リナの戦いと強敵
使用してみたい武器を決めたシオンは、【D商店・売買】で確認したが結局のところ『刀』は無かった。
代わりにと言っていいのかは分からないが、【技術書】はあったので、『これは”ドワーフを探せ!”とスマホが言っているのだろうか? 違いってもいい! 探す!!』と、新たな目標という名の欲望に向かうと、決意した瞬間であった。これを”救い”と感じるかは、本人次第だろう。
リナが起きる前に食事の準備を済ませ、食べ終わったら探索の準備を始める。
全ての作業が終わったら、スマホの画面に追加された【D目印ワープ】をタップする。アプリの起動と共に、シオンを中心とした光の輪が地面に現れ、その光の輪は時間と共に上に浮かび、スッポリと包むくらいまで浮き上がった。
[ワープを開始します]
スマホの画面には、その文面が出ていたのだが、それを見る前に転送された。
白くなった視界が元に戻ったときに目に付いたのは、瞳のマークがワンポイントな『目印シール』だった。ワープが始めるまでは時間がかかったが、到着は一瞬であった。
「(転移がもう少し早いと、ありがたいんだけど……それは望みすぎか――)」
現在シオンたちは警戒しているが、目印シールを貼ってマイルームに帰ってから、階段の周辺が安全なのか気になってスマホで調べていた。ダンジョンルールでは『階段から半径10m以内にモンスターの発生、侵入はありません』と説明されていた。これに対し、
これは1種の"救済処置"なのではないのだろうか?
そう思わされる何かをシオンは感じた。ダンジョンのど真ん中にゲームであるような『安全地帯』が"ぽつん"とあるよりは、幾分はマシな理由だと納得はできたが……
階段周りのゾーンで剣を抜き背中合わせで構えていた2人は、安全を確認すると方の力を抜き、左右と前方にある道を見て何処に進むかを話し合った。奥の方はどの道も暗くなっていて、先を見通すことは出来ない。
シオンの問いかけにリナは、首を振って意見を伝えた。
勘も、当てもないので『左手の法則』に従って、左に延びている通路を選んだ。『左手の法則』とか偉そうな理由のようが、そんなに立派な考えから使った訳ではない。
ただ人は迷った時、"左を選びやすい"事に加え、遊園地である『迷路系アトラクション』の攻略法方も、左右どちらかの手を壁に当てながら移動すれば、時間がかかっても攻略出来る事からだ。
進む方向を決めて探索を始めたが、証明の周りは明るいのだが十分とはいえず、柱などの物影は暗くなっていて、隠れ易いので特に注意が必要だ。リナの鼻は人間のシオンより良いので、頼りにしている。
注意深く進むので時間がかかるが、今のところモンスターとの遭遇はない。
「(こう暗いと、体力よりも精神的な方向で疲れてしまいそうだ……)」
普通に夜道を歩いていても、暗かったら怖くなるだろう。加えてここは『ダンジョンの中でありモンスターが出る』から精神的な負担が増える。罠が無い事が唯一の救いだ。
警戒しながら歩みを進めていると、立ち止まったリナが「グガァ」と声を上げた。シオンは敵の接近だと感じ、耳を澄ませると「ハッハッハッ」という音が聞こえてきた。こんな呼吸の仕方をするのは知っている範囲では『コボルト』しかいなかった。
考えているとリナが前に出て、腰を落として盾を構えた。滑らかな動きなので、音はほとんどない。
多少コボルとが強くなったとしても、元が弱い相手なのでこんな行動はしない。最低でも"コボルトより格上"である事は間違いない。そんな中、1つの動物の姿がシオンの脳裏に浮かび上がった。
それは『犬』である。
何故、頭の中から抜けていたかだが、「オレ、犬苦手なんだわ」という情けない理由からである。
