ゲームと思ったら、運の尽き
目の前で横たわっていた動物は、光の粒子となり空中に溶けるように消え去った。
「よし! 次は、スマホを……」
軽く勝利の声を上げ、太ももにベルトで固定してあるホルダーからスマホを取り出した。画面には、先ほど倒したモンスターが映し出されている。
そこに書かれている文字を見た青年は首を傾げた。
「ベイビーベア……小さく、なかったよな?
あの顔でベイビーはない。むしろ、"ホラー"と表現した方が近いよな……」
青年が戦っていた動物はモンスターと呼ばれるもので、火を噴いたり、毛皮が異常に丈夫だったりするのが特徴だが、その見た目は普通の"クマ"であった。
月の輪熊の様な有名なクマではなく、普通のクマ……色がピンクなのを無視出来たらの話だが……
普通じゃないのは色だけではなく、ホラーレベルの姿がより恐怖を煽る。身体はガリガリに痩せ細っており、ホネが分かるくらい毛が薄い。それでも体毛がピンクだと分かる時点で、一般人なら色々とヤバいヤツと感じるだろう。
ただ残念な事に、青年の感覚は現状に染められていた。
モンスターの画像を閉じると、今回の戦闘で"レベル"が上がったとテロップが出ていた。
「────レベルアップか。これで……」
その先を口には出さなかったが、気が付いてから迷宮内で少なくない時間を過ごしていた。何故かスマホの日時が止まっていたので、何日目なのか曖昧になっていた。来てから半年経ったなのか、1年なのか──
それの主な原因は、迷宮内では"昼と夜"の区別がつかないくらい明るい事にある。
青年は、常に明るい天上を見上げ、事の起こりを思い出す。
──迷宮である時点で天井になるんだが、普通に青空がある。
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そう……事の起こりは、鬱陶しい梅雨の時期が終わりを迎えた日であった。その事実に加え、夏休みが始まる前日だったので青年は浮かれていた。
その時の青年の心の中を占めていたのは、
"夏休みと言えば『プール』『海』『水着』『お姉さま』と相場が決まっているよな!"
であった。誰が聞いても浮かれていると判断するだろう。
『それは違うじゃないか?』と言ったところで、『オレの中では、そう決まっているんだ!!』と叫んでくるだろう。
その溢れ出るパトスは横に置いて──
青年は夏休み中にプレイするゲームを、電車に乗っている間を利用して探していた。有名なゲーム機の3Dゲームの【ダイス】や、画像が高画質で美しい【スイック】は選択肢にはない。
どこでも手軽なスマホゲームを探している中で、目についたのは【エルプレイス】というダンジョン攻略するゲームアプリであった。
このゲームはオーソドックスなダンジョン攻略モノで、1階層が3つのフロアから成り立っているモノだ。
各階層の最奥には"ボス"がいて、そいつを倒すことにより、各階層へワープで移動する事が出来るようになる。最下層の大ボスを倒すのが最終目標として掲げられているが、やり込み要素も多い。
ただ、1つ言える事は、お試し気分で登録したのが運の尽きという事だ。青年が気付いた時には、ゲーム【エルプレイス】の"マイルーム"と呼ばれる部屋にいた。
ことわざにある『後悔、先立たず』が現状にピッタリと当てはまる。
「はあ"ぁぁぁ!!??」
青年の口から出る言葉は、これ以外にはなかった。電車で座っていたのが、石造りの部屋に早変わり! って手品レベルを軽く越えた、場面切り替えである。
「え"え"……マジで?? どうして??」
青年が唖然と立ち尽くしている中で、唯一仕事をしていた存在が"スマホ"だった。「ピロリン♪」と着信音を鳴らせ、青年に気付かせた。ベッドの上でスマホの着信ランプが点滅しており、その様子は『俺様に感謝しろ!!』と言っている。
青年が画面を覗き込むと、そこには"新着メール"のマークが光っていた。それをタップして開いた内容は──
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ご登録、ありがとうございます。
本ゲームの説明を簡単に述べさせて頂きます。
①本ゲームは、途中で辞めることは出来ません。
②ダンジョン内で死亡しても【マイルーム】に戻るだけで、"死ぬ"事はありません。
③死亡時に所有していたアイテムは失いますが、前回の冒険で取得した装備・アイテムは失いません。
④マイルームに戻る毎に、自動で所持アイテムの登録が行われます。
