主人公国人と対面す
甲斐の国衆でもあり、ここら一帯の領主でもある小山田信茂の谷村舘へは遠いので、侍と馬を二人乗りして、行くことになった。バイクのタンデムなら慣れているが、馬は初めてだ。生き物の脈動が尻や足を通して伝わってくる。馬の体臭にも慣れていないので、不快だ。
「エディー殿、馬は初めてか」
「初体験でござる」
敬語が分からないので、文末にござるをつけて一人赤面する。時代劇の登場人物になったつもりで話せばいいと思っていたが、意外と恥ずかしい。
村を抜け、林を抜け、武士は馬を走らせる。生き物が持つ柔らかさをバイクに変換したような疾走感が体に伝わる。鞍というものは、安定感が弱く不便だ。まるで、恋人の乗るオートバイの腰にしがみつく処女のように俺は恥も外聞もなく、武士の腰にすがりついた。見事に鍛錬された腹筋や背筋が両手越しに伝わる。
後で知った事だが、この時代、男同士の交際も盛んだったとか。
簡素な城というか、館にも見えるそれが、谷村舘だった。城は教科書等で見ているので感慨はないが、中に入ると清楚な畳や襖に気圧される。自室がゴミ部屋なぶんだけ、汚したらいけないと余計な緊張感に襲われる。
奥座敷に通されると、先ほどの侍よりさらに位の高そうな男が、背筋を伸ばして座っている。
年の頃は三十三、四といったところか。年より老けて見えるのは、スキンケアを放置しているせいか。
戦国時代なら紫外線対策もしていないのだろう。
直感的に、相手を怒らせたら首が飛ぶと思ったので、とりあえず土下座した。
「面を上げい」
と言われてやっとこさ顔を上げると。早速質問された。
「農民どもが未来から来たというので興味を持った。ミライという国は聞いたことがないので、これは後の時代を示すのではないだろうか。どうだ?」
「さすが殿様。恐れ入りました。その通りでござる」と俺は少々大げさに返事をした。
「ということは、この国の行く末がお主は判るのだな。申してみよ」
俺は困った。なんども述べているように、日本史の勉強をまったくしていなかったのだ。ギリギリ戦国時代に関係ありそうな単語を思い出し、告げてみる。
「おりだ(織田のこと)ってご存知でござりますか」
「ゴリラ、知らんのう」
こちらの発音がまずかったのかゴリラと伝わってしまった。南蛮文化が伝わっているわりには『ゴリラ』を知らないとは無知にもほどがある。俺は掲示板から仕入れたゴリラ動物最強説を論じてやった。
「ということは、お主が伝えるところのゴリラという猿は白い熊よりも強いのか」
「白い熊ではなく、シロクマ。北の方に住む熊でござるが。シロクマなんか足元にも及ばぬぐらい強いのでござる」
「では、ゴリラはどうやってシロクマを倒すのか」
「崖によじ登って、シロクマが通りがかったら上から石を投げるのでござる」
「それは少々卑怯ではないのか」
「ううっ」俺は言葉に詰まった。小山田という殿様はさらに追い打ちをかけた。
「ゴリラの話はもう良い。この国の先の歴史を知りたいのじゃ」
そろそろ、殿様の頭の上に湯気が立ってきそうだったので、俺も必死に歴史用語を頭の中で考える。
そしてたどり着いたのは『里見八犬伝』だった。