「(イヌ耳とかネコ耳は"見る分には好き"だけど、動物としてはダメなんだよな~)」
――と情けない事を言っている。たぶん、人ベースの獣人とかなら大丈夫かもしれない。
そして現れたのは、犬ではなく『狼』であった。跡でモンスタースキャナーを確認したら[ウルフ]と出ていた。数は2匹で、1匹をリナが盾で抑え込んでいる。
その脇をすり抜けてきたもう1匹に銅の剣を両手で構え、ウルフの飛び掛かりに合わせて振り下ろす。
情けない話だが、振り下ろす瞬間にシオンは目を瞑っていた。危険な行為である。
唯一の救いは、振り下ろした一撃が綺麗に脳天に決まり、ウルフに十分なダメージを与えたことだ。
モンスターが光の粒に変わり、周囲がキラキラ光る光景は何度見ても綺麗であった。命の危険があるダンジョンの中にいなければ、素直に感動していただろう。
リナの方を見るとまだウルフと切り結んでいる状態で、相手がすばやいようで攻め切れないようだ。ウルフの意識内に入らないように、コソコソと回り込む。その行動に気付いたリナは、銅の剣と革の盾をカンカンと打ち鳴らしながら「グギャァァァ!!」と大声を上げた。
シオンより何倍もリナが勇敢に映るが、その理由を考えたくない。
リナの取った行動だが、昨日教えた『挑発行為』だ。あくまでも"行為"であり、スキルの〈挑発〉とは別物だ。スキルの方なら『相手の注意を引き付ける効果』だが、今回のような行為だと『相手の注意を向けやすい』程度になるからだ。
それに効果範囲も違う。スキルが『一定範囲内』なのに対し、『目の前の1体か2体』と雲泥の差が生まれている。今回は上手く効果が出たらしく、リナたちは睨み合っている。
「ヴオゥ!!」
「ギャァァ!!」
顔を付き合わせ、叫んでいる彼奴らを見ていると『ペットに"芸"を仕込もうとする飼い主の少女と、「そんなの知らん! 遊ぼうぜ!!」とはしゃぎ回る犬』の構図に見えてしまい、クスっと笑いそうになったシオンがいた。この男、意外と余裕があるように見える。
実際は"相手を殺そうと、牽制し合っている"だけに、笑いそうになるのを必死に堪えて、ゆっくりと背後に回りこんだ。剣の届く一歩手前までスリ寄り、上段に構え「ふっ!」と鋭く息を吐く。今回は目を瞑らずに振り下ろした。
ぶおん と空気を音を響かせながら、ウルフの首筋に銅の剣を滑り込ませる。体重と振り下ろした勢いが合わさり、ぶつかったところから『ゴリ』っと鈍い音が出た。ウルフが倒れたことを確認したリナが、シオンの元に歩いてくる。
「グガ」
ウルフが光の粒になる光に照らされたリナは、「褒めてくれ」と言わんばかりに頭を差し出した。苦笑しつつも、頑張ったリナの頭を撫でる。ツルツルしている頭の触り心地は良い。
シオンは周囲を警戒しながら、リナが満足するまで撫でる。満足すると「グガァ」と喜びの声を上げる。リナと肩を並べて探索を続けた。探索中に戦ったのは、『狼』『猪』『中鬼』の3種類であった。
ウルフは2匹以上の群れ、ボアは基本的に単独だが希に番で、ホブゴブリンは3~4匹のゴブリンを連れていた。この中で一番応戦に苦労したのはウルフの群れで、その数は10匹以上の規模に達していた。
ボアはその巨駆を生かした『突進攻撃』が図体の割りにに早かったが、正面からズレるように戦うだけでよかったので意外に楽だった。問題はコイツの体力は多くて、倒すのに時間がかかる事だ。
ホブゴブリンに関しては、多少強くなったとしてもゴブリンの延長と言える。進化したリナだったら、十分に戦えるだろう。今回、ホブゴブリンと戦ったのはシオンで、身長差もなかく、純粋に『力と技の勝負』になった。そのホブゴブリン戦について話そう。
「グガア」
リナの鳴き声で前方から来る影に気付いた。「昨日より、鼻が利いてないか?」と、問い掛けそうになるが言葉を飲み込む事に成功した。疑問はあるが、前から近付いてくる影の大きさに首を傾げた。
