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リナ、看病の後、進化する

 シオンの様子に変化が現れたのは、睡魔によりリナが眠りに落ちかけていた頃であった。


「ああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"──!!!!」

「ガア!?(何!?)」


 何の前触れもない、シオンの絶叫にリナの睡魔は吹き飛ばされた。あまりもの大声に驚いた為、眠りによりズレていた重心により、バランスを崩してイスから転がり落ちかけた。


 慌てて周囲を見回すが、室内には2人の姿しかなく、外部からのモノではないことが窺えた。それでもリナは混乱の一途で、何をしたらいいのか分からず、ベッドの近くでオロオロしていた。


 どのくらい経ったのかは分からないが、時間と共に少しずつ落ち着きを取り戻してきていた。そして、ベッドを見ると、頭を抱え喚き散らしているシオンの姿があった。


「ガア!(ご主人様!)」


 ベッドに慌てて駆け寄り、体に引っ付いたリナであったが、簡単に弾き飛ばされた。何かに怯え、その恐怖で激しく体を動かしていたのだ。そんな状況下で引っ付いたものだから、簡単に弾き飛ばされてしまったのだ。


 身体の大きな大人のシオン、身体の小さな子供のリナ。


 体重の軽いリナと、倍くらい重いシオン。


 吹き飛ばされても仕方がないくらい、悪条件が揃いすぎていた。弾き飛ばさたと言っても、バランスを崩して尻もちを着いたくらいのリナに、ケガが無かったのは不幸中の幸いである。


 意識がない状態での出来事でも、"妹"のように可愛がっていたリナを傷付けたと知ったら、シオンはとても辛い思いをしただろう。


 弾き飛ばされたリナであるが、そんな事を気にする素振りもなく、シオンの元に駆け寄った。表情は『凄惨』の一言しかない、とても酷い状態であった。


 瞳からは何処から出たのかが、不思議なくらいの大量の涙を流して、鼻水を垂らし、口元からはヨダレが流れ落ちている。


 普段の姿からは正直、想像できない状態になっていた。混乱というより『錯乱』が正しいのではないか? と言うくらいである。



 ご察しの方もいるだろうが、現在のシオンの状態は『TPSD』と言える。通称『トラウマ』である。


「ガア!(ご主人様、すっごい汗なの!)」


 リナは焦りながらも、滝のごとく流れ出る汗を拭き取り始めた。それでもキリがないくらいの汗が溢れ出てきた。たくさんの汗がを拭き取り、タオルの冷たさは直ぐになくなり、生ぬるくなってしまう。


「ガア!(汗、いっぱい過ぎるの!)」


 何度も洗面器でタオルを洗い、汗を拭きとる作業を行い続けた。洗面器の水も頻繁に交換した。どのくらいの時間が経ったのか、頑張って看病しているリナには分からなくなっていた。


 1時間なのか、2時間なのか……シオンはその間、ずっと唸り続けていた。肉体的な痛みだけなら、今のような反応をしていないであろう。ずっと唸っていたのだから……。


 リナの温もりが恐怖に震えるシオンの体に触れ続けることにより、苦痛に歪んでいた表情が落ち着いてきた。恐らく、最初の波を乗り越えられたのだろう。リナの方もシオンが落ち着いてくるにつれ、眠気が襲ってくるようになった。


 リナの頭が前後にゆっくりと動きだし、その揺れ幅は徐々に大きくなっていく。そして、体が支えられる限界がくる。限界がきたリナの体は、ベッドに向かいゆっくりと倒れた。室内には『ぽすん』と可愛い音がした。


 眠りに導かれたリナがベッドに倒れてから数分も経たずに、小さな寝息が室内に響いてきた。その表情は大変だったにも関わらず、とても満足していた。


 布団を被っていない状態ではあったが、特に室内が寒いわけではなく、体が冷えなかったのは幸運であった。さらにシオンにとって幸運だったのは、布団を被っていない事により肌と肌が触れ合っていたことである。


 それにより、シオンが悪夢に悩まされる事はなかった。2人の寝顔には、安堵が浮かんでいるように見えたのは、気のせいではないだろう。こうして、リナの長かった夜は終わりを告げた。




 リナが眠りから覚めた時には、既にシオンの体は汗まみれであった。トラウマとなった『初めて、人型の生物を殺した』という感情は、シオンの心に多大な負荷を与えたが、リナの献身により最初の峠を越えることが出来た。


 トラウマに苦しめられる時間が終わっても、その肉体に刻まれた激しい筋肉痛は、依然として外側から苦しみを与えていた。痛みと発熱により、容赦なく体力を奪われる。また、汗をかいていることでも、体力を奪われていた。


