装備変更──いいえ、装備変化です
リナが【恋する鬼】に進化してから、初めての探索に出る予定であった。ここ2、3日の出来事の記憶がほとんどなかった。残酷な話だが、防衛本能の働きだろう。
ベッドから出たシオンは身体の調子を確かめていた。
「(何とか、回復したか……)」
ホブゴブリン戦で負った身体を捻ったり、伸ばしたり動かすことで探索に問題がないかを確認する。一時、腰からイヤな音が聞こえてきた時期もあったが、 今のところは落ち着いて問題ない。
だが、ホブゴブリンとの死闘と比べても、夜の出来事は"死闘"と言っても過言ではない。シオンはガラスの腰を手に入れてしまったのかも知れない。そんな繊細な状態であったりする。
「(ホブゴブリンを倒した時のダメージは、ほとんどなくなったと考えて良さそうだ)」
身体を確認しながらそう考えているのだが、肉体にもっとも大きなダメージを与えたのは『リナが求めた行為』である。それに関しての記憶は、思い出の片隅に追いやられたのか、それとも"記憶を失った"のだろうか?
──仕方がない部分もあるが、都合の良い事だといえる。
軽く体を動かしていると、ベッドがモコモコと動いていた。
「ぐがぁ! ご主人様、おはよう!」
「あ……ああ。おはよう」
ベッドの中で寝ていたリナが目を覚ました。彼女の声に何故か、少し身構えてしまった不思議。ここ数日の記憶が曖昧でも、肉体的なトラウマとして刻み付けられているのかもしれない。
若干、腰が引けているように見えるのは気のせいだろうか?
「(それにしても、進化しただけで、こんなに変わるものなのか?)」
本能的に逃げ腰になりながらも、リナの容姿が進化前と進化後で劇的に変わっている。強制的にベッドで過ごす事になっていた数日間、感じていた疑問であった。
幼く小さかったの女の子が、大人の仲間入りを始める女子高校生(それも年上らしい)レベルまで成長したのだ。この現象をから、進化と成長を『=』で安易に結ぶのはどうなのだろうか……
様子のおかしいシオンに気付いたリナが声をかけた。
「ぐぁ? ご主人様、どうしたの?
元気になっちゃったの??」
「い──いや、違うよ」
勘違いされての4日連続のラウンドは、流石に勘弁願いたい事態であった。それにしても、無邪気に聞いてくる娘である。
リナの様子を『ストレート過ぎる愛情表現?』とはいいたくない。
リナの追跡(質問)をスルーさせ、身体を入念に動かし机の上に置いていたスマホを手にする。
「(先ずは、ステータスの確認からだな……)」
─────────────────────
シオン
LV13
筋力:5
体力:0
速さ:0
魔力:0
SP:21
DP:700
スキル
〈剣術〉LV4
〈体術〉LV4
〈罠解除〉LV2
〈精力増強〉LV3
〈忍耐力〉LV4
称号
【蹂躙される者】
─────────────────────
リナ 恋する鬼
LV1
筋力:12(6×2)
体力:16(8×2)
速さ: 8(4×2)
魔力: 0
スキル
〈剣術〉LV3
〈体術〉LV4
〈腕力強化〉LV1
〈体力増加〉LV2
〈精力増強〉LV5
称号
【蹂躙する者】
─────────────────────
このステータスを確認した時、その顔には人知れず涙を溢した。そして、口に出さずに、心の中で愚痴った。地団駄を踏んだり、壁を叩かなかっただけ、ましだったのかもしれない。
「(物理的に、勝てるわけがねぇ!!)」
その言葉は世の非情さ、無情さを感じさせた。世界の終わりに直面したかのように、頭の中は真っ白になり、その場に崩れ落ちた。床石とぶつかった膝の痛みが現実だと語っていた。
称号に関しては、諸に自分が受けた被害そのものである。
「(筋力が倍以上違ったら、押し勝てるワケがないって!!)」
心の嘆きに答えを持つ者も、答えを与えられる者もいなかった。まあ、マイルームで生活しているのはシオンとリナの2人だけであり、リナ自身は夜の行為に関してはかなり積極的だったりする。正確には、『暴走している』かもしれない。
崩れ落ち、床に踞り絶望に浸っていたが、深呼吸を何度も繰り返し精神を落ち着かせていた。その瞳には後悔する覚悟を決めた光があった。震える指を動かし、称号の詳細を確認した。
【蹂躙される者】
性的に喰われ続けた者。対となる【蹂躙する者】には勝てない。
【蹂躙する者】
性的に相手を喰らい続けた者。対となる【蹂躙される者】に対して、絶対的な優位に立てる。(性行為のみ)
この説明文を目にした瞬間、目の前が真っ暗になった気がしたシオンである。少々痛ましい。
「ぐがぁ! ご主人様を、慰めて上げるの~」
「わぁぷぅい!?」