大きい影と小さい影が、うす暗い通路を歩いているのだ。大きい影は小さい影の倍近い大きさで、小さい影はリナと同じくらいの大きさであった。単純に考えても、2メートル以上の体躯と考えられる。
取り出したスマホを構え【モンスター・スキャナー】を起動させると『ピッ』という電子音の後、画面には[ホブゴブリン]と出た。ゲーム、小説では『ゴブリンの上位種』となっていることが多いモンスターであり、狡猾さ・残忍さに磨きがかかっているだろう。
スキャナーの簡単な説明にも[ゴブリンの上位種]とあるので、余計に警戒を緩めるわけにはいかない。取り巻きどもは[ゴブリン]と出ているので安心しそうだが、この一団はホブゴブリンとリーダーとして機能している可能性が非常に高いからだ。
『イケ! モノドモ!!』
「何!?」
片言ではあるが、理解できる言葉で号令が出た事に驚かされた。
言葉を喋れる事だけでも、リナより賢く、狡賢い可能性が高まった。
「リナ! お前はゴブリンを頼む!!」
「グガア!!」
とっさの指示で、リナにゴブリンの相手を任せる。
指示を出す間も、お互いに駆け寄っているので、間合いはドンドンなくなっていく。横跳びで正面のゴブリンの隙間をすり抜けた。
すり抜ける際に『お土産』として、防御意識の薄い脚に狙いを定め、銅の剣での一撃をお見舞いした。
体重を乗せた一撃ではないので、それほど大きなダメージではない。
この攻撃の狙いは"ダメージ"ではなく、痛みによる『行動の阻害』であるからだ。腕ではなく『脚』を狙ったのは、『腕では、移動を鈍らせられない』からである。簡単に言って、『タンスの角に、足の小指をぶつけてすぐに歩けるか?』ということだ。
『『グギャァ!!』』
攻撃は有効だったのだろうか? 銅の剣の攻撃が当たった場所は痛かったのか? 2匹のゴブリンの動きが止まったのだろうか? 疑問が浮かび上がってくるが、様子を確認する時間はない。
駆け寄ることでホブゴブリンとの距離が狭まっているからだ。
薄暗い中でも近付くことで、ホブゴブリンが持っている武器が同じ『銅の剣』であることが分かった。鈍く赤い光を放っているからだ。姿はハッキリと見えないが、シルエットから盾は装備してないだろう。
近付いてから驚いたのは、ホブゴブリンの顔が『より人間に近い』という事である。まあ、ゴブリンであるリナも人間っぽいのだが。まあ、肌の色が"緑色"なので、最初は多少の忌避感はあったのかもしれない。だが今では肌の色は関係なく、リナは”相棒”だといえる。
ダンジョン内で徘徊しているゴブリンに関しては、人間とは言い難い顔付きである。
そんなリナより、肌の色が"白"に近い。どう説明したらいいのだろうか? 『少し日焼けした人』と『日焼けして黒くなった人』の違いで通じるものなのか。
一番の問題は肌の色ではなく、顔である。
ホブゴブリンの顔はリナより人間に近い感じで、 その上『髪が生えている』事が雰囲気を人より近付けている。……ってことは、リナに進化があれば、髪が生えて『美少女風になるのではないか?』と関係ない想像をして、勝手だが期待をしてしまった。
それの姿を見るには、目の前にいる少年っぽいホブゴブリンを倒さなくてはいけない。
可能な限り感情を押し殺し、銅の剣をきつく握った。
シオンは勢いをつけて振り上げた銅の剣を、ホブゴブリンに向けて降り下ろした。剣の柄を両手で持ち、力を込めやすい状態で振り下ろした。
その攻撃を簡単に受け止められると思ったのか、ホブゴブリンは片手で受け止めようとした。しかし、シオンの振り下ろした一撃は早いだけではなく、自身の体重を乗せたモノである。
ガギィィィン!!
