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ダウト  作者: うちょん
3/5

目の前の事実と真実

死ぬ覚悟が出来ていれば、人は自由に生きられる。

           ガンジー






 「我々からの交換条件はたった三つだ」

 提示されたのは次の三つだった。

 一つ、ローラン家の隠し史実のありか。

 一つ、ローラン家の預言書のありか。

 一つ、伝道者達との関係。

 「知ってはいると思うが、ローラン家の預言は、我らが作った人工知能のトルチェよりも確かなものだ。それによって、歴史も未来さえ変えられよう。ローラン家はおよそ三百年先まで預言を見通したと聞く」

 「で、史実は知ってどうする?」

 「闇へと葬ったはずの過去は、遺しておくべきものではない」

 「都合悪いことは抹消したいってわけか」

 「伝道者は今も尚存在していると聞く。実際に見たことはないが、奴らも邪魔な存在に変わりはない」

 伝道者とは、いつの世にも時代にも姿を見せるという、歴史の裏を綴ることを目的とした者達のことだ。

 その姿は何処に行っても変わらず、歳を喰っている様子もないとか。

 そんな彼らを政府が懸念しているのは、当然といえば当然だろう。

 隠してきた闇を公にされてしまえば、それこそ大事になるのだから。

 「さあ、早く決めるんだな。そうでないと、貴様の友達の身体に穴が開いて行くぞ」

 ガチャ、と音が鳴る。

 「・・・・・・」

 「十五年前は、お前は一人だったからな。こうして話すのもそれ以来か?」

 「さあ、どうだったか」

 肩をすくめて適当に流す。




 ―十五年前

 「貴様がローラン・クロムウェル・ロイか?」

 黒スーツを着こなした数人の男たちによって囲まれた。

 「そうだとしたら、なんだ?」

 「貴様には多くの余罪がある。拘束してこいとの命令が下っている」

 「余罪?」

 それは、全く身に覚えの無い内容だった。

 窃盗、詐欺、放火、強姦、殺人、麻薬、人身売買、誘拐、監禁・・・。

 一つとして記憶にはないが、男たちはきっと言い訳も言い分も聞かないだろうとすぐに分かった。

 男たちの目的は最初から“ロイの確保”なのだから、何を言っても無駄だ。

 裁判だってあってないようなもの。

 とりあえず形だけは行うが、全く聞く耳を持たない裁判官たちだった。

 それはきっと男たちによって買われ飼われたただの抜け殻。

 そして足早に終わらせられた裁判の判決は、聞く必要も無く、有罪だった。

 死刑を言い渡され、大人しく牢屋に入った。

 さっさと殺せば良いものを、殺さないままに十五年もの間、牢屋で生活をしていた。

 一度牢屋で不思議なことが起こった。

 「何かしでかした、というわけじゃなさそうだな」

 「?誰だ?」

 「俺はギ―ル。ここの牢屋の新人番人だ」

 「俺に係わらない方が良いぞ」

 そのギ―ルという男は、とても真っ直ぐな目をしていた。

 「どうせ俺はすぐ別の城の番人になるんだ。お前ともすぐにお別れだ」

 そう言って、ギ―ルは牢屋の前に座った。

 門番とは言い難い、なんとも優しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。

 「明日は雨らしいな」

 そう呟いたギ―ルの目線の先を追うと、牢屋の上の方についている鉄格子の向こう側の空がとても澱んでいた。

 「俺、雨は嫌いじゃないんだ」

 「?どうして?」

 つい、聞いてしまった。

 するとギ―ルは、好奇心だらけの子供のような表情を浮かべていた。

 ニカッと笑っただけで、その答えを聞くことは結局出来なかったが。

 ギ―ルの言っていた通り、すぐにどこかの城の牢屋の門番として去って行った。

 それからどうなったのか、元気にやっているのかも分からないが。

 


