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ハイファンタジィ 短編集

魔王の生まれ変わりを殺せますか?

作者: 雪 よしの

 ”私は、落ちいく。何かを必死につかみながら。”

「わー!」

そこで目が覚めた。又、いつもの夢だ。


「エレンはうちの寝坊助雄鶏より早起きね。又、怖い夢でもみたの?声が聞こえたけど?」


 母さんは、少し心配そうに私の顔を見つめた。貧しい農家の我が家は忙しい。母さんも私も、すぐに仕事にかかった。我が家は、19歳になるエリク兄さんを先頭に、15歳の私をいれ、5人兄妹。家族全員働いて、やっと食べていけるくらいだ。


 家族にはそれぞれ、朝から仕事の役割がある。母さんは炉端に火を入れ、昨日のスープ(豆と野菜だけ)を温めてる。先に上の兄と父さんにスープを渡した。まず家畜の世話が朝一番の大事な二人の仕事だからだ。後、スープの少ない残りを兄妹でわけ、母さんは一番最後。

満腹になることはないけど、それはよくある事だ。

私と下の弟ロザン(12歳)は、自分たちの分の仕事・水汲みに、近くの井戸へ向かった。


 下の二人は、母について、細々とした仕事、(庭で、野菜をとってくるとか)なのだけど、働くのは、いつも一番下の妹のメリッサだけ。3男のアンリは、9歳になるというのに、何もせずにボーっとしてるだけだそうだ。



 私とロザンは、家から離れた井戸へ向かう。まずは、家畜への水が先やり。井戸で二人で4杯分のオケの水を汲んで、家畜小屋へ2度往復する。


「ねえ、姉さん。僕、村の人の噂してるの聞いたんだけど、弟のアンリは、キツネ憑きかもしれないって」


 井戸へ行く途中、ロザンは、上目遣いに私を見た。もし、その噂が村人全部に知ったら、うちの家族は、村八分になるかもしれないからだ。

 

 春風が嵐のように、強く吹いている。ロザンは、髪が風に渦巻いてる。そのせいか余計に不安そうな顔に見える。


 アンリは病弱で、幼い時に何度も死にそうになったのだそうだ。父さんと母さんは、アンリについては、半分、あきらめてる。

”病気のせいで頭が弱くなったのか”と時々、ため息をもらすくらいだ。


 ただ、私はフッと感じる時がある。私が、あの悪夢を最初に見た時、アンリが私のそばにとんできて、何か言いたそうに私をじっと見ていた。アンリは簡単な単語なら少しはわかるようだ。ただ話す事は出来ない。あの子には何かある。頭が弱いだけじゃない。



 村人が”憑いてる”と言ってるのは、きっとアンリの目のせいだ。アンリは髪は黒いのに、目の色が薄く、光の加減によっては、金色に見える。それが獣の目のように思えたのだろう。


 

「ロザン、この事は父さんと母さんには内緒ね。余計な心配かけちゃうから。もし、誰かがそういう噂をしてるのを聞いたら、その理由を聞いてみて。答えられないはずよ」


 そう、村人にとって、アンリが”不思議な子”に見えるのも無理ない。家族も感じるくらいだ。


「僕には、アンリ兄さんが、理解できないよ。僕の話しは通じないのに、山羊や羊や家畜の事はよくわかるらしいんだ。何かある時は、エリク兄さんより早く見つけたりするし。」


 井戸へ向かう時、いつもロザンとお喋りをする。たわいもないバカ話だったり、今日のように、心配事だったり。


「それにしても、今朝も、姉さんの”わー”って声で目が覚めたよ。雄鶏もあわてて鳴いてた。

どんな夢をみてたの?」


 私は笑ってごまかした。ロザンに話すと、あの子も悪夢にうなされて、朝は大騒ぎになりそうだから。それにしても、同じ夢でも、最近少しづつ前後の話がわかるようになっきてる。

