リナの進化と変化
マイルームのベッドの上で横たわっているシオンの瞼が、ピクッピクッと小さく動き始めた。
目覚めの時間が近い兆候かもしれない。
「う…………あぁ……」
小さく呻り声を上げ、目を開けると視界はボヤけていたが、時間が経つにつれてハッキリっと見えるようになってきた。頭の中の霧が晴れ思考がクリアになるにつれ、喉の乾きが酷くなっていることに気付いたシオンであった。
周囲を見回そうと顔を動かした。
ペチっ
おでこの辺りから何かが滑り落ちたのを感じ、そちらに視線を向けた。視界の端に映るのは布のようであり、滑り落ちたのは『タオル』なのではないだろうか? と当たりを付けた。思考能力が極端に低下しているようだ。
「うぐぅ!」
怠い身体を起こそうとすると、背中にズキィ! っと鋭い痛みが走り動けなくなる。その痛みが直接的な刺激となり、徐々に昨日の事を思い出すに至った。
「昨日……ホブゴブリンと戦って……勝った?」
ホブゴブリンが光の粒になったところまでは、しっかりと記憶していたが、討伐後に起こった激痛を思い出し、身体中を触り確認した。節々の痛みはあるのだが、大ケガといったものや、左腕に激しい痛みはなかった。
寝ていたベッドに手を置き、誰に言うでもなく呟いた。
「マジで、非常識なベッドだな」
口から出た言葉は本心であり、奇っ怪なベッドに対するツッコミでもあった。ベッドの説明に出ていた文を読んでも、半信半疑だったのは事実だ。実際に経験してしまうと、その効果が”異常”だとハッキリと実感できた。
闘いの後遺症だが身体が軽く痛むくらいで、たまにあるビキィっとしたに動きを妨害されるくらいで、動けないほど酷くはない。
濡れたタオルをベッドの上に放置したままには出来ないので、身体を起こして座る事にした。近くの机に放り投げるとペシッっと音がでた。
「ぐ……がぁ」
腰付近で寝声が聞こえた。リナが看病してくれたのだろうと思い、お礼には程遠いが、頭を撫でようと思い腕を伸ばしかけたシオンだが……
「はぃ??」
ベッドにもたれ掛かって寝ていたのは、薄い水色の髪の少女だった。驚きで飛び上がる事はなかったが、思考停止に陥って固まってしまったのは仕方がない。
少し遠巻きに寝ている少女を観察すると、目と口許が記憶にあるリナの寝顔にそっくりだったのだ。もしかしなくても、リナなんだろうな……と半分悟るシオンであった。
プチ混乱しているシオンを無視するかのように少女は、「くぅくぅ」と幸せそうな寝息をたてている。
どうしようかと悩みながら室内を見回していると、机の上に冒険用の服が置いてあり、顔を覗かせたスマホの画面がキラリと光った。その光が何であるかピンときて、慌ててスマホに手を伸ばした。
答えがあると考えたからである。
机までは腕を伸ばしてもギリギリの距離だったが、なんとかズボンの裾に指先が届いた。引きずり落として大きな音を立てないよう、注意しながら服を手もとに引き寄せる事に成功する。
取り出したスマホの画面には、何通かの通知が入っていた。
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[新たなスキルを入手しました]
[リナのレベルが上限に達しました]
[リナは特殊条件をクリアしました。進化の最終条件をクリアしましたので、リナは【恋する鬼】に進化します]
[リナの特殊進化を開始します……]
[ステータスの最適化を行っています……]
[ステータスの最適化が終了しました。引き続き、スキルの最適化を行っています]
[スキルの最適化が終了しました。以上を持ちまして、進化の全工程が終了しました]
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スマホの画面を見て、シオンは言葉を失った。驚きのオンパレードだったからである。ツッコミの入れようもない。
冗談だとしても『目を覚ましたら進化していた』なんて、想像の斜め上の話だ。
本気でツッコミたいが、通知を見て「うん。間違いなく、目の前の少女はリナだ」と素直に受け止める事しかできなかった。目の前で答えが寝ている以上、逃げ道がなかっただけだが……
進化に関しても謎しかない。『【恋する鬼】ってどういう事だ??』と首を捻るが、答てくれる人はいない。唯一、答えられそうな人物は眠っている。
スマホで調べてみたが詳しい事は何も分からず、手詰まり状態であった。今ある情報の文字から判断するなら、『リナはシオンの事が好き』と超プラス思考で解釈できるのだが、間違っていた場合は自分自身を"介錯"する自体に発展しそうだ。駄洒落ではない!!