 男は相当余裕なのか、頬杖をついて観察を始めた。

 カチコチ、と時計の音がやけに響く。

 しばらくし、男は徐々にイライラしてきたのか、貧乏ゆすりを始める。

 まだそこまで時間は経っていないのだろうが、きっと沈黙が苦手なタイプだろう。

 「早くしろ!さっさとしねぇとこいつらぶち殺すぞ!!!」

 ついに男は足でガンッ、と強く床を蹴った。

 男が合図をすると、銃を向けていた男たちが一発ずつ撃った。

 「ッ!」

 わざと外し、銃弾は二人の足に命中した。

 そこから流れる血を止血することもなく、男は再び問うた。

 「俺は気が短いんだ」

 腹から出された低い声は、男の性格をそのままあらわしているようだ。

 「人質を殺したら、価値がなくなるぞ」

 「黙れ!」

 男が喚く。

 まるで癇癪を起こし駄々をこねる子供のように暴れ出す。

 二人の姿を見るに、すでに多少の拷問を受けたようだ。

 顔だけでも多くの傷跡が残っている。

 出血はそこまででもないが、額からも血が出ている。

 だが、答えを出せない理由があった。

 「・・・・・・俺には決められない」

 「ははっ。此処に来て随分と弱気になったもんだな」

 「いや、そうじゃなくて」

 「じゃあなんだってンだ!?俺たちだって暇じゃあねえんだぞ!さっさと死ぬか売るかくらい決めろ!」

 「・・・・・・はあ。もう無理だ」

 「何が無理だってンだ!?俺をおちょくるのもいい加減にしろよ!?ロイ!」

 そんなとき、椅子に座っていたそいつが口を開く。

 「ほんじゃまあ、そろそろダウトとしようか」



 「おい、この部品ってここで良いのか?」

 「違う違う、こっちだ。あれ?なんで部品つけてないのに動いてんだ?」

 「だろ?てっきりもうついてるもんだと思ってよ」

 「おっかしーな?」

 「ちょっと俺設計図持ってくる」

 「頼む」

 一人になった男は、目の前で組み立てている身体に目を向けていた。

 細かな部品が幾つもあり、ピンセットを使ってでの作業になっている。

 部品の設置によってはゴーグルをつけて行う場合もある。

 ふと、何かが自分の足に触れて気がした。

 「ん?」

 男は辺りを見渡して見るが、何もない。

 きっと台にぶつかったか、気のせいだったのだろうと、視線をまた戻す。

 だが、またすぐに今度は背中に感じた。

 「?」

 くるっと振り返ると、男は悲鳴を上げて倒れて行った。

 ぴくぴく、と動いた身体は自然に動きだし、力付くで手足を縛りつけていたものを解く。

 倒れている男を踏みつぶそうとすると、もう一人の男が戻ってきた。

 「おーい、持って・・・!!!な、なんだお前!!」

 男はすぐに異常を察知し、サイレンを鳴らそうとボタンのところまで走って押そうと手を伸ばした。

 だが、その腕はボタンに届く前に切り落とされてしまう。

 「ぎゃあああああああ!!!!!」

 断末魔の叫びが響いてからすぐ、男たちが所持していた銃を奪うと、隣の部屋へと移動する。

 セキュリティーの高い建物のはずなのだが、勝手に動き出した身体は男の姿へと変わると、簡単に突破してしまった。

 「止まれ」

 前しか気にしていなかった身体は、背後からの男に気付かなかった。

 かちゃ、と音がしたため、男が銃を持っていることは分かった。

 「ん?お前・・・」

 まだ完成しきれていないその身体を見ても、きっと見る人によっては分かってしまうのだろう。

 振り返り際男の眉間に銃を撃ち込んだ。

 人間は治ることが出来ても、決して直ることは出来ない。

 「今行きます。茨姫」



 「ダウト、だと?」

 男が捕まっているはずの二人に目を向けると、まだ縄に縛られているのを確認する。