それが、怖いような、でももっと詳しく見たいような。


 ”ただの夢だから”私は、自分にそう言い聞かせた。これから忙しくなる。悪夢の記憶を吐き出すように、風に吹かれながらあるいた。


*** *** *** *** ***


「今度の日曜日に、大祭司長様が、街の教会にこられるそうだ。皆、土曜までに、仕事をある程度片づけておくように。日曜は、一日中お祝いの日になる。家畜の世話以外、仕事は休み。」

夕食時、父さんが告げた。

大祭司長様とは、私たちが信仰する”星神教”の偉い人だ。メリッサやロザンは、”仕事が休みになる”の一言で、大喜びだ。家中を走り回るほどだ。


”はしゃぐんなら外で”と、二人は母さんに怒られてる。アンリはいつもの無表情だ。



 今度の日曜日は、星主教にとっては大切な日。村では、毎年、春祭をおこなう。

無事に冬を越せた感謝と今年の豊作の願いをこめて、踊ったり歌ったりする。

春の祭りと、後、冬には星祭りがあり、家族はもちろん、村人はみんな楽しみにしてる。

必要最低限の仕事以外は休み。お母さんたちが総出で、ごちそうを用意してくれる特別な日。


 ”いつもより具だくさんのスープ””木の実入りのパイ””肉の燻製”などが、たくさん用意される。この日ばかりは、次の日の食べ物の心配をしない”約束”になってる。


 

 街周辺の5つほどの村で、ウチの村が一番山奥にあった。私は街へ行くの初めてで、わくわくしてる。街の事を父さんに聞きまくった。


「街といっても、小さい町だ。役場と教会。鍛冶屋、それとたまに市場が開かれるくらいだ。それより、エレンはロザンと一緒に、開墾する場所の石拾いと草取りだ。忘れるなよ。土曜日まですませておくんだ。そのくらいなら、アンリにも出来そうだな。やらせてみなさい」


 父さんは、少し、畑を広げようとしてる。荒れ地を開墾は、一族総出でも、大変な仕事だ。頑張って耕しても、今年は作物は育たないかもしれない。



「それにしても、大祭司長様がこんな辺地にいらっしゃるなんて、何か”大事なお告げ”でもあるのかしら。ここの処、日照りも冷害もなく平和だけど。何か起きるのかしら。心配だわ」

母さんが、不安がってる。大祭司長って、物知りで予知もできる偉い方なのだそうだ。


 父さんが、大祭司長様の事を、詳しく教えてくれた。


「いや、今度の大祭司長は、就任してから、よく地方を巡回されておられるそうだ。巡回中、大祭司長様に従っている祭司達は、畑仕事や家畜の世話について、新しい事をいろいろ教えてくれるそうだ。皆も仕事が楽になって、食べ物がふえればうれしいだろう?本当にありがたいだ。」



 私は、大祭司長にアンリの事を相談してはどうかと、両親に聞いてみた。村の祭司様には、よく相談するのだけど、祭司は、頭をかしげるばかりだ。私の提案は両親と兄さんに笑われた。


 貧乏農民は、日曜日は、街の教会の入り口にいる事が出来れば、いいほうだとか。もし、重大なお告げがあるならば、村長から回ってくるだけだろうとも。


「お姿を拝めるだけでも、ありがたいのよ」

母さんが、食事の後始末をしながら、笑ってる。ちなみに、今日の昼食は、すこし多めに、”ライ麦パン、山羊の乳を少し、山菜と豆のスープ”。山羊の乳は、半分以上はチーズを作るために使われる。そのチーズは冬場の大事な食料だ。


 その夜も、私はいつもの悪夢を見た。少しづつ、夢は鮮明になってきてる。

どうやら、敵と戦っているのは洞窟の中のようだ。仲間は3人きり。敵は、数えきれないほどだ。夢の中では、私は、10歳くらいの男の子でミカエルと呼ばれてる。


 夢の中の私は叫んでいる

(決して、僕は負けない。お前を倒す。)

