2人で攻略を開始しよう
翌朝の目覚めは、昨日とは違いスッキリと起きられた。理由の大半が『風呂に入ったこと』だろうが、それだけではない気がするのはどういう事なのかと首を捻った。
ただ、ベッドの威力が大きいことを忘れている。
スッキリ起きられた理由だが、目を開けた瞬間にリナの顔がドアップにあって驚きのあまりベッドから落ちたからにすぎない。
リナが目覚めるまでの間に、軽く運動をして体を温める。腕の筋、脚の筋がしっかり伸びるようにゆっくりと行った。煩悩退散の為の行動ではない! 誰が言おうとも違う!!
当のリナが目覚ましたのは30分後のであった。
「出発するぞ」
「グガ」
贅沢に朝風呂で寝汗を流し終えたシオンたちは、準備を整えて扉の前で立っていた。昨日の探索より、装備が整っているので冒険者っぽく見える。
ダンジョンに入ってから10分くらい経ったが、未だにモンスターと戦うことはなかった。靴と石の床が当って『コツコツ』という音のみが、通路で反響して響いている状態だ。
そうなると、いい加減にモンスターが出て欲しいと無粋な事を願う男がいた。
だが、そんな思いは総じて通じない。ゲームをプレイする人なら聞いたことがあるだろう【物欲センサー】が働いていたからかもしれない。
そんな状況にも、変化があった。
「グガァ」
リナが声を上げたので、ハッとして周囲を確認する。戦いに少しは慣れたのだが、それでも緊張から唇と喉が渇き、水が欲しくなってきた。先程の心境からは考えられない、反応であった。
暗闇に向け注意深く音を拾い続けると、ペタペタという音が聴こえてきた。足音を立てるのはゴブリンだけで、コボルトは肉球が吸収しているのか無音である。フェアリーに関しては、空中を飛んでいるので音はしない。ただ、羽がキラリと光ることがあるので、判別はしやすい。
「(足音がするって事は、ゴブリンだな……)」
ソッと角から覗き込んで通路の奥を確認すると、そこには予想通りゴブリンがいた。数は2匹、小声でリナに左のゴブリンと戦うように指示をする。
リナが「グァ」と返事を返したので、シオンは残った右のゴブリンに駆け出した。ゴブリンが気付いたのは、数歩で攻撃が届く射程に入った時であった。
ゴブリンが慌て振り下ろした棒を銅の剣で横に流し、もう1本の剣を首に振り下ろした。首に当たった銅の剣は『ゴリン』と異音が聞こえた。
ルールには『装備中の武器の破損、劣化はしない』とあるので、異音の原因はゴブリンの方だろう。光の粒になっていくゴブリンを確認した後、リナの様子を確認したシオンは驚愕する事になった。
シオンがゴブリンに駆け出すと同時に、リナも走り駆け出していた。外見相応の早さしかないが、その動きに怯えなどの感情は見えない。互いの間合いに入る瞬間、ゴブリンは持っていた木の棒を突き出してきた。
「グガァ!」
その迫ってくる棒の腹を、革の盾で横から叩いて反らした。シオンの初戦闘と比べると、自信に満ち溢れる行動である。
パコォンと乾いた音を出しながら強制的に行き先を変えられた棒に、リナの体を捕らえる事は出来なかった。突き出された速度のまま、飛ぶように前に向いてバランスを崩す結果となる。
盾で弾いていたリナの体勢は崩れていない。
「グガァァ!!」
そのまま体を反転させ、ゴブリンの背後を陣取ったリナは、無防備に晒された首筋に銅の剣を振り下ろした。
首の骨に綺麗に決まった一撃は、シオンと同じく『ゴリン』と異音を鳴らした。シオンと違うのは、その一撃が"会心一撃"であり、すぐにゴブリンが光の粒になった事だ。
その様子を偶然目撃したシオンの顔は、驚きに彩られていた。
「お、お前……やるな」
口から出た言葉はそれだけだった。モンスターハウス内で多少訓練したとはいえ、ここまでスムーズに戦いを終わらせる事が出来るとは、予想していなかったのだ。
シオンの初戦闘が木刀だけだったとはいえ、ゴブリンと戦った時を思い出すと、リナの方が何倍もスマートに見える不思議。
褒められた事を理解したリナの幼い顔立ちは、花が咲くような満面の笑顔だった。これで肌の色が緑ではなく、もう少し人間に近い色だったら抱き締めていたかもしれない。