ラブレスに進化した理由はリナにしか分からないだろうが、愛するの意味から、『愛』や『好き』の言葉には解釈方法が沢山あるので、勘違いして気まずい雰囲気になるのは勘弁願いたいところだ。
進化した【種族】については後で考えるとして、気になったのは『進化して生えた髪の毛』である。室内灯に照らされ、天使の輪を浮かび上がらせている髪が、どんな触り心地か気になってしまったシオンには、好奇心を止めることができなかった。
酷い話ではあるが『リナの種族より気になる!!』とシオンの顔は雄弁に語っていた。指で引っ掻けて痛みを与えないように慎重に手を伸ばす。
「ほぉう。サッラサラじゃん!」
冬に愛用していた、手触りの良い毛布を彷彿させるサラサラ感。この触り心地はクセになりそうだ! と心を奪われた。
リナの髪のサラサラ感の虜になり、時間を忘れるくらい触り続けているシオンの顔は、酷くだらしなくなっていた。
毛の太さに違いはないのだが、指では物凄く細いように感じてしまった。髪の中に指を突っ込み、上下に鋤かしてみると『シャララ』と擬音語が聞こえてきそうだ。
「ぐがぁ………………?」
髪の毛同士が絡み合わないように注意しながら、リナの髪を触り続けているシオンの頭の中からは、時間の概念が綺麗に消え去っていた。
寝ぼけ眼で顔を見上げてくる。その何気無い仕草は、小さい時のリナとそっくりであった。失礼な話だ。本人である以上、そっくりなのは当たり前である。
混乱していたシオンは頭の中で、結構きわどい事を思っていた。
☆ ☆
オレは目を覚まして身体を起こした瞬間、リナの姿を見て絶句した!
姿が変わっていたのだから、当然かもしれない。
進化前のリナの体型は、小学5・6年生くらいであった。身長はオレの胸(鎖骨の辺り)に届くかな? ってくらいであり、少女的な……いや、顔を加えると幼女的な雰囲気の方が強かった。身体的な意味だけではなく『全体的』にだ。
今のリナの体型に過去の面影はない。酷い例えだが、"6年ぶりに再会した幼馴染"と言いたいくらい、不思議なレベルで成長をしている。
今はイスに座っているが、並んで立った場合のオレとリナの身長差は拳1つ分くらいと言ったところだろう。オレの方が低いとは思いたくない。
変化の中で1番大きいのは、自己主張の激しい"胸"である。もっとも、進化前の幼児体型で胸があったら怖い。視線を外そうと頑張ってはいるが、今も視線は釘付けになったままだ。ヤベェ……
服の中に内包している『巨大兵器』が、間違って購入した男物のシャツを上に押し上げ、元々は気にならなかった丈が短くなってしまっている。
そう、見えちゃっているのだ!!