戦いは不利。仲間のエドワードとサッシュが、押し寄せる雑魚と戦ってくいとどめてる。彼らがいくら強くても、数に圧倒され戦闘で、二人はボロボロになってる。私は助けに行こうとしても、出来ない。私には重大な使命がある。それが”敵”を完全に葬る事だ。


 次の夜の夢では、もっとわかってきた。仲間はエドワードとサッシュだけど思っていた。けど、私の後ろに女性が倒れてる。彼女は、サラサ。治癒能力を持っている。敵にやられたようだ。後、なにか鳥かなにかが、キューキュー言いながら、頭上を飛び回ってる。


肝心の、私の戦ってる相手は、誰かが、まだ、わからない。

”黒くて大人より大きな、人じゃないもの”なのはわかったのだけど。


 *** *** *** *** ***

 今日は水曜日、土曜日には大祭司長一行が街にやってくる。


 村は忙しくなってきた。一行に食べてもらうための食料や教会への寄進のため、それぞれの家で割り当てがあった。ウチは母さんの織物だ。羊毛でできた特殊な敷物で、本当は市場に出すところを、急遽、寄進にあてた。そのほかの家は、豚などの家畜をつぶしたり、領主様に収める小麦をだしたりと、それぞれ大変な思いをしてる。



 父さんに言いつけられた仕事・石拾い。まず、私が石を拾い、それからアンリの手をとって石を拾わせた。それだけで、アンリは仕事を理解した。小石を拾うだけだったけど、大助かりだった。その日は暖かい日で、年長の私は、比較的大きな石を、選んで運んだ。大分、汗をかいたけれど、水浴びするには、川はまだ冷たい。体を拭くだけで我慢しないと。


 あと少しで、父さんから、終了 の声がかかるだろう。楽しみの日曜日が終わったら、この地も畑にできるかどうか、父さんと兄さんが相談する事になってるはずだ。


 

 その夜の悪夢で、自分の戦局の状態がわかった。

仲間はもう20人ほど、洞窟の外にいる。私が戦ってる”もの”と、エドワードとサッシュがが相手にしてるオークという魔物を、外に出さないためだ。入り口を石でふさいでいる。当然、中にいる自分たちは、洞窟の敵を全て倒すまで、外に出られない。その作戦は私が、指示したようだ。



 木曜の夜の悪夢は、自分の落ちていく先に、火のように岩がドロドロに溶けてるのが見えた。

そして、キューキュー鳴いて私の上を飛んでるのは、子供のドラゴンだ。そうだ、私は、この子が死んでる母竜の側で弱っていたのを、助けたんだっけ。それ以来、いつも私と一緒だった。