重く、鈍い音。それは、鈍器と化した金属がぶつかる音であった。刃がない限り、剣など"鈍器"としか言えない。銅の剣と金属バットで木を斬れないように。
片手で受け止めた状態では、剣から伝わる衝撃を流すことなど出来ない。シオンの体重が乗っているとは、『体当たりをした』と同じである。
振り下ろした勢いを利用して身体を伏せ、中腰の状態から蹴りを突き出す。バランスを崩したホブゴブリンには、その蹴りを避けることも、防ぐことも出来なかった。
靴底が真っ直ぐにお腹の辺りに入る。軽く弾かれたホブゴブリンのお腹には、薄くて分かりにくいが靴跡が刻まれ、少し赤くなっている。
『グォォォォ……』
ヨタヨタっと後退するホブゴブリンは目を見開き、怒りに染まった眼でシオンを睨み付けた。薄い赤色だった瞳の色は"真紅"に染まっていた。
現時点でシオンは知らないが、この現象は【狂化】という一定レベル以上で一部モンスターのみが使える、酷い言い方では『最期の悪足掻き』というヤツだ。
「(瞳が紅くなっただと!?)」
その様子に驚いてしまうが、シオンが警戒を解くことはなかった。もし、この状態で解いていたら、間違いなく『死に戻り』していたことだろう。【狂化】は、強化スキルや強化魔法と比べ物にならないくらいに、身体能力を引き上げる。
ホブゴブリンが【狂化】を発動させた事により、シオンたちの戦いは予期しない膠着に入った。
迂闊に動けなくなった彼らの背後では、リナがゴブリン4匹と戦いを繰り広げていた。
シオンがすり抜け際に、ゴブリンの脚に一撃を加えて去って行った。その攻撃の痛みに、ゴブリンの動きが鈍った隙を見逃すリナではない。
「グガァ!」
小さな身体で雄々しく吼えた! その様子から「この好機は逃さない!!」と言っているように感じられた。それを証明するかのように、リナの走る速度が上がったからである。
それでも、シオンとの距離が縮まないのは、シオンとリナの体格差による脚の長さ違いから生まれているのかもしれない。
リナは速度を落とさず、一番手前にいるゴブリンに狙いを定めて、力一杯に銅の剣を振り下ろした。
振り下ろした勢いを殺さないように跳び上がり、後ろにいた1匹の顔面に蹴りを食らわせる。緑色の血を鼻から流しながら、後ろに向かって倒れるゴブリンに対する追撃を忘れたりはしない。
「グガ!」
着地する場所を少し変え、ゴブリンの股間の上に体重を乗せた踵を落とした。男からしたら、凶悪といえる攻撃である。当然、踏まれた相手は目を大きく開き、口から泡を噴いた。
『ハンギュァァァ!?』
かなり酷い攻撃でオスに対して特に効果があるだけに、シオンが見ていたら退いただろう。彼だけではなく、知性ある人型の男なら「きゅっ」となること間違いなしだ。
この時点でリナは、1匹を倒し、1匹を戦闘不能(泡を噴いている)状態にした。戦闘のスマートさに反して、その戦闘方法は容赦がなく弱点を的確に狙ってくる。彼女の攻撃には、優しさなどなかった。あるのは残酷・冷酷さだけである。
そんなリナだが普段は、シオンに対し頭を擦り付けて「撫でて!」とアピールしたり、寝る時は隣で丸くなっていたりと、可愛さ溢れるところも見せている。だが、戦闘においては容赦という文字は無い。良くも悪くもシオンの教育が原因なのだが……
リナに倒された1匹と、気絶(泡付き)させられた仲間を見た彼らは、一瞬怯んでしまった。正確に言うなら『腰が引けた』状態だが。
リナは、固まった2匹の隙を見逃さなかった。駆け寄り、近くにいたゴブリンに対し、盾を下から振り上げて顎をカチ上げてバランスを崩させる。
無論、盾の振り上げは真下からではなく、右下から左上に向けて振り上げているので、次の攻撃に繋がりやすい。この攻撃は偶然であったが、ゴブリンの脳を揺すって脳震盪を起こさせていた。
倒れ行く目の前の敵には「興味なし!」と言わんばかりに無視し、その置くにいるもう1匹のゴブリンに斬り掛かる。硬直していたゴブリンには、自身に向かってくる銅の剣を避けることは出来なかった。リナの振り下ろした剣は、防がれることなく、首筋に吸い込まれるように流れた。
ゴン!!
この一撃で2匹目のゴブリンを倒したリナは、油断することなく残りの2匹にも攻撃を加えた。平和な日本では"過剰防衛"となるだろうが、此処はそんな法律のないダンジョンである。そこまで遠慮なく出来るリナは、かなり優秀である。
戦いを先に終わらせたのは、リナの方であった。シオンとホブゴブリンの戦いは膠着したまま、睨み合っている状態であった。