『シオンは、目の前の光景に、混乱している』
☆ ☆
混乱しているシオンに変わり、リナの変化を語ると、身長に関してはシオンの予想通り、拳1つ分くらい低い。
髪のなかった頭には薄い水色の髪の毛が、サラサラと水が流れるように生えている。その毛は細く繊細で、シルクのような艶やかさで室内の灯りを反射している。天使の輪も浮かんでいる。
髪の長さは腰までで、ハネや巻きなどは一切ないストレートヘアである。シオン本人は黙して語らないだろうが、リナの髪型が好みである。これは『公然の秘密』として欲しい。
身体的な変化で1番大きいのはその胸であり、なだらかな丘だった面影はない。サイズに関してはG、もしくはHではないのだろうか? と思われる。仰向けに寝れば、それは天に向かい己の存在を誇示するだろう。
その部分は"豊穣"と表現しても、良いのではないだろうかと思われる。
腕はスラリと長くなり、肌はシミ1つもなく綺麗である。今までの探索で負っていた傷痕は、元からなかったかのようだ。
腰部分はキュッと引き締まって、お尻がより際立っている。そこから伸びる太股はムチっとしており健康的だが、溢れ出る艶気が純粋な青少年の目には毒だろう。
──実際、見ないように努力している。
遠回しであるが結局のところ、進化したリナの身体はシオンの好みのド真ん中で欲情を掻きたてている。
煩悩と戦うシオンの様子を見ていたリナが、問い掛けた。
「ぐがぁ? ご主人様、どうしたの?」
ホブゴブリンが片言でも喋っていたので、リナが喋れる可能性が高いことは十分承知していたが、『ホブゴブリンより、流暢な言葉遣いじゃないか?』と少し悩んだ。
数秒って時点で、悩んでいるとは思えないが。
顔をクイっと傾けて見上げるので、サラサラした髪が肩から滑り落ち、胸元でキラキラと光っている。胸の前まで垂れてきた髪の毛を、耳の上にかき上げる仕草が妙に艶っぽい気がした。
雰囲気が変わった理由は、それだけではない。
「(進化して、肌の色がオレに近くなるなんてな……)」
そう。リナの進化の影響は『身体的変化』だけではなく、肌の色も"はだ(若干、白が強い)色"に変わっている。視線は彼女の肌に釘付けになっている。進化前ではヤバイ反応だが、進化後に関してはどう判断するべきなのだろうか。
動きを忘れたまま、しばらく見つめていると、リナの顔色がうっすらとピンク色に染まってきた。よく確認すると、顔だけではなく、身体の方もピンク色になってきていた。今までにない反応に、「どうしたんだ?」と心の中で首をかしげる事になる。
見つめている事が原因なのだが、この男が"それ"を理解するのは何時の日だろうか。
考え込んでいるシオンを横目に、リナの手が伸びて顔にソッと触れた。顔を撫でる手はとても滑らかで、「これが、"シルクのような滑らかさ"なのか?」と感じていた。
頬に触れる手の事より、現状のリナに"何が"起こっている気がして、寒気が走ったシオンであった。
先ほどまで『薄いピンク色』だった肌の色は、ピンクを通り越し、『茹でたタコのように、真っ赤になっている』。顔色が変わってくると同時に寒気を通り越し、服が冷や汗で濡れて背中に引っ付いてきていた。
リナの細い指が顔を押し上げ、正面から向き合う形になった。
瞳と瞳が絡み合った瞬間、『喰われる!?』と本能が叫び声を上げた。ビクッと、シオンの身体が跳ね上がったのだが、無理もない。
後日出した結論は、リナが『肉食系女子』だということだ。
本能が警鐘を鳴らしているが、回避する為の知識が不足している事が逃げ道を探せず、艶が増している瞳に見つめられた事で身体が動かなくなる方が早かった。
リナが吸精鬼であったなら、もう少しは違ったかもしれない。
──ウソです。どっちにしても、逃げられない気がする!?
そう心の中で叫ぶが、後の祭りである。
2人の唇と唇が触れ、細い腕で体が押し倒される。身体の線は細いのだが、力関係はリナが圧倒的に上で抵抗する事も出来ないままシオンは………
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シオンは目が覚めた時に、枕が濡れていることに気付いてしまったが、『理由は深く考えたくない!』と無視する事に決めた。
自身の身に起こった事を考えたら、賢明な判断だろう。
ベッドから出よう(逃げよう)としたら身体が──主に、腰が悲鳴を上げてきた。ちょっと体を動かしただけで、ビキィ! っと電気が流れた感覚が全身に広がっていく。
悲鳴を飲み込むことには、なんとか成功したが。
──理由と原因からは、目を反らすことに決めた。
身体……いや、腰の痛み以外にも動けない理由があった。
リナがうつ伏せで寝ている時点で気付けって話であるのだが、起きた直ぐってのはボケ~っとしていたので、気付くのに遅れたのだ。
意識がハッキリしてくるにつれ、自分の身体のある部分が元気一杯になっているのに気付いてしまった。男にある"朝の現象"といえばそれまでだが、それに追い討ちをかける要素が強すぎた。リナの柔らかさと、温かさ。そして──匂い。
シオン自身は"男の生理現象"だと理解しているが、現状をリナに知られたら『ヤバい!!』と本能が警鐘を鳴らせていた。
頭の中で小難しい事を(素数を数えようとしたが、分からなかったが)考え沈静化を図るのだが、それを阻止するかのようにリナが小さく動き、肉体の柔らかさを感じさせて思考を掻き乱し、耳元で聞こえる吐息が無駄に欲情を掻き立てていた。
「(ハッキリ言って、この状態は"生殺し"だわ……)」
悶々として落ち着かないこと受け合いである!!