「(無邪気な笑顔って、意外に威力があるんだな……)」
ちょっと危険なことを考えながらも、シオンの手は毛の生えていないリナの頭を撫でていた。ツルリとした感触の頭を撫でながら、進化したら『髪の毛が生えたりしないかな?』と考えてた。
そんな考えもあったのだが、リナを召喚した時から感じていた"違和感"が大きく、強くなってきた気がしたのだが、それが何かは分からないままであった。
リナを加えた戦闘は、何の問題もなく進んでいく。
そんな状況を『順調すぎて怖い』と思ってしまうシオンがいた。実際にリナのレベルが上がる度に、パーティーとしての完成度は徐々に上がってきている。
下のフロアに繋がる階段に辿り着いたのは、探索開始から3時間が経過した時であった。1人だけの探索では、軽く5時間はかかっていただろうと考えた。階段までのマップがある程度は完成していたのもあるが、単純に"手数"が増えたことが大きい。
同じ数のグループを相手にしていても、攻撃量が倍近く違えば負担は半分くらいまで減る。
階段が見つかった時点で、マップの80%くらい埋まった。
「(マップのほとんどが表示されたけど、残りの"空白部分"はどうしようかな?)」
空白をどうするのか考えているシオンを尻目に、リナの視線は『未踏破区』に向かっていた。【Dマップル】に表示されている感じから、この道は行き止まりに向かっているだろう。
隣で何かを訴えているリナの横顔。その瞳に宿っている"野生の本能"を信じてみる事にした。
「リナ、この通路の奥を調べてから階段を下りて、次のフロアの様子を確認しよう」
「グガ」
リナが頷いたのを確認してから、慎重に進んで行く。ここから先は"未踏破区"だからではなく、強いモンスターや罠がある可能性が高いからだ。
スマホのマップを確認しながら、曲がり角では顔を出して通路に敵がいないかを調べる。まどろっこしいが、不意討ちを食らうよりはマシだと自分自身を納得させた。
この【Dマップル】に"索敵機能"が備わっていれば、もう少しはスムーズに移動できるのだろう。
もしかしたら、スキルで〈索敵〉とかがあるかもしれない!
上手くいけば〈鑑定〉と同じ様に、スマホと連動するかもしれない!! と気合いを入れ直す。
「グガァ?」
シオンの様子がおかしい事に気付いたリナが声を上げるが、彼の耳には届いていなかった。気付いたのは、リナが服の裾を引っ張った時である。顔はリンゴのように真っ赤になった。
索敵に関する考え事は棚に上げて、曲がり角では慎重に先の通路を確認した。耳を澄ませれば『足音』が聞こるとはいえ、油断から大ケガをするのは痛いから、勘弁願いたい。
未踏破区はフロア全体の20%くらいはあったが、踏破するのにそれほどの時間はかからなかった。罠がなかった事が大きい。
探索中に戦ったのはフェアリー4体で、そいつらが自由気ままに天井ギリギリを飛び回っていたので、探索より戦闘時間が長くなったのは皮肉な話だ。
正直、地上で戦うモンスターとの戦闘が楽だとシオンは感じた。
第1フロアのマップを埋め終わった瞬間、スマホに着信が入った。
[第1フロアのマップを全て埋めましたので【完全踏破ボーナス】として、スキル〈使い魔との絆Ⅰ〉を入手しました]
詳しく説明すると、このスキルは『自分の使い魔と仲良くなれる』というものだ。日々の生活の中でも仲良くなり、絆は深まっていくのだが、それを"ブースト"してくれるモノらしいものだ。
ただ、このスキルは完全な状態ではない。全部で"3つ"のパーツに分かれていて、今いる『第1階層』の全てのマップを埋める事によって、〈使い魔との絆Ⅱ〉〈使い魔との絆Ⅲ〉がボーナスとして入手出来るのでは? とシオンは予想を立てた。
説明の先を読むと※印で『3つのスキルを持った上で、第1階層のボスを倒すことにより、完全な形のスキル〈使い魔との絆〉に変化する』と追記されていた。しっかりと読んでいれば、ムダな予想をしなくてすんだのに……と赤面した。
「それじゃあ、下の階を確認して帰ろうか?」
「グガ」