 「さっきから、誰に話しかけてんだ?」

 すると、椅子に捕まっていた二人に銃口を向けていた男たちが倒れていった。

 「!?」

 余裕そうにしていた男までもが、慌てて椅子から立ち上がる。

 ついには縄を解き、二人は自らを解放した。

 「お疲れさん。随分と粘ってくれたじゃねーの」

 男は縛られていた手首を摩りながら喋る。

 その男の睨みに、思わず怯んでしまうほどの迫力があった。

 「ロイさん、もう少し早くしてほしかったです」

 「悪い悪い。なんか面白くてよ」

 何が何だかわからない状態の男たち。

 椅子に座っていた男のことロイと呼ぶその男は、今まで自分達がロイと呼んでいたその男で。

 でも確かに以前も捕まえていた男はその男で・・・。

 男たちは胸元から資料の紙を取り出し、再度顔と名前を交互に見つめた。

 だが、そこに間違いはないようだ。

 「ど、どういうことだ!?」

 「どうって、こういうことだな」

 ニイっと笑う、不気味な空気。

 男たちがロイだと思っていた男は、左分けの前髪に、鋭い目つきの男だ。

 だが、その男にロイと呼ばれた男は、無造作の髪型で顎鬚、目つきは鋭いというよりは多少タレ目だろう。

 背丈は同じくらいだが、はっきり言って雰囲気はまるで違う。

 すると、ロイと呼ばれた男が口を開く。

 「一つ、ローラン家は確かに伝道者とともに歴史を記してた。だが、お前らには読めないように、特殊な文字を使って遺されたとされている。一つ、ローラン家は預言者として神と契りを交わしたと言われている。そしてその証拠に身体の一部に刻印されている。一つ、ローラン・クロムウェル・ロイはローラン家の血筋を引く最後の後継人。だからこそお前らは血眼になって十五年前俺を探していた。一つ、人工知能の敵はローラン家とされている」

 「こいつ・・・!?こいつが、ロイ?」

 十五年前捕まえた男は、確かにこの目つきの鋭い男だ。

 そしてこの男も、自分がロイだと言っていたはずだった。

 何度考えてもわからないし、理解出来ない。

 いや、きっと単に整理出来ていないだけなのだろう。

 自分達はずっと騙されていたことに。

 「お前等に教えてやろう」

 男たちから取りあげた銃を逆に男たちに向けながら、ロイは続ける。

 「今までお前等がロイだと思っていたのはこいつ、オ―ガス・ストームだ。十五年前も俺の代わりに捕まった忠実な奴だ。狂犬ではあるがな」

 「無実の罪で実刑を喰らうとは思いませんでしたけど」

 「だから悪かったって。それから、お前等が欲しがってるローラン家の史実も歴史も、物体としては残っていない。だから、渡すのは無理だ」

 「なんだと!?」

 男が少し喚いただけで、ラルトが男の頬に掠めるように銃を撃った。

 口をパクパクとさせ、男は硬直してしまった。

 すでに撃たれた足はラルトの包帯で処置されている。

 「ラルトは馬鹿そうに見えて、銃の腕前は良い。あんまり撃たせるなよ」

 「それと、俺につけたGPS、外させてもらう」

 オ―ガスは自分の首に、ノエル同様仕込まれていたソレを取り外す。

 足元に捨てると、踏みつけた。

 「そんなものつけられちゃあ、まるで飼い犬だな」

 壊されたソレを見て、ロイが笑う。

 銃を所持していた男たちがなんとか反撃しようとするも、全てラルトの射撃によって手から落とされてしまう。

 ロイたちは出口の方に向かって進みながらも、男たちに銃を向ける。

 「あと、随分気にしてるみたいだが、伝道者はどの時代にも存在し得る。その存在は消すことも捕えることも不可能だ。そんでお前らが苦労して作ってる人口知能だが、あれは意思ある凶器と成り得る。ちなみに、これは預言じゃねえぞ。予知だ」