 金曜の夜の悪夢では、私は短剣を持っていた。この短剣で胸を刺すことが”この者”を倒す唯一の方法で、この短剣は特別なもので、私にしか使えない。


 相手は恐ろしく大きく、力も強かった。私は、すばやく近づいて、足にしがみついた。

スキをつかれた形で、相手が倒れた所、馬乗りになって、短剣を振り下ろす。でも、簡単に、振り飛ばされてしまった。


 相手は、薄笑いの顔が消え、私にせまってくる。

私は、慌てて崖のほうへ逃げた。腕力でも、もちろん体格でもかなわない。私は、猫にいたぶられてるネズミのようなものかも。

最後の手段。私はわざと崖っぷちまで逃げ、追ってくる”敵”が近づいた時、スキをみて、足にしがみつき、一緒にがけ下に落ちていく。


 夢でみる洞窟での戦いは、そんな終わり方をする。


*** *** *** *** *** ***

 土曜日、暑いくらいの陽気。家中、村中、大騒ぎで大忙しだった。私も手伝おうとしたけど、どうにも体が怠かった。

毎夜、見る怖い夢で熟睡出来てないせいかもしれない。


 一番下の妹のメリッサが、パタパタとかわいい足音をたてて、かけよってきた。

「お姉ちゃん、だいじょぶ?」と、私の手を握った。小さな手がほんのり暖かく、なんだか少し気分が楽になった。


「ありがとう、メリッサ。もう元気になったわ」


 メリッサは、嬉しそうに笑い、母さんに呼ばれて、”は~い”と返事してかけて行った。


 突然、私は思い出した。夢の中で倒れていた私の仲間・サラサ。

彼女に手を握ってもらうと、こんな感じだったんだ。こんな私は夢にとらわれすぎてるかもしれない。でも頭に夢の中の出来事がこびりついてとれない。


 メリッサのおかげでか、少し元気にはなった。出発は明日というのに、前ほど”街に行きたい”気持ちがなくなってきた。むしろ、家で留守番をしていたい。

それなのに同時に、”私は行かなければ”って気持ちも強くなっていってる。

二つの気持ちで、私は混乱した。土曜の夜は一睡も出来なかった。


*** *** *** *** *** *** ***

 日曜日は、私たち家族は、夜明け前に出発した。夜明け前は、薄闇の青い世界だった。動物も植物も寝ているのがわかるくらい、静かだった。これから丘を越え森を抜けて2時間ほどかけて、街につく。


 教会の祭事は朝早い。眠る事の出来なかった私は、顔色がかなり悪かったらしく、母さんが、出がけに”留守番してていいのよ”って言ってくれたほどだ。でも迷った末、やはり行く事にした。少し恐ろしい、ひどい目に合う予感がする。荷馬車がどこかで転落する運命になってるのだろうか。それ以上に、行かなければ後悔する、そう感じる。なぜだろう。


 朝、6時に教会に到着。荷馬車で熟睡してた私は、メリッサに起された。ちょうど、大祭司長様が、教会のバルコニーに立って、手を振ってる。


 ”あいつだ”


 私は、目が一変にさめた。夢の中で私がいつも戦ってる相手だ。だけど大祭司長は、背もあまり大きくなく、優しげな笑顔がシワシワの、お年寄りだった。姿は夢の中の敵と、まるっきり違う。雰囲気も違う。集まってる皆に手を振ってる姿は、やはり聖職者だ。


 それでも、確信がある。理由はわからないけど。夢の中で私が戦っていた相手は、魔王。

祭壇にいる大祭司長は、魔王の生まれ変わりだ。


 でも、魔王の生まれ変わりだと思い込んでるだけなのか?それに、戦ってるのは夢の中でも私自身だけど、魔王の生まれ変わりが大祭司長じゃないかもしれない。

私の考え通りだとして、だからどうなのだ。あの戦いは、所詮、夢でしかないんだ。

*** *** *** *** *** *** ***

 

 祭事は、滞りなく進んでいく。どうということもない。決まり文句と、大祭司長様の説教話。父さんと母さんは、熱心に聞いていた。内容はよくわからなかったけど、その穏やかな声で、私はつい、ウトウトとしてしまう(ロザンに背中をつつかれ目をさました)


 やはり、夢は夢だ。私は、大祭司様が魔王の生まれ変わりと確信した事が、恥ずかしかった。

何を考えてたんだ私。それでも、大祭司様=魔王 である事が、頭から離れない。

もしかして、私は、頭がおかしくなったのだろうか・・・



 祭事は平穏のうちに終わった。

やはり、”とんでもない夢”を見て、現実と夢を振り回されてる私が変なんだ。祭事の間中。大祭司様はニコヤカで、入り口の私たち・農民にもやさしい目を向けてくれる。


 村に帰ったら、一生懸命働こう。クタクタになって夢をみないほど。そして、また夢をみたら・・その時は、山にでも一人で籠ろう。

*** *** *** *** *** *** *** 

 

 大祭司様とおつきの人が、礼拝室から出ていく。うららかな日差しが、一行をてらし、まるで別世界の人のように思えた。


 その瞬間、大祭司様の目が、私を見て、ニヤリと笑った。祭事の時とはうってかわった鋭い目つき、人を見下したような顔だ。私は、ゾクゾク、寒気がしてきた。


 (早く、村に帰ろう。)