 そんな状況下でシオンが無事な理由は、リナが『口移し』で水などを与えていたからである。シオンのファーストキスは、この時に奪われていた。など(・ ・)の部分が、ポイントである。


 最初の頃は、ティーポットらしいモノで水を飲ませようとしていたが、苦しみによる唸り声と、筋肉の痙攣により自分から飲み込むことが出来ず、ほとんどを溢し枕を濡らすだけだったのだ。


 さらに間の悪いことに、溢れた水が鼻から侵入してむせる始末である。後始末の方が大変だったのも、口移しになった理由の1つであった。


「ガア~(何でなの? ご主人様の舌に触れていると、頭がボーッとするの)」


 シオンに(無理矢理)水を(口移しで)飲ませたリナは、幸せ状態になった頭でそう呟いた。その顔が赤く、のぼせたようになっている理由に深く突っ込まないで欲しい。


 水分補給が終われば、次は体をキレイにする時間である。昨夜も寝るまで行っていた看病のお陰か、体を拭く手付きに淀みはない。力加減もバッチリであった。


 新しく冷たい水を汲んできて、タオルをチャプチャプ洗う。➡少し冷たいタオルで、熱くなり汗をかいた体を拭く。その作業を何度も繰り返す。洗面器の水が温くなったら、もちろん交換する。


 拭き終わりったら、シオンの体を転がしながら、シーツの交換を行う。偶々だろうが、シーツの予備を何組か購入していたのが、プラスに働いていた。


 作業が終わったら、リナは自分の汗を流す為、シャワーを浴びに浴室に向かった。1時間近く、浴室から出てこなかったが、体がピカピカになりまで、洗っているのだろう。


 戻ってきた時の表情は、サッパリしたと表情が如実に語っている。出てきたばかりの姿はシャツ1枚という、女の子としては慎みに欠ける姿だった。現状でそれを言っても、ムダかも知れないが。


 原因の大半は『成人男性用』の服を与えたシオンだが、サイズが全く合わないダブっとしたシャツを、何故か気に入ってしまったリナの好みの問題であると言うのだろうか?


 首回りが大きいので、鎖骨の辺りから肩の部分までがピロっと見えている。その姿を気にするでもなく、リナは無限箱からパンを取り出して食事を始めた。肉を焼かないのは、釜の使い方がわからなかったからである。


 床に着かなかった脚がイスから垂れ、ブラブラと揺れている。


 実のところ、マイルームに帰って来てから、ゆっくりと食事が出来ない状態であったのだ。シオンの鎧を外したり、体を拭き着替えさせる作業に慣れないが故、手間取ってしまい、その上夜には叫びだした為、ゆっくりと取れる時間がなかったのだ。


 その日の行動も、シオンの看病で潰れるのであった。大変な1日でありながらも、リナはイヤな顔をせずシオンに尽くしていた。その顔に満足感が浮かんでいるのは、気のせいではないだろう。



 見える部分だけではない。目に見えない部分でも、リナは少しずつ変わってきていた。目に見える部分では、スキンシップが激しくなってきていた。それに関して、リナが違和感を感じることはない。元々、スキンシップが多かったと言えばそれまでの話だが。


 それでもまだ、シオンに対する思いが何かを、理解するに至ってはいなかった。


 2日目の夜は暴れることがなかったが、リナは安心させる為に、シオンの頭を抱き締めて寝た。リナの心に充足感があったのは言うまでもないだろう。



 3日目、4日目とシオンは少しずつ落ち着きを取り戻してきたが、その理由の大半は『リナがシオンの頭を抱き締めて寝た』事であろう。筋肉痛と発熱に関しては、3日目には治っていた。ベッドの不可思議パワーで……と。


 そして、リナの気持ちも変化が出てきていた。


 今までは『ご主人様の役に立ちたい』という思いが強かったが、少しずつ『ご主人様に、尽くしたい』へと、本人が気付かないレベルで変わってきていた。


 今のリナは『恋する乙女』と言っても過言ではない状態であるが、服装に関しては相変わらずの、おおらかな状態だが……。


 看病をしている間、不平不満を思うことのなかったリナだが、何時からか1つの想いを持つようになってきていた。


『ご主人様と同じなら、もっと尽くせるのかな?』


 この想いが彼女にとって、人生のターニングポイントになった。ちょっとした想いは、願いになり、最後に『願望』へと至った。普通の使い魔で起こる事ではない。


 リナだからこそ起こった『奇跡』なのではないだろうか?


「ガア~(ご主人様~)」


 シオンの眠るベッドに寄りかかり、膝立のじょうたいで想いを寄せるご主人様の顔を見つめていた。逆バージョンの『眠れる○の美女』と言ったところだろうか?