絶望に染まった顔は、リナの胸の中に沈み込み、物理的に視界を遮られていた。第3者が現在のリナの状態を見たら、間違いなく口を揃えてこう言うだろう。
『リナは、慰めようとして、発情した!!』と。
ハッキリ言って、現状での『初めての"死に戻り"』を経験したくはない! そう焦って細い腕をタップして『離せ』と意思表示を行う。時間はかかったが"幸せ拘束"から抜け出すことには成功した。
この技が幸せである事は間違いないが、1歩隣が『窒息死』であることに変わりはない。ある意味、残酷な結果をもたらす技である。
拘束から抜け出し、再度ステータス画面に意識を向けたシオンの目には、前回の探索で大幅にレベルが上がっている事に気付いた。『8』から『13』まで5つも上がった理由は、ホブゴブリンとの戦いが大きかったのだろう。
SPも『13』から『21』に増えていて、計算したところLV10以降は1レベルに付き、『2ポイント』に増えていたようである。これで少しはリナのステータスに対抗できる──とは、思えない現実に涙を流しそうなシオンであった。
振り分けた分を含めて、『26ポイント』になった訳だが、リナの筋力、体力は合計『28ポイント』であった。あまりにも差があり過ぎるので、スマホで調べると次の事が分かった。
『使い魔であるモンスターは、制限LVまでLVを上げ、ある特殊な行動を行うことで、条件毎の進化を行う』
『進化には、【通常進化】と【特殊進化】があり、ごく稀に【限定進化】を行う個体が顕れる』
リナの前種族であった『ゴブリン』を例として上げると、【通常進化】では『ホブゴブリン』か『ゴブリナ』に進化する。名称が違うが性別による違いだけで、同族であることに変わりない。
進化前にいくつかの条件を満たすことにより、【特殊進化】を行うことが出来ると説明に書かれていた。小説でもよく出てくる『ゴブリンソルジャー』と『ゴブリンメイジ』である。
ソルジャーは物理攻撃特化で、メイジは魔法攻撃特化である事で有名だ。
これだけでは、『"ゴブリンヒーラー"とかはどうなんだ?』と聞きたくなるが、ヒーラーは【限定進化】の方だと書かれていた。ほとんどの人が、ゴブリンをイメージして出てくるのは、『破壊と蹂躙』が圧倒的に多いのではないか?
ゴブリンヒーラーと同じく、リナの進化した【恋する鬼】も限定進化である。これが通常進化だったら、部屋に引き籠ってジメジメの原因になっていたかもしれない。
称号のせいもあって、力関係ではリナに勝てない。特に、ベッドの上では顕著であろう……。
座っている木のイスの上で姿勢を崩す。座面が固くて、お尻が痛いのか左右に体を揺らしている。組んでいた脚を下ろすと、じんじんしてきたのか、表情に出ている。血行が悪くなっていたようである。この状態で立ったら、足の裏まで痺れてる事でろう。
ふと視線を感じたので部屋の中を見回すと、リナが見ていた。視線は、痺れている足に向かっている気がした。それなので、何でもない風を装って、無視することにした。
「くがぁ…………」
何かを訴えているのだろうが、背筋に悪寒が走るので見て見ぬふりを貫こうとするが、無言の視線に気圧されているようだ。
この時点で、シオンの脳裏にはリナの尻に敷かれる未来が、見えていたのかもしれない。
「────ふぅ」
1つ溜め息をつき、気持ちを切り替えた。
「(先ずは、ドロップの確認をして、リナとの手合わせして不安定さを無くす感じかな?)」
作業順番を脳裏で描き、再度スマホに視線を落とす。【D鑑定】を起動し、手に入れたアイテムの確認をして行った。探索時間も長かったので、数は40個にも及んだ。
それでもアイテムの大半が『銅の~』なので売却し、残ったのは15個だった。最初の支給品が木製で、最初に入手した武器が銅製だったので、『青銅製』だろうと思っていたのだが、意外にも『鉄製』だったのには驚いた。
まあ、色自体がくすんでいるので、品質的には悪いだろうが、『刃』は付いているようなので斬ることは問題ないだろうと判断した。
手に持った感想は、銅の剣より重たく、腕全体が重くなって動きづらくなったように感じていた。このままでは、戦闘が不利になるだけではなく、探索にも支障が出そうだと判断したシオンはリナを呼んだ。
「リナ、新しい武器が手に入ったから、【モンスタールーム】で確認するぞ!」
「ぐがあ! ご主人様、わかったの!」
呼び掛けに反応したその姿は、忠犬を思わせる素直な反応を返していた。彼にとって、半ばトラウマになりかけている、夜の姿からは想像できないくらい純粋な笑顔を浮かべている。
2人は一緒に移動した。その際、リナがシオンの腕に抱きついていたのは新しい変化だろう。緩んだ顔を見られないように、注意して欲しい。
「これを持ってみてくれ」
シオンが【アイテムボックス】から取り出したのは、先ほど鑑定した鉄の剣であった。