 そう言うと、ロイは銃口を天井に向け、一発でライトを壊した。

 するとラルトとオ―ガスが残りのライトを一気に壊していく。

 瞬時に暗くなっていく中、ロイたちは素早く部屋から脱出する。

 破片が落ちてきて、男たちは暗くなっていく部屋から出ようとするが、出口が見つからない。

 「鍵かけたぜ」

 「よし、じゃあラルト、後は頼んだ」

 「待ってよ!無理無理!俺も逃げるからね!逃げるが勝ちだよ!」

 三人はその建物から逃げようとしたが、すでに他の関係者によって取り囲まれていた。

 「数やっべーよ、コレ。どうすんの、ロイ」

 「やるしかねーよ」

 「ですが、銃弾の換えはありません」

 「じゃあまあ・・・バラけるか」

 ロイの言葉に、三人は三方向へと逃げ出した。

 だが、その先にも当然男たちはいた。

 機関銃までもが出てきて、ロイたちに狙いを定めていた。

 ドドドドド・・・と乱れ打ちした機関銃は、次々に人に当たっていく。

 味方も敵も関係ないといった具合に、ただひたすらに暴れ出したソレに、ロイたちはとにかく身を隠すのだった。

 ラルトは、手元にある銃の弾さえあれば、と思いながらも、ラルトを取り囲む男たちの数は増えて行く一方。

 「しっかし、味方まで殺すなんて、何考えてんだか」

 オ―ガスもとりあえず自分を守る為の場所は確保したものの、ここから逃げるために必要な、最後の出口は目の前にあっても、そこまでの距離が長く感じる。

 普通の銃であれば、なんとか逃げ切れるかもしれないが、あれほどまでに乱射されればたまったものではない。

 三人が隠れたにも関わらず、機関銃の乱射は止まらない。

 「逃がすな!絶対に逃がすな!なんとしてでも捕まえて、舌を抜いて皮を剥いでやるんだ!!!」

 そんなことを叫んでいるものだから、ラルトは思わず顔を引き攣らせる。

 「もっと平和的な解決策を見つけようや・・・!!!」

 機関銃に気を取られていると、背後から数人の男が銃を撃ってきた。

 「!」

 それを避け、ラルトは飛びかかってきた男を気絶させると、男の銃を奪う。

 だが、これだけでは機関銃には太刀打ちできない。

 「ここで死ぬ予定なんて無いよ、俺」

 はあ、とため息を吐いていると、機関銃のみならず、小型爆弾まで投げてきた。

 「無茶苦茶じゃねーか!」

 回避するも、足を痛めているからか、上手く動かない。

 その頃、同じように銃を奪う事が出来たオ―ガスも、なんとか機関銃を操縦している男を狙い撃ち出来ないかと考えていた。

 「(少しでもアレが止まってくれれば、ここから逃げられる)」

 そして一瞬の隙をついてその男を狙って撃った。

 だが、別の男が急に目の前に現れ、出来なかった。

 さらにそれによってオ―ガスの居場所がバレテしまい、機関銃はそこを狙って撃ち始めた。

 「ったく。俺ぁこんな心算まったくなかったんだけどなぁ」

 ロイは、意外と機関銃から近い場所にいた。

 決して狙っていたわけではないが、きっと狙えば当たる距離にいる。

 だが、ロイは銃を手に持っていない。

 「まあ、オ―ガスもラルトも生命力は強いからな。死んでねぇとは思うが・・・。このままじゃあどうしようもねえな」

 ぼーっと建物から覗く空を眺めていると、ふと、何かが目に入った。

 「!」



 「死ね死ね死ねーーーー!!!」

 気が狂ったように機関銃を操作する男。

 「お前らの味方はここにはいねーんだよ!さっさと捕まるか死ぬかだ!」

 狙い撃ちされていたオ―ガスは、心を決めて男に銃を向けようとした。

 同じ頃、ラルトもオ―ガスが狙い撃ちされていることを知り、銃口を向けていた。