⑤各階層には"ボスモンスター"がいます。それを倒すことにより、各階層に移動用の"転移陣"が現れますので、攻略にご利用ください。
⑥機能はプレイヤーの進行状況に応じて、開放されます。
(例)マイルームから出る➡【D■■■■】の開放
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あまりにも一方的な内容のメールを閉じるとスマホの画面には『ダウンロードしています』との表示が現れ、小人のようなポリゴンがピコピコと動き回っていた。
その可愛い姿に青年はホッコリするが、現状はどうするのか悩むべきだろう。むしろ『悩め!』と言いたい。
ダウンロードが終了した画面のホームには、【ステータス】【マイルーム】【Dスキル購入・削除】と【D商店・購入】のアプリが追加されていた。
青年は震える指を抑え、試しに【ステータス】アプリをタップした。
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シオン
LV1
筋力:0
体力:0
速さ:0
魔力:0
ステータスポイント:10
ダンジョンポイント:1000
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ステータスを見て最初にビックリするのは、ゲームなら重要な項目である『筋力』『体力』『速さ』『魔力』が"0"である点だろう。『これだと動けないよね?』と言いたい。
この状態で普通に行動出来るのが不思議であり、青ね……シオンは『何かヒントはないか』と1度ステータス画面を閉じた。
ホームに戻ると【指南書】と書かれたアプリが現れていた。
それをタップすると目次が表示されたが"1つ"しか出ていなかった。タイトルはズバリの『ステータスについて』であった。
説明の内容故に"ご都合か?"と思ったが、『⑥機能はプレイヤーの進行状況に応じて、開放されます』とメールに書いてあった事実から、"ステータスを見たから、細かい説明が見れるようになった"とシオンは考えた。
項目に出ている『ステータスについて』をタップした。
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◇ステータス◇
ステータスは、以下の4項目になります。
『筋力』……高いほど、与えるダメージが増えます。また、重量のある装備が可能になります。
『体力』……高いほど、丈夫になります。また、物理ダメージを減少させる効果があります。
『速さ』……高いほど、速く動けます。また、"器用さ"にも密接に関わります。
『魔力』……高いほど、魔法がたくさん使えます。また、魔法に関する『威力』『抵抗力』が高まります。
初期のステータスが全て”0”なのはバグではなく、日常生活レベルになっております。個人毎に差が生じますので、SPを上手く活用し、『長所を伸ばす』も『短所を補う』も皆様の自由です。
最も個人差が出やすいのが【魔力】】の項目になります。
同じ『0』の状態でも"イメージ力"の強さにより、1回であったり、5回であったりします。初回特典として、〈洗浄〉の魔法を差し上げますので、初期状態でどれくらい使えるかお試しくださいませ。
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「振った数値分、身体能力が強化されるって事かな?」
シオンが説明を読み終わると「ピロリン♪」とスマホの着信が鳴った。ホーム画面には新たに【魔法】アプリが追加されていた。
タップすると"魔法一覧"が開き、そこには説明にあった様に〈洗浄〉の魔法がセットされている。
魔法欄の1番下に※印で『魔法を使う方法は"アプリから発動"と、"呪文名で起動"する場合の2種類があります。
アプリから発動する長所は「押したら即発動」で、短所は「イメージ補正不可による、発動コストの固定化」になります。
呪文名による発動の長所は「イメージ補正による、消費魔力の減少」で、短所は「イメージ力次第では、不発になる可能性が高い」事です』
見た瞬間にキーワード発動に対して「うわぁ~」と言う気持ちになったシオンである。厨二病丸出しじゃん!! と心の中で叫んでいた。最も、気付けばそれに慣れている状態だろう。
それでも魔法というモノには興味があるシオンは「モノは試し気分」で発動させた。まずはアプリからだ。
[〈クリーン〉を発動します]