 早々に帰る準備をしてる所に、大祭司様の使いの祭司が、私たち、家族の所にやってきた。

なんの用だろう?ウチら村人は街の教会では、見物人扱いだったのに。


「そこの娘さん、お名前は?」

「はい、エレンです。祭司様」

おとなしく、静かに答えた。あんな夢を見てるのが、知られないように。


「ウチの娘に何かありましたでしょうか?」

荷馬車の準備をしてた父さんは、不安そうに使いの祭司様を見上げた。

祭司様は、ハァーとため息をつくと、


「私も理由はわからないんです。”呼んで下さい”というだけで。最近、大祭司様は、時々、人が変わったようになられる。お若くなられる。まるで大祭司長様が二人おられるような。あっと、失礼いたしました。エレンさん、どうぞ、お部屋にいらして下さい。」



 私は動悸がしてきた。歩いていて、めまいで倒れそうになった。陽の当たる回廊を、よたよた歩く。回廊の奥はなぜか暗い。怖ろしい、でも、行かなくては。私を気遣ってくれる祭司様には、大丈夫と答え、一番奥にある、大祭司様の部屋に案内された。


 入った瞬間、鋭い眼光が私を刺した。怖い。優しい大祭司長のおじい様の姿の後ろに黒いモヤが見える。


「この子と二人で話したいので、席をはずしてくれ」

「でも、エレン・・この子は体調が悪そうなので、私がついていたほうが・・・」


 祭司様の言葉をとめ、片手でふりはらうように、追い出した。いかにもエラそうな人の態度だ。祭事の時の大祭司長とは思えない。それに祭事の時は、あんな黒いモヤはなかった。


「君も私と洞窟で戦ってる夢を見たろう?エレン。私もだ。ははは。残念だったな。君は失敗したんだ。あの短剣はカスっただけで、私・魔王の魂は、無事だったんだ。

エレン、君は勇者・ミカエルの生まれ変わり。そして大祭司長の私が魔王の生まれ変わりだよ。

それにしても、ひ弱な女の子に転生とは。ま、私を倒したければいつでも来たまえ。エレンちゃん。はははは」



 高笑いしてる。魔王が高笑いしてる。私には、なすすべもない。”魔王を倒す短剣”もない。仲間もいない。私は、唇をかみしめ、手をギュっと握った。


「この身分も悪くない。まあ、魔法は使えない体だがね。私は多くの人を苦しめる事が出来る。人の苦しんでいる姿を見る事こそ、私の最高の喜びだ。これからは、俺の天下になる」


「大最長様、そろそろ出発のお時間です」

 祭司様が、ドアを開けてくれた。私は、悔しくて涙がこぼれた。この魔王のために、サッシュやエドワード、サラサ、大勢の仲間が死んで行った。拳で涙をふきながら、回廊を走って、母さん、父さんの所へ戻った。


 教会の中庭は、街の周りにある村の人達で、賑やかだった。即席の市場のように物々交換をしてる者もいた。みんな楽しそうだ。1年に1度の大きな祭りだもの。


 他の人が笑っていて私はホっとした。人の苦しむ姿は、家族であれ他人であれ見たくない。

それが、当たり前だと思うのに。アイツは違う。魔王は人の苦しみを糧にしてるんだ。


 喧噪の中、大祭司長をのせた馬車が、中庭を横切っていく。みんな、脇によけて、手を振った。(私はふらなかったけど)馬車の窓から手をふる大祭司長の顔は、私にさっき自分の事を話した、魔王の生まれ変わりにしか見えなかった。例えば、ここで殺しても、魂はまた魔王の生まれ変わりとなるのだろう。意味がない。


 その時、変な音が響いた。”キュイ キュイ””キュ~イ” 鳥の声のようだけど、声はアンリの声だ。私は、あわてて探した。アンリは人ごみに紛れてしまって、家族のそばにいない。