 男に狙いを定めて撃つ、ただそれだけの動作だったのだが、出来なくなった。

 というよりも、しなくてよくなった。

 「お・・・お前ら・・・」

 機関銃をいじっていた男の首もとに、噛みついた影があったからだ。

 「!あれは・・・ロザリオ?」

 首を噛まれた男は、叫び声をあげながら崩れ落ちて行く。

 すると、標的が今度はロザリオに変わる。

 「!あぶねぇ!」

 そう叫んだラルトだったが、ふわっと身体が宙に舞った。

 何事かと思っていると、翼を持った人間がそこにいたのだ。

 「ノエル!無事だったのか!てか下ろせよ!あいつこのままじゃ!」

 「いいんだ。これが俺達の選んだ道だ」

 「はあ!?」

 ラルトが建物の外に下ろされると、そこにはすでにロイとオ―ガスもいた。

 「あいつら助けに行こうぜ!俺達のこと助けてくれたんだ!なあ!」

 「・・・・・・」

 ラルトの言葉に、二人は口を噤む。

 そんなラルトを見て、話しだしたのはノエルだった。

 「茨姫の命に従っただけだ。あの方は、お前たちを生かすよう、神に言われたんだ。だから、何もせず、ここから早く逃げろ」

 「でもよ!」

 「茨姫は、俺達の身体にあるウイルスを使ってエラーを起こす予定だ」

 「なんだよ!それ!」

 「ラルト、ちょっと黙ってろ」

 いつもとは違うロイの声色に、ラルトはグッと言葉を飲みこむ。

 「エラーを起こすと、どうなる?」

 「・・・俺達は爆破する。それも、細菌をばらまきながらだから、あの建物内にいたら誰も助かりはしない」

 「・・・そうか」

 するとノエルは再び翼を動かし始める。

 このままきっとお別れになってしまうのだろうことくらい、全員に分かった。

 「ノエル」

 ロイは、ノエルの名だけ呼んだ。

 そして、特に何を言うわけでもなく、ただノエルの目を見ていた。

 何かを感じたのか、ノエルは少し笑い、またあの建物へと戻って行った。

 「茨姫、無事に三人を救助しました」

 「ありがとう。ごめんなさい。あなたたちまで巻き込んでしまって」

 「いいのよ。気にしないで。私達はもう死んでいるのよ?このまま実験台にされるくらいなら、ここで散るわ」

 「クロードは?」

 「彼には、別のことを頼んだの」

 四人は、身体を寄せ合っていた。

 周りには、銃を持った男たちが数十人と取り囲んでいた。

 「可愛がってやってたのに、これがお前達の答えか」

 「・・・みんな、イエス様が望んだことよ。怖がらないで」

 「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」

 トルチェの目が赤くなり、そこには何かの記号のようなものが並ぶ。

 規則的に並んだそれらは、徐々にトルチェたちの身体を蝕んで行く。

 ―ああ、イエス様。

 ―どうか私たちをお守り下さい。

 ―クロード、お願いね。

 「!!!!!!!」

 大爆発が起こった。

 それは、建物から充分に離れた場所にいたロイたちのところまで爆風が来るほどだった。

 後ろを振り向き、少しだけ険しい顔をしたロイだが、すぐに歩き始めた。

 オ―ガスもそれに続いて歩くが、ラルトだけはなかなかそこから目を背けることが出来なかった。

 「マッカーン」

 オ―ガスがラルトを呼ぶが、ロイはオ―ガスの肩に手を置き、それを制止した。

 「ラルト、いつまでも甘ったれた鼻たれ小僧でいたいってんなら、そのままでも良い。だがな、本当に強くなって何かを守りたいと思うなら、しっかりと胸に刻んで、さっさと前見て歩け。じゃねえと、置いて行くぞ」