一瞬の光りの後、身体中をスッとする爽やかさが包み込み気持ちよかったシオンだが、精神的な怠さを感じた。例えるなら、苦手な授業を2時間ぶっ通しで受けた後で『もうやめて』っと根を上げたところだ。
椅子に座りながら10分くらい休んでいると、精神的に感じていた怠さは無くなってきので、今度は"キーワード発動"を試してみる事にした。
「えっと、〈クリーン〉」
アプリの時と同じ光が発生し、身体中が包まれた。怠さが襲ってくると構えていたシオンだが、疲れた感じは無かった。
ついでというか、爪が光っているのに気付いた。こんなイメージしたか? と首を捻る事になった。
しばらく考えてから、疲労感の少なさについて分かった事は説明にあった"イメージ力"で『オレ、妄想力の塊だっわ』と、自分自身に止めをさす結果となって、シオンは崩れ落ちた。
立ち直った次の確認は【アイテムボックス】アプリである。
中に入っていたのは、『木刀』と『ヒモの付いた釜の蓋』であった。『ド』で始まるゲームの『ひの◯の棒』『お鍋の蓋』を彷彿させる。他にアイテムは何も入ってなかった。
色々確認した結果、このアイテムボックスはいくつかの効果があり『入れたときの状態を保つ』『生き物は入れられない』『容量は無限』の3つが大きな特徴であった。
中に入っていた武器に関して説明が出ていたので読んでみると、『壊れない』『劣化しない』とあった。『壊れない』に関しては"装備中であることが前提"と書かれていた。
「何て言うか"ご都合設定"だよな……」
シオンの口から漏れ出た言葉には頷けるところがある。日常で使う品でも、使えば使うほど疲労して壊れる。特に武器は(今回は木刀だが)強い衝撃や振動を受け続け、その疲労の蓄積速度は並み半端なものではない。
アイテムボックスの確認が終わり、次に目に付いたのはSPだが、使用するか考えたが現状では"保留"が1番かもしれないと残す事にした。
もう1つあるDPはどうしようかと考えて顔を上げたら、机の上に木箱があったのに気付いた。大きさはティッシュボックスくらいで、鍵らしいものは付いていない様なので開けてみた。
シオンの目に飛び込んだのは、10円玉サイズの『乾パン』だった。色は黒に近い茶色で、見るからに硬そうである。
嫌な汗が背中を流れるのを感じたシオン。
「……コレが、配給物資だっていうのか?」
1つ摘まみ上げたが、予想以上に硬い焼き物。素で食べるのは難しそうなので、水道がないか周囲を見回すが見当たらない事に気付く。
DPを消費して購入するモノが、決まった瞬間でもあった。
また、部屋にあるものを確認すると『ワラのベッド』『机』『無限乾パン』だけであり、非常に寂しい室内であった。水道がなかったように食器などの日用品もない。
室内の確認が終われば、次に試すのは商品の購入が出来るであろう【D商店・購入】アプリである。タップし、商品に目を通す。
まず探すのは水である。『システムキッチン』があったが必要DPは優に100万を越えた。「誰が買うねん」と呟いたのは当然かもしれない。
購入できる範囲で妥協できたのが『無限水差し』100DP、器として『コップ(木製)』が10DPで売っていたので購入。
部屋に付いていないトイレ関係を探すと、『ツボ』『ポットン(和)』『水洗(洋)』とあり、値段は各10、100、200であった。和式には馴染みがなく、ツボは論外なので迷うことなく『水洗(洋)』200DPを購入。
場所の指定があったので、入り口だろう扉の近くに決めた。
最後に調べたのは食事関係である。
シオンが選んだのは『無限肉』──"もう少し、捻れよ"と心の中でツッコミが入った。値段は100DPで、追加課金する事でバージョンアップが出来るらしい。DPに余裕が出てきたらグレードを上げようと決めたシオンである。
調理する為の道具を探すと『キッチン(旧式)』が10万DP、『オーブン』でも5万DPとかなり高額であった。
システムキッチンに続き『高過ぎだ!!』と突っ込みが入る。
1番安くて『焚き火』10DPから始まり、『簡易釜』50DP、『釜』100DPで、火力的な要素から『釜』を選ぶ事にした。トイレの時もそうであったが、DPによる商品格差が激しく涙が出そうになるシオンだった。
以上で必要最低限の購入が終わり、合計が510DPになった。残りはいざという時の為の保険として保留した。
買い物が一通り終わると部屋の中央に移動して、アイテムボックスから木刀を取り出した。釜の蓋は取り出さない。攻撃を受け止めたら、腕が痺れるのは間違いないと判断したからだ。