見つける前に、異変が起こった。森中の鳥たちが集まったかのように、教会の門の上に留まってたり、空の上を旋回してたり。


 不気味なのは、カラスだった。まるで大祭司長の乗った馬車を襲うかのように、低空すれすれで飛んで来る。馬はそのカラスに怒ったのか、興奮気味で、御者がやっと抑えていた。


 しかしその努力は無駄に終わった。誰かが追い打ちをかけるかのように、馬めがけて石を投げた。馬は仁王立ちになる、馬車は、横倒しになった。その場を大混乱になった。


”やるなら今しかない、魔王には、死んで転生し、赤子からやり直してもらおう。転生を拒む短剣もない。それ以外の方法も、考えつかない”


*** *** *** *** *** ***


 騒ぎがおさまらない。教会の中庭は騒然としてる。


”誰だ石を投げたのは””おい鳥を追い払え””キャー、カラスに食べ物を取られた”

混乱の中、兵士達は、まとまった動きがとれず、馬車も横倒しのままだ。

横倒しになった時、変形してしまって戸が開かないようだ。兵士が5人ほど、必死に引っ張ているけど、ビクともしない。応援のを呼べ と怒鳴る声がする。


 私は、たまたま馬車の近くにいた。とにかく大祭司長の顔を見たい。運よく”死んでる”かもしれない。兵士を押しのけ、馬車の上にとびのり、変形した戸を、力まかせに、引っ張った。

馬車の中では、大祭司長が、真っ青な顔で倒れていた。


 ”かすかに息がありそうだけど、放っておけば死ぬだろう。それまで時間稼ぎすればいい”

 ”だめだ、この顔は、大祭司長様だ。今はあの魔王じゃない”


 私の心は激しく揺れた。兵士たちが大祭司長をひきだそうとしたが、足がどこかに挟まってるらしく、動かせない。”何か、道具を持ってこい”と隊長らしき人の命令が飛んだ。


 強引に中を覗くと、大祭司長の足が挟まったというより、穴におちこみ、そこから先が何かに、挟まってるようだ。私は、穴の周りの木を手でひきはがし、挟まってる足を、慎重にぬいた。そして、大祭司長を馬車から引き揚げた。


 兵士達が呆然としてる、多くの兵士が引っ張ってもあかない戸を、女の子の私が一人で簡単にこじ開け、床を素手ではがした。後から思えば、なぜそんな怪力が出たのかと不思議だったけど、実際にそれを見た兵士は、もっと驚いたのだろう。



 大祭司長の息を確かめる。息してない。胸に耳をあてても、心臓の音が聞こえない。

「誰か、はやくお医者さんを」


 咄嗟に声が出た。それから私は拳で彼の胸を数度叩いた。

思い出したんだ。夢の中で、死にそうな仲間にこうやって助けた事があったのを。



 また何度か思い切り叩いた。すると、”ヒュー”って声とともに、大祭司長が、息を吹き返した。よかった。よかったのか。いや、迷ったけど、咄嗟に動いた結果がこうだっただけだ。


「娘、よくやった。後はまかせなさい。それにしても、すごい力持ちだな」

隊長らしき人に、肩を叩かれた。

「はぁ・・それほどでも」


 私は急に恥ずかしくなって、あわてて村人たちの中に、まぎれこんだ。


 前世が魔王であろうと、息を吹き返した大祭司長がこれから何をしでかそうと、これからの大祭司長のする事を、注意深く見張っていよう。何か魔王のような気配が出て来たなら、その時は、立ち向かおう。例え一人でも。


 教会の中庭のはずれからアンリが、駆けてきた。私に抱き着くと、大声で泣きだした。もしかすると、あの子供ドラゴンの生まれ変わりだったりして。

私は、アンリの背中を優しく撫でた。


*** *** *** *** *** ***

 やっと出発というときに、また、大祭司長によばれてしまった。あと少し早く出発していたら逃れられたのに。又、魔王とご対面 なんて事になったらどうしようか。先手を打たれて、殺されるかもしれない。助けた事は、後悔はないのだけど。


