おまけ②【拾い猫】
「・・・・・・」
段ボール箱に入っていたのは、可愛らしい子猫、ではなかった。
ボロボロのタオル一枚だけで身体を暖めていたのは、人間の子供。
まるでマンガに描かれているシーンだ。
そんな猫と呼べない目の前の子供は、こちらを睨みつけている。
「おいクソガキ、そこで何してる」
「・・・・・・」
「(生意気な目しやがって)」
目を細めてその子供を見下ろす。
だが生憎、ここで親切に連れて帰るなんてお人好しではない。
その場を後にし、子供を置いて行った。
翌日も、またその翌日も、子供は日に日に弱っていっていた。
それを確認しながらも、保護しない俺は相当人でなしだろう。
だが、周りの連中だって同じだ。
あんな小さな子供が一人でずっとそこにいるというのに、誰一人として連れ帰っていないということなのだから。
雨が降っても雪が降っても、嵐がきても、その子供はくたばらなかった。
「おいクソガキ、いつまでそこにいるつもりだ?」
「・・・・・・」
俺も焼きが回ったもんだ。
「・・・着いてこい」
だが、子供は俺のことを警戒し、なかなか距離を縮めてこなかった。
ちょこちょこと気配を感じるが、それはまあ、俺の見た目のせいもあるのかもしれない。
生まれた家は大層立派だったが、すぐに崩壊した。
その後身を潜めて生きてきた俺にとって、誰かに自分の正体がバレルのは面倒なことでもあった。
特に政府の奴らは厄介だ。
それより、子供だ。
山奥に作った小屋に連れて行くと、すでに一人のガキがいる。
これは俺のガキなんだが、まあ、愛想がないガキだ。
「ほれ、土産だ」
「土産って、どうみても人間じゃん。なに?それ俺に喰えって言ってんの?」
「馬鹿言うな。面倒見てやれっていったんだよ」
「なんで俺が?拾ってきたあんたが見るべきなんじゃないの?」
「ったくクソガキが」
「あんたの子供だからね」
拾ってきた子供を自分のガキと対面させると、二人は睨みあいを続けた。
「おかえりなさい。あら、可愛い子も一緒なのね」
「ああ。なんか喰わせてやれ」
「はい」
今登場してきたのは、俺の妻だ。
「どうぞ、あったかいうちに食べてね」
そう言って、妻は子供に飯を与えた。
「ロイ、仲良くするんだぞ」
「なんで俺が」
「一番歳が近いからだ」
俺のガキのロイは、歳のわりに大人びているというか、生意気というか。
俺に似たのかもしれないが、とにかく愛想が悪い。
「おい、てめー名前なんて言うんだよ」
「・・・・・・」
「おい、俺の方が年上だからな。敬えよ」
「馬鹿。偉そうにしてんじゃねーよ」
ぽかっとロイの頭を叩くと、ロイは子供とは思えない睨みをしてくる。
「俺、し―らねッ!」
そう言うと、ロイは自分の部屋へと行ってしまった。
連れてきた子供の方は、恐る恐るだが妻の作った豚汁を飲む。
一口目をゆっくり飲みこんだかと思うと、次の瞬間にはガツガツと食べだした。
余程お腹が空いていたようで、三杯はおかわりしていた。
「今日は俺たちの部屋で寝かせるか」
「そうですね」
その日は俺の部屋で寝かしつけたが、結局子供の名は聞けなかった。
翌日になると、一人で遊んでいたロイのことをじーっと観察していた。
さらにその子供を俺が観察していた。
さらにその俺を妻が観察していた。
「何してるの?」
「いや、何してんのかと思って」
「?」
それから一カ月ほど経ったころ、急に変化がおとずれた。
「あれ?あのガキは?」
「ああ、あの子なら、ロイと一緒に魚釣りに行きましたよ」
「ロイと?」
ロイを連れてよく行っている釣り場に行ってみると、そこにはまたしてもロイのことをじーっと見ている奴がいた。
俺も木の影からそれを見ていたのだが。
ロイは次々に魚を釣り、というよりも、釣り竿を持っているのが面倒臭くなったロイは、いつも最後の方には手掴みで捕まえる。
良くもまあ小さい手で捕まえられるもんだと思ったことがある。
「ほら、お前もやってみろよ」
ロイが声をかける。
「・・・・・・」
「早くこっち来いよ」
そう言って、強引にロイが子供の手を掴んで川の方へと連れて行った。
すると、その子供はロイの真似をするように、手を川の中へ入れた。
いや、釣りをしろよ、とは思った。
だが、徐々にその子供の表情は変わって行った。
「あ!逃げやがった!」
「そこ・・・」
「え?あ!いたいた!」
夕方、空が赤くなってきたあたりで二人は小屋へと帰ってきた。
「見ろよ!こんなに捕まえた!」
「あら、すごいじゃない。さっそく料理するわね」
「な!オ―ガス結構器用なんだ!明日は野鳥でも捕まえに行くか!」
「・・・・・・」
コクン、とロイの提案に頷くだけ。
ん?オ―ガス?誰だ?
「ロイ」
「あ?」
「オ―ガスって?」
「こいつの名前だってさ」
なんてこった。
オ―ガスと言えば、俺の家とも名を連ねていた名門家ではないか?
確かなことは言えないが、オ―ガス家は嫁いできた嫁の金遣いが荒く、ものの見事に没落してしまったと聞く。
それで捨てられてしまったのだとしたら、なんとも不運な時に産まれてきてしまった子だ。
いや、それを言うならロイもだろう。
だが、こうして二人が出会ったのもなにかの縁だ。
「ロイのこと、よろしく頼むよ」
そう言って頭に手を置くと、オ―ガスは俺を見て頷いた。
だから、きっと大丈夫だ。
俺の代わりに、ロイを頼むよ。