 少女マンガ風な言い方をすれば、『満開に咲き誇る桜の木の下で、部活の中で輝きを放ち、活躍している想い人を、耳まで真っ赤にして見つめている、恥ずかしがり屋な少女』と表現しても、いいのでは? と言いたい。


 その想いが限界に達した時、リナは立ち上がり中腰の状態になり、無意識にシオンに口付けをしていた。水分補給行っていた時と明らかに違う、心からの行動が奇跡を起こした!!



 [リナは特殊条件をクリアしました。

 進化の最終条件をクリアしましたので、リナは【恋する鬼(ラブレス)】に進化します]



 キスに夢中になり気付いていないが、スマホの画面には奇跡が記されていた。強い想いが、彼女にチャンスを与えたのだった。


 突然熱くなった体に、立ち眩みを起こしたようにフラつき、ベッドに寄り掛かるように崩れ落ちた。



 [リナの特殊進化を開始します……]



 クラクラしてきたのか、その瞳を瞼が閉ざしにかかった。



 [ステータスの最適化を行っています……]



 リナの体は徐々に光の粒に覆われてゆき、遂にその姿を見ることが出来なくなった。光は大きくなったり、小さくなったりを繰り返している。その身に起こった奇跡は、軌跡としてスマホの画面に出ていた。



 [ステータスの最適化が終了しました。引き続き、スキルの最適化を行っています]



 包み込んでいる光は、大きいままである。



 [スキルの最適化が終了しました。

 以上を持ちまして、進化の全工程が終了しました]



 包んでいた光は弾け、光の粒は部屋の中に溶け込んでゆく。進化が終わり、生まれ変わったその姿を現した。


 小学生くらいだった身長は、高校生と変わらないくらいまで伸び、ゴブリンだった時にはなかった、髪の毛が生えていた。薄い水色の腰くらいまであるストレートな髪である。


 大きさだけではなく、顔の方にも変化が出ていた。子供らしく可愛い丸顔から、楕円形というのか縦に細長い顔に変わっていた。小さな事ではあるが、一重だった瞼は二重になり、鼻はスッと通っていてキレイだと素直に思わせた。小さくて薄く感じた唇も、小さいままであるが肉厚でプルンっとしている。


 身長や顔立ちなどが目立ってしまうが、もう1つ大きな変化がある。それは、肌の色だ。


 薄い緑色だった肌は、今ではシオンとほとんど変わらない『肌色』に変化していたのだ。白色美肌という言葉がピッタリ当てはまりそうなくらい、シオンより白い。


「があ……。ご主人様~」


 彼女の変化は、目に見える部分だけではなく、声にも変化があったようである。言葉を話せる様になったのも変化の1つとして上げられるが、声音がしっかりとしている事の方も大きい。


 今まではどちらかと言うと、元気一杯で可愛らしい感じであった。これだけだと分かりにくいと思うので、園児の元気良く遊んでいる様子を思い浮かべて欲しい。あんな感じだ。


 それにしても、今まで「ガア」と言っていた名残なのだろうか? 「があ」が言葉に先に出ている。個性という面から見れば、アリではないかと思う。


 リナは深い眠りに誘われており、イビキは無いが進化してもその口からは「すぴ~」と寝息が聞こえている。彼女が目覚めるのは、シオンが目覚め、髪を鋤いている時であった。後に彼女は悟る。


『があ! 頭を撫でられるのも好きなの! でも、髪を触られるのも好きなの!』


 女性の中でリナのように、異性に髪を触られると気持ち良く感じる人もいるだろう。それでもリナほどに、ストレートに受け入れるのは難しいのではないかと思う。


 リナのシオンに対する『LOVE』具合は、シオンの目覚めと共に大暴走した。約5日の時間をかけて、徐々に熟成された熱い想いである。簡単に止まるワケはどこにもなかった。


 汗や筋肉痛、トラウマに体力を奪われたシオンに、逃げる術はなかった。進化により、ステータスに大きな開きが出来たことが、逃げる行為を封じるに至ったのだ。


 愛するご主人様(シオン)との深い交わりに、そして夜中にうなされなくなった事に交わりの偉大さを感じた。「いや、それ違うから!!」とリナの暴走を止める事の出来る、ある意味貴重な存在がいなかったのは、彼にとっては不幸だったのだろう。


 リナの性欲(想い)の強さは、『流石、ゴブリン』という他はない。交わり(それ)以外に関しては、今まで以上の高レベルでご奉仕(尽くして)いた。リナに芽生えた『乙女パワー』がスゴすぎると言い切るべきなのだろうか?


「があ! ご主人様、昼も夜も、リナにお任せなの!!」


 リナがそう言った時のシオンの表情は、表現し難いモノであったのは言うまでもないだろう。



 シオンよ! 頑張れ!!

 昼はご主人様として、夜は1人の男として渇れないように!!

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