 大祭司長は、ベッドで横たわってる。顔色は悪いけれど、さっきよりだいぶいい。黒いモヤは背後には見えなかった。


「エレン。あなたは、本当に命の恩人だ。ありがとう。あなたと村の人たちに、星神様のお恵みがありますように」

大祭司は、よわよわしく、私の手を両手で包んだ。そして、周りに聴こえないようにこっそり

つぶやいた。


「彼は眠ってます。安心してくださいね」

と、ウィンクしてきた。


「あの、私が必要なら、いつでも呼んで下さい。なんでもお手伝いさせてください」

そう言って、私は家族の所に戻った。


 帰る道々、”大祭司長は、自分が魔王の生まれ変わりである事を知っていて、苦しんでいらした。そして、私が胸を叩いた事で、魔王は眠りについた” これが、今回の顛末なのだろうか。。勝手な思い込みかもしれないけれど。

*** *** *** *** ***


 村に帰り、大忙しでごちそうの準備にとりかかった。私は怪力の持ち主であるのが、自分でわかり、それに村中に知れ渡ったせいで、コキ使われた。


 ところで、馬に石を投げたのは、村の祭司さんだった。本人が打ち明けてくれた。

そうだ、”石投げサッシュ”の生まれ変わりは、祭司さんだ。


「私も洞窟の中で魔物と戦っている夢をよく見ました。夢の中で、私の後ろには、ミカエルーあなたの事ですがー彼が必死に戦っていた。私は魔物をくいとめるだけ。他に何も出来なくて、悲しくて目が覚めるのです。考えてみれば、あの時、石を投げるぐらいは、出来たはずなのに。」


 若い祭司さんは、聖職者らしくなく、ボサボサ頭で、苦笑いしてる。私が大祭司長の言葉を伝えると、少し安心したようだ。


 祭司さんと、木の実入りのパンを食べながら、今後の事を少しだけ話してると、

父さんがやってきた。


「これは祭司様。うちの娘の事ですが、この子、すごい怪力の持ち主ってわかりました。この間、この子の嫁入りの相談をしましたが、あれは取り消します。この子には、少しの間、開墾を手伝だわせます。男5人前以上の力の持ち主だ。もう少し家族の役にたってもらいます」


 

 え?嫁入り無期延期?いや、家族の役にたつのは、うれしいけど、行き遅れたらちょっと。

いや、一生独身で、魔王の生まれ変わりを見張っていなければいけないかも。


 悩む私に、祭司さんが、”エレンちゃんの怪力に恐れをなして、永遠に眠ったままでいるかも”

と耳打ちした。そうだ。サッシュはこういう言い方をする奴だった。

”大丈夫だよ”と言えばいいものを。


 これから、前世にからんだ事件がおきるかもしれない。でも、私は開き直った。

困難な事が起こった時、しっかり悩み考える。答えがでなくても、その時はその時出来る最良の行動をとればいんだ。


 そうすれば、後はなんとかなるもんだって。


 その後、大祭司長はまた元気に巡回を続けてるそうだ。悪い噂は聞かないので、まだ魔王は寝てるのだろう。












水曜日深夜(木曜日午前1時代)に、短編を投稿してます。ジャンルは、主にファンタジーです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  こういう転生物も書かれていたんですね。  ゲームを一切したことがない私は、こういうのはどうも難しくて書けないでいます。書ける人がうらやましいです。   本編。  同じ不思議を扱う話で…
[良い点] シンプルに面白かったです^^
2019/09/25 17:51 退会済み
管理
[一言] 前世のままの関係だとは限らない、というのが面白かったです。 昔は昔、今は今、という感じでみんなの関係が続いてくれればいいのにな、と思いました^ ^
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