スキルを手に入れたのだが、リナの様子に何か変化があったように感じない。
フロアを繋ぐ回廊は、コツンコツンと響く靴音が階段の壁で反響し合い、大きな音になって跳ね返ってくる。反響が大きいことに、次のフロアで敵に囲まれないか心配になるシオン。
階段を下りたらリナに視線で合図を送り、階段の出口から顔を覗かせて周囲を確認した。
第2フロアに足を踏み込んだ瞬間、『ピロリン』とスマホに着信が入り空間に響いた。今までの経験から、何かしらの情報が入ったと確信してスマホを取り出した。
[第2フロアに入りましたので、【D商店・売買】に『帰還の羽根』『目印シール』が販売されました。商品の詳細は、商店にてご確認下さい]
名前からの予想は簡単だ。『帰還の羽根』はマイルームに帰ることが出来るアイテムで、逆に『目印シール』は、マイルームから"目印シールを貼った場所"に移動出来るアイテムだろうと予想した。
詳しい情報を【D商店・売買】で確認をしたが、両方のアイテムの最大所持数が『1』で、複数持てないタイプだと分かった。詳細は以下の通りだ。
『帰還の羽根』……使用することで、マイルームに戻ることが出来る。使用出来ない条件は『戦闘中である事』と、『パーティーメンバーが5m以内にいない場合』の2パターンがあるので注意。
最大所持数1、自然に優しいリサイクルが出来る商品。
『目印シール』……商品名の通り、"貼った場所"を目印にする事が出来るシール。使い方は簡単。『貼るだけ』で、基本的に"何処にでも貼れる"のが売りの商品だが、階段の出入口に貼ることを推奨。
最大所持数1、何度でも貼って剥がせる、自然を考えた1品。
"自然に優しい"と詠っているが、正確には"ダンジョンに優しい"だろうとシオンは突っ込む。
問題は、説明文に突っ込むより、DPの方である。『帰還の羽根 100DP』『目印シール 100DP』である意味、高額商品だ。現在のあるのは丁度100DPで、どちらかを選んで購入する事は出来る。
お互いの状態を確認して、『歩いて帰っても、問題はない』と判断下した。狙っていたわけではないが、『目印シール』を階段の出口に貼った。
貼られた目印シールからは、うっすらとだが"紫色の光"が漏れていた。張る前には無かったので、これは起動状態なのだろうと納得したが、瞳の模様がぼんやりと光っているので、目印シールだと知らないと『瞳の人魂』に見えるだろう。
帰りの道では特筆すべき事はなかったので、レベルが上がったぐらいしか言うことがない。シオンがLV8に、リナがLV5になった。
マイルームに着いたら、最初にするのは風呂の掃除である。掃除と言っても『清掃不要!』が売り文句になっているので、軽く水で流すだけが……
準備が終わったら、獲得したアイテムの鑑定をする。
今回の探索でも、めぼしいアイテムはなくほとんどがダブリだったので、回復薬を残し全てを売却する。今回の収入は過去最高で1000DPになった。早速、『帰還の羽根』を購入する。
残り900DPの内、200DPを使用して『無限肉・豪』にランクアップさせた。この"豪"は何だろう? オーストラリアか? と考えたシオンである。
残り700DPは、購入したいものは無かったので、貯金することにした。何となくだが『近い内に、充実しそう』と感じたのが理由である。戦いに身を置くことで”勘”というモノの重要性を実感したからだ。
最後にステータスはこのように変換した。
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シオン
LV8
筋力:5
体力:0
速さ:0
魔力:0
SP:13
DP:700
スキル
〈剣術〉LV3
〈体術〉LV3
〈罠解除〉LV2
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リナ 小鬼族
LV5
筋力:3
体力:4
速さ:2
魔力:0