敵の攻撃は受け止めずに回避するか、木刀の反りを利用した受け流しを利用する気でいるのだろう。一口に『回避』と言っても簡単に出来るわけではないのだが……
シオンは木刀を片手に扉を潜ると「ピロリン」と音が鳴った。
入った着信の内容は『拠点から10mは"安全地帯"で、モンスターは入れない』という案内であった。
戦闘に関わる部分は『モンスターを倒すと"経験値"を入手できる』と『アイテムの入った"宝箱"をドロップする』という事柄が書かれているだけとかなり簡素。
読んだ中で注意するべき点は、モンスターの身体は消えるが"血液 "など液体は消えずに残ると書いてあった事だ。
特に"血液"に関しては臭くなると小説にもあったので、気を付けようとシオンは思った。
安全地帯から出て最初に見つけたのは、緑色の肌を持った子供くらいの大きさの、物語によく出るある意味で有名なモンスター『ゴブリン』である。名称に関しては、スマホに(勝手に)ダウンロードされていた【モンスター・スキャナー】が表示していたので間違いない。
対峙しているゴブリンの装備は『棍棒』と言いたいところだがそう言ったら失礼なくらい、普通の"木の枝(太め)"である。
現状でシオンに気付いた様子はないので、ゴブリンが背中を向けた瞬間に飛び出し、背中に跳び蹴りを加える事にした。
背後から受けた突然の衝撃にゴブリンは吹っ飛び、顔から地面に突っ込んみ数メートルほど滑っていく。顔が削れそうだ。
ピクッピクッっと小さく痙攣しているので追撃の踏みつけを頭部に加えた。
ゴゴンと大きな音を通路に響かせ、動かなくなったゴブリンは徐々に光の粒となり消えていった。その様子を傍観していたシオンの顔は緊張感により引きつっていたが、徐々に解されていく。
「ぶっはぁ!!」
何時の間にか止めていた息を、大きく吐き出し深呼吸した。
ゴブリンを攻撃している間、シオンは心の中で「これは"ゲーム"だ」「これは"ゲーム"だ」と何度も繰り返していた。喧嘩ではない、本物の『死闘』に心臓はバクバクと脈打っている。
落ち着いてきてから周囲を見回すと、ゴブリンが最期に光っていた辺りに"箱"があった。それが説明にあった『宝箱』なのだろうと判断考えた。大きさは"ランドセル"くらいで、手を伸ばし触る前に、ズボンのポケットに入れていたスマホに吸い込まれてしまう。
慌ててスマホを取り出すと、画面には文字が出ていた。
「『????』入手……だと?」
アイテムボックスの中には、言葉の通りのアイテムがあった。名称は『????』となっているが、現時点でスマホのアプリで【鑑定】機能があるものはない。
現状ではどうにも出来ないので、入手したアイテムは放置する事にした。
そのあと2匹のゴブリンを倒したところで『パンパカパ~ン♪』と音が鳴り響いた。突然の音に驚き、手にしていた木刀を落としてしまう。
カラ~ンと乾いた音が通路内で木霊し、その音でハッと正気に戻り慌てて木刀を拾ったシオン。
周囲を見回し安全そうな物陰に隠れた。その姿はどこぞの不審者の様な動きであるが、本人にそのつもりはない。
焦りながらスマホを取り出した。
[レベルが上がりました]
スマホの画面には、そう表示されていた。音の有無が生死を分けそうなので、設定を変更しようと弄り始めた。悪戦苦闘の末、レベルアップ時の音を消すことに成功に、安堵の息を漏らしたシオン。
ステータスを確認すると『LV2』の数字が光輝いているように思えたのは、自分で"努力の結果"だと自慢したい気持ちはあった。だが内容は『人型の生物を殺した結果』なのであまり嬉しく思えなかった。ゲーム的観点からは、喜ぶべきなのだろうが……
レベルが上がった事により、SPが10から11に増えていた。その事の方が喜びやすいってのは、如何なものだろうか? とシオンは少し悩む事になる。
宝箱の中身を回収し終わり、拠点に帰ることにした。
ちなみに、マップの10%を埋めた時に【Dマップル】が開放されていたので、マッピングとかは不要である事実に喜んでいた。『スマホ、チートアイテム!!』と何処かに、貼り紙がしてあるのではないか? と思って通路の中を見回していた。あるわけがない。
帰り道にもモンスター(主に、ゴブリン)と出会うが、行きより比較的に安全に戦えたのは収穫だと感想を抱いた。忌避感自体が薄くなってきているのかもしれない。
マイルームに入った瞬間、ドッと疲れが押し寄せてきたシオンは耐える事が出来ず、(ワラの)ベッドに倒れ込んだ。チクチクした刺激があるが、すぐに睡魔が襲われてしまい寝てしまうのであった。