実際、元気になった部分が落ち着くことはない。さらに"ハイパーマッスル化"してしまっている。
「ぐぁ?」
リナの目が覚めてによる、ゲームオーバー。触れ合った部分の温度が上がってきた気がした。それだけではない。"いい匂い"が溢れ出てきていたのだ。
「ぐが。ご主人様、とっても元気」
ある部分が元気なのに気付いたリナは、頬を赤く染めていた。
シオンは主としての威厳を捨ててでも「頼むから、そこをグリグリしないでくれ!」と叫びたくなるが、辛うじて飲み込む事に成功した。もっとも、逃げようにも仰向けになっている状態なので、リナをどうにかしなければ逃げられはしない。
「探索をしないと生活が成り立たないから、ダンジョンに……」
「がぁ。ウソ。たくさん、ご奉仕する!」
「いや。だからね!?」
「ぐぁ! 私に、万事お任せ!」
リナの表情は『花の咲くような笑顔』とでも表現すべきなのだろう。ただ、現状のように『マウントポジションを取られている』+『身の危険』なので、その笑顔に魅了される事はない。
今の状態で笑顔を向けられても、恐怖がより強くなるだけだ。
この姿を見て、シオンを主人とは思わないだろう。精々、妻の尻に敷かれた夫である。
「いっ……いや、落ち着け!!」
離れるようにと、肩を両手で押し返した。
「ぐがあ。遠慮は、いらないの」
「いや──だから、落ち着きなさい!!」
肩を押し返そうとしていた手はリナによって、たわわに実った果実に導かれた。逃げようともがいてみたが、細い体躯からは予想が出来ないくらい、とても強い力であった。
手首が痛い事も問題だが、押し返そうとしていた、シオンの指は果実に吸い込まれるように、徐々に埋っていく事だ。指だけではなく、手の平まで同様に消えていっている。
「ぐがぁん! たくさん、ご主人様の欲情をぶつけて?」
「(ああ~~! ダメダメダメ!! 正常な思考が、焼け尽いちゃう!?)」
シオンは頑張って耐えているが、元々女性を知らなかった少年である。性に対する好奇心も人並みにあった。むしろ、リナのような美少女に迫られて、拒めるほどの精神力を持ち合わせてはいない。
もっとも大きいのが、昨日が初めての体験だった事である。
そんな状況の男が、簡単に『我慢』出来るであろうか? いや、無理だろう。(断言)
逃げることが出来ない状態のまま、温もりと重さに身体の自由を奪われた。そういう行為が嫌なわけではない。相手が求めてくれるのは、男としても嬉しいことであるが、「朝イチからは、不味いだろ?」と頭の片隅で考えてしまうのであった。
無駄な足掻き──ともいう。
リナからしたら関係のない事であり、元々は野生を生きていた女(幼女)だからである。ゴブリンは『子作りは生きる(種を残す)為には必要』を地で生きている種族である。
おそらくだが、進化によりどれ程ゴブリンから離れても、その辺は変わることはないだろう。どちらかと言うと、シオンに身体が近付いたが故に、行動的になれているのだろうがリナは気付いていない。
色々と解説してみたが2人の力を考えると、シオンはリナから逃げられない(物理的に)。止めることは叶わず、襲われてしまう。探索が出来るようになったのは、3日後の事であった。
室内にはリナの悦びの声が響き、シオンの枕は濡れたまま乾くことはなかった。渇れないで欲しい。
何が──とは、言わないが。