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SPは保留している。魔法を戦闘中に使う必要はないし、今のところモンスターの血を浴びてない。(撲殺がメインなので)それ以外の部分でも『不足していない』とは言えないが、『上を見ると切りがないから放置している』が正しいと心の何処かで理解しているのかもしれない。
第2フロアを攻略し初めてから動いても問題ないだろうし、そう簡単に"詰む”とは考えていなかった。
また、『死んだら終わり』ではないと(ルールから)甘く考えているのかもしれない。精々今あるのは『探索で得たアイテムを失うことになるのはゴメンだから、ある程度探索したら帰る気でいる』くらいだろう。
明日の事を考えていたら、「ぐぅぅぅぅ」とお腹から悲鳴が上がった。スマホで時間を確認すると『20:30』と出ていたが、合っているのかは分からない。さっさと夕食の準備をして、寝ないと明日に響くと考えて動き始めた。
ダンジョンに来る前の生活だったら、ベッドの上で転んでマンガを読んでいても母親がご飯の準備をしてくれただろうと思い出し、少し感謝する。【D商店・売買】にも本はあるが、指南書とかのハウツー本以外の本は軒並み高く、嗜好品の類いとして扱われていると予想できた。(だいたい数倍~十数倍)
他の商品でも、安くても1万からで、最高は1000万にも及ぶ。そんなものか興味が湧いたので調べられる範囲で確認したが、ハッキリ言って『エ○本』だった。シオンも性欲溢れる16才。興味津々だが、『人型の使い魔(女)と契約を結べば不要なんじゃねぇ?』と心の何処かで思っているのかもしれない。(そう簡単とは思えないが……)
「グガァ……」
色々と考えていると、リナから声をかけられた。お腹を押さえて、悲しそうな声を上げている。これは間違いなく、『お腹が減った』と言っているのだろう。立ち上がり、頭を軽く撫でると夕食の準備を行うのであった。
準備と言っても『無限箱』から乾パンを取り出し、肉を焼くだけというシンプルすぎるメニュー。料理屋からしたらバカにされていると思うかもしれない。そんあレベルでも、料理をほとんどしたことのないシオンからしたら、頑張った方である。
それだけに、焼いている最中に思い出した事もあった。
「素焼きばっかりだった……」
何を隠そう、この男は調味料を使わずに焼いていた事を思い出し、慌てて購入した。ちなみに買えたのは【無限塩コショウ】ー100DPを購入した。実のところ『嗜好品』と言えるのか怪しいくらい高いのだが、他の調味料の方が高かった。次に安い調味料でも倍以上してしまう味が、気になるシオン。
「(高いけど、いつまでも素材の味だけも、いけないよな……)」
所持ポイントが600DPまで減ってしまうが、これで最低限の味付けは出来るようになった。
「グ~ガァ~~」
焼き上がった肉と乾パンを食べて、2人の夕食は終わる。塩コショウを使い味付けをしたので、肉本来の旨みがより引き出されたみたいで、リナは終始上機嫌で食べていた。
楽な服に着替えると、2人揃ってベッドで眠る。目覚めた時には、昨日の探索で体に溜まっていた疲労が無くなっていた。目に見えにくいが『スマホもチートだが、このベッドも十分にチートでは?』と感じられた。
別にベッドの効果を『イカサマ』と言うつもりはない。どちらかというと、『常識という範疇を越えている』というだけである。
目覚めたら、ベッドから下りて体を軽く伸ばす。昨日の戦闘中に痛感させられたのは、『身体(筋肉)が固いと、動きを阻害される』事であった。特に『二刀流』で行きたいと思っていたシオンであるが、両手に別々の武器を持ち、バラバラに動かすのには"柔軟性"と"慣れ"が必要だと痛いほど感じさせられた。
何が言いたいかというと『あ、これは無理だわ』と確認できた事である。もっとも”格好良さそう”という安直な考えからの行動だったので、諦めるのは簡単だった。
攻防を考えると『武器+盾』か、『両手持ちの武器』を使った方が安定して戦える。それでも厨ニ心を刺激されているシオンは『刀』を使ってみたいと思った。日本男児としての譲れない部分で、『使える』『使えない』は考えていない。ただ『ロマンだ!』と、前回の反省を生かしていない目標を掲げていた。