兄様はもうずっと前から考えてあったって言うの。カークなら安心だし、向こうだって本家のお嬢様を夫人として迎えれば周りが一目置くだろうからって」


 トリーが自分のベッドに座ったままで話を続ける。アリスは相槌を打ちながら、いつもと同じように彼女の柔らかい髪を緩く編んで寝る準備を進めた。


「でも、よく考えたら向こうは、私がよちよち歩いている頃から知っているのよね。それってなんだか複雑な気分だわ」

「素敵な淑女になりつつある事も、ちゃんとご存じのはずですよ」


 アリスはとりなしたが、本人は不満が残るらしい。ではレスターのようにほとんど顔を合わせた事がなかった相手と結婚するのはどう思うか聞いてみると、それも難しいと何やら考え込んでいる。


「近いうちにカークは領地の事をやらないといけなくて、使用人も本当にそろそろ引退するんですって。その間は手紙のやり取りをする事になったの」


 何か書く事あったかな、とトリーは早くも思案し始めたので、アリスはとりあえず横になって考えるように勧める。


「きっとその頃には、会えなくて寂しいって書くと思いますよ」

「……そうかな」


 なんか恥ずかしい、と顔を隠してしまった主人を微笑ましく見守りつつ、今夜もどうにか寝かしつける事に成功した。


  




廊下へ出て使用人の休憩室へ向かうと、隅の方でそのカークが休憩しているのを見つけて近づいた。いつもよりぐったりと、そして見るからに機嫌が悪そうで、誰も声を掛けるような雰囲気ではない。しかし、なんだ、と言わんばかりの視線に負けないよう、アリスはなるべく冷静に事務的に話を振る。


「ちゃんと家庭教師の先生を足止めしておきましたよ」

「ああ、それはどうも」

「……ちらりと小耳に挟んだんですが、エディがそちらにお手伝いに伺うそうですね。それはもうすぐの話なんですか?」

「来月以降の話だ、従僕の仕事に穴は開けられない。今は閣下も一緒に領地の屋敷にいらっしゃるようだが、必ず出席しなければならない予定があるから、そのうち戻って来るだろう」


 カークから情報を得たアリスは、エディがそのタイミングで戻ってくるだろうと信じて、仕事をしながら待つ事にした。ほかの女性使用人たちが部屋に引き上げた後もソファに陣取って、トリーの新しいドレスをあつらえるため、仕立て屋に送る要望書の下書きを始めた。その夜は静かなもので、アリスも適当に切り上げて眠りについた。

 

 翌日、仕事の終わったアリスに話し掛けて来たロバートはすっかり酔いも醒めたようで、いつも通りの優しいおじいちゃんである。アリスに紙袋を渡してきた。中には大量の金貨、ではなく重さと匂いからしてお菓子のコインチョコらしい。このお菓子が欲しくてエディに店を聞いてみたのだが、確か少し遠いと言っていたのを思い出す。


「ありがとうおじいちゃん。ちょっとお金持ちの気分」

「だろ、俺の退職金だよ。エディと山分けするといい」


 硬貨を模したお菓子は、ちょうどアリスが持っている手品用のコインのほとんど同じ大きさだった。


 冗談を言い合って、ロバートからあまり遅くまでやらないように、と忠告されつつも、アリスはまだベッドへ戻る気にはなれなかった。今夜はコインを投げて表ならもう寝よう、とポケットからいつも通りに取り出して何回か投げてみたが、一度も表は出なかった。これは神様が、もう少し起きていても大丈夫とおしゃっているのだと判断しながら仕立て屋への要望書を書き終えた頃、外で馬のいななきが微かに聞こえた。


 屋敷では多くの人が働いているので違う人かもしれない、と思いつつもアリスは休憩室のドアノブが回されるのをじっと見ていた。そろそろと静かに開いて、覗いた顔はまだ起きていたアリスを見つけて目を丸くする。


「……おかえり。大変だったね、エディ」

「……うん」


 あげる、ほら、ロバートさんから。側に置いてあったお菓子の袋からコインチョコをアリスは取り出して、エディに渡した。まさか本当にこんな時間に戻って来るなんて、きっとお腹も空いているだろう。レスターは姿が見えないので、どうやらまだ領地のお屋敷にいるようだ。


「……もしかして、待っててくれた?」

「……さあ、どうかしら。疲れていないの? 大丈夫?」


 エディは当たり前のように、長い足を持て余しながらアリスの横に腰を下ろした。手の中の金貨は重さで違うと判断したようで、嬉しそうに包み紙を破き始めた。


「そうでもないんだ、向こうで昼寝する時間もあった。料理長が好物作ってくれたり式典優勝のお祝いを皆が言ってくれたりして、楽しかったよ」


 家令さんがアリスの心配をしていた、とエディは饒舌に話を始めた。向こうの領地で仲の良い人達が一通り挙げられたが、一番知りたい事の話はどうやら避けているらしい。

 彼に出自の話を聞いてはいけない、という子供の頃に言い含められたルールを、アリスは意図して破る事に決めた。


「……ご両親が見つかったていうのは、本当なの?」


 話の合間を縫った問いかけは、妙に声が掠れてしまう。エディが急に黙り込んでしまったのを、アリスは肯定と受け取った。生き別れの両親を名乗る男女が領地の屋敷に押しかけているという話である。彼がチョコをもう少し食べたいと言うので、アリスは袋ごと渡してしまった。

 コインチョコを全部手放したアリスに残ったのは、手品用の本物だけ。慣れ親しんだ重さと感触を、いつも通りに右手に構えた。


「……何か賭けるの、アリス?」

「さあ、どうかな」


 コインを弾き、しばらく宙を舞った後で手の中におさまった。部屋は静かで、時計の針の音だけが響いていた。右の手の平ごしの感触が、裏を出した事を伝えて来る。エディもきっと疲れているだろうし明日にでも、と逃げを打ったが、こういう時に限って思い通りの目は出ないのだ。背中を押すというよりは、ぐいぐいと腕を引っ張られるような感覚で、アリスは口を開いた。


「…エディ、食べながらでいいから、こっちを向いて」   


 アリスは彼の、物がよく見える素敵な目と視線を合わせるために顔を上げた。今日はどんな手品、と言わんばかりの表情で、エディはアリスの言葉を待っている。


「エディがこの間言った通り、見直す事にしたの。ただ、どこを見たかって言うと、私自身の話なんだけど」


 いつも彼と話をする時の、楽しませるため仕込んでおくタネと仕掛けを、今晩は何一つ用意しなかった。口にするのはたった二文字でいいと高を括っていたが、想像以上に口が動かない。

 

「……タネも、仕掛けもございませんよ」 


 なかなか言葉が出せないので、いつもよく口にする決まり文句を代わりに出した。奇蹟のマジックと謳ってはいるが、実際にサーカスのテントで行われるのは入念な準備と計算に基づいた出し物だ。アリスがこの幼馴染を手品で感心させるには不意をつくか騙し討ちか、そんな事ばかり考えているので、こういう時にかえって困ってしまうのだろう。


 彼に帰る家ができて、家族と会えたならもっと祝福するべきだろう、と自分自身が腹立たしい。こんな事なら羊皮紙をもらって来て書きつけ、それを読み上げた方がいくらかスムーズだった。将来の伴侶に向けて、手紙という方法を提案したカークはやはり頭が良い。


「……大丈夫?」

「少し準備が足りなくって」


 もったいぶっているみたいに受け取られるのは不本意だったので、アリスは覚悟を決めて深呼吸した。勝負を仕掛けるかのように、エディの目を見て、手の中のコインを握り締める。


「私、エディの事が好きなの」   


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