「ぐあ。わかったの」
リナの構えた姿は、剣の重さを我慢して耐えている様には見えなかった。シオン自身も自覚してはいたが、『ステータス』という数値はバカに出来ないと再確認させられていた。
剣を片手・両手で振らせてみるが、問題ないと言わんばかりに自在に振り回している姿に、感心するばかりだった。
「(ある程度自由に振るには、オレも筋力に振らないといけないな……)」
剣を振る様子から、『戦闘でも役立たずだったら、ヒモでしかないよな?』と嫌な理解させられる事となった。
「──よし。次は、盾を持った上で動いてくれ」
「ぐがあ。わかったの」
リナに渡した盾は、アイテム名こそ『鉄の盾』となっているが、正確には『外側に鉄板が打ち付けてある"木の盾"』といったところだ。重さ的には、全体が鉄で出来ている鉄の剣より軽く感じたが、『軽く』とは言っても、あくまでも少しはという程度の問題であった。
「ぐが。ご主人様、問題ないの!」
「────」
答えをある程度予想していたシオンであるが、リナの動きを見て絶句することになった。以前の装備と同じ動き……いや、それ以上の動きをしていたからだ。
「(リナは、前衛特化──なのかもしれんな……)」
その動きを支えているのは、倍以上に増えたステータスの恩恵だと思うのだが、それだけとは考えたくないシオンであった。
「(鎧が無かったのは残念だが、『鎖かたびら』があったのは助かったよな)」
その手に持っているのは、『斬る』という攻撃に対して高い防御力を発揮する防具だ。ドラ○エとかにもよく出ている、小さな鎖を服に縫い付けてある。普通の服よりは重いが、しっかりとした造りで安心できそうである。
「こいつを服の上から着てくれ」
そう言って渡すと、胸の辺りがつっかえながらも着てくれた。シオンもシャツの上から着ると、丈は股下くらいまであった。このくらいの長さがあれば、『打撃・突き攻撃』以外に対しては安心できるが、唯一の問題が出会った敵のほとんどが鈍器を使用していた事だろう。
あの強敵だったホブゴブリンでさえ、銅の剣という"鈍器"を使用していたのだ。
「予想していたが、『持つ』と『着る』では重さの感じ方が違うんだな」
その場でピョンピョン跳ねたり、サイドステップ(単なる横跳び)を行って確認した感想だった。跳んでみて意外だと思ったのは、カチャカチャと金属音が鳴らなかった事である。
布地を持って確認すると、『鎖』というほどガッチリとしてはいなくて、身近なモノで例えるなら『ネックレスのチェーン』である。もちろん、細いタイプのではなく、多少太いタイプのヤツではあるが。
「ぐあ~。ご主人様~!」
リナの呼び声を聞き、振り返った先には、縦横無尽に動き回る2つの山があった。そこから視線を外すのは、多大な精神力が必要であった。
「──えっと、ストップ。止まるんだリナ!」
「ぐあぁ? わかったの」
その雰囲気は「不満なの」と言っていた。しかし、シオンはそれどころではない。
「鎖かたびらの上から、革の鎧を着てみろ」
「ぐあ。わかったの」
手渡した革の鎧を装備すると、上半身くらいを覆っていた革が縮んできて、最終的には胸を覆うくらいまでサイズが小さくなった。ハッキリ言おう。
何故、『ビキニアーマー』になんだよ!? と声に出さず叫んでいた。器用なものである。
しかも形の変化は、革の鎧だけに留まらず、鎖かたびらの方まで変わってしまったのだ。お腹と服の間に空間があったのだが、革の鎧と融合してしまったのだろうか? チャイナドレスのように、身体にピタッとフィットしていた。
丈に関しては、ヘソがチラチラ出た状態になっている。細く括れた腰と、たまに外に出るヘソが妙な艷気を出している。お腹がスベスベしているのを知っているから、目を離せなくなっているのだろう。
「ぐがあ。ご主人様」
ピョンピョン跳び跳ねていたリナを向くと、真剣な表情でオレを見ていた。
「どうしたんだ?」
「ぐあ。胸の先が擦れて痛いの」
ブフォ!!
シオンは鼻から大量吐血するのじゃないか? ってくらい、噴き出した。鼻の奥が痛いのか涙目だ。
「ち、ちょっと待っていろ」
それだけ言うとスマホを取り出し、【D商店・売買】を起動した。売り飛ばしたアイテムにより、所持DPは2200になっていた。
衣服関係から、女性用の下着を確認する。まさか、こんな事をするハメにあうとは思っていなかったシオンであり、罰ゲームかって話か、と内心で呟いていた。
リナの採寸を行い、知らなくてもいい数値を知る事になった。採寸する為にリナの肌に触れている間、体温が上がっていたり、呼吸が荒くなっていた事は知らなかった事にした。
ベッド以外の場所で襲われたら、身体がヤバいから当然である。