 それでもしばらく、ラルトはそこから離れることは出来なかった。

 きっとなんとか出来たんじゃないか。

 後悔ばかりが押し寄せてきて、目に溜まったソレは視界を濁す。

 鼻を啜り、目を擦ってロイに着いて行こうと、振り返った。

 ・・・本当に置いて行かれた。



 「マッカーンは大丈夫ですかね。捕まってなきゃいいですけど」

 「ま、平気だろ」

 「それにしても、予知なんて出来たんですか?初耳です」

 「ああ?なんのことだ?」

 「さっき・・・」

 男たちに向かって言っていたことを思い出すと、ロイは「ああ」とだけ言った。

 そして呆れたような顔で、言い放つ。

 「人は神じゃねえよ。ローラン家しかりな。神の声なんて聞けやしねェよ。それに・・・」

 空に広がる青のグラデーションを眺めながら、言葉を紡ぐ。

 「聞こえたらつまんねぇっての」



 その男、ローラン家の血を引く唯一の存在。

 ローラン家の血を狙う者は後を絶たない。

 なぜなら、ローラン家は歴史の闇を綴り、神を通じて預言を聞くことが出来ると言われているから。

 それは未来を予測し得るということ。

 金儲けをしようとしている者、史実を抹消しようとしている者、興味本位だけの者。

 誰一人として、その血を受け継ぐことの恐ろしさは理解出来ていなかった。

 だから男は、自分でそれを閉じようとしている。

 かつて、ローラン家はこうも呼ばれていた。

 『絶望を孕んだ冥府の指揮者』

 それがどういった意味を持っているのか、それはその史実にも記載されていない。

 彼らの正体を知っているのは、ローラン家だけか。

 それとも、伝道者なる者達だけか。

 はたまたそれとも異なる存在だけなのか。




 ―数年後

 「おい、聞いたか?あのローラン家の生き残りが捕まったってよ!」

 「まじか!?え?だって、少し前に釈放されて、その後政府の機関をぶっ壊して逃亡したって話だろ?」

 「いやいや、俺が聞いた話じゃあ、政府の役人を皆殺しにして、その上火までつけて、それで逃げたって話だ!」

 「違うだろ!?もともと、釈放されたのだって、役人と取引したからって話じゃねーか!」

 「その生き残りって、どんな顔してんだ?」

 「それがよ、新聞には写真も何も載ってねーんだよな」

 「俺知ってるぜ!そいつが捕まったところ見たって奴が知り合いでいてよ!」

 「まじかよ!!!てか、本当にいたんだな、生き残り!もうとうの昔に滅んだと思ってたよ!あんな家!」

 「確かな、意外と背が低くて、帽子を被ってたってよ!」

 「もっと特徴的なのないのか?」

 「ええと・・・ああ!確か、金髪だったって!まだガキみてーだって言ってたよ!」

 「ガキなわけねーだろ?そいつ十五年以上も前に一回捕まってんのに。別人じゃねーの?」

 「いやいや、ローラン家は魔術妖術を使うって噂だからな。きっと年齢や見た目を自由自在に変えられるんだ!」

 「なーにを馬鹿なことを」

 「あながち嘘じゃねーかもよ?」

 「どういうこった?」

 「その男、自分の姿を動物とかにも変えられるらしい!」

 「ほんと、碌な奴じゃねーな」

 「さっさと処刑しちまえば良いのに」

 「これで難攻不落とまで言われたローラン家も、終わりってこったな」

 ギャハハハ、と卑下た笑いをしながら、男たちは酒を仰ぐ。

 その傍らで新聞を捲る一人の男。

 足を組んで眼鏡をかけているその姿は、他の酒を飲んでいる男たちとは何もかも違う。

 しばらくして新聞を折りたたみ、テーブルの上に金を一緒に置いた。

 「御馳走さん」

 「ありがとうございましたー」

 店を出た男は眼鏡を外し、片手でぐにゃっと潰した。

 男が歩いていると、数人の男に囲まれた。

 「おいおい、何か金目のもの置いて行けよ」

 「見てたぜー。結構金持ってるじゃねーか」

 「俺達が有効に使ってやるぜ?」

 「ああ。酒とか・・・女とかな!!!」

 「・・・・・・」

 「ああ!?なんとか言えよ!?」

 一人の男が、殴りかかってきた。

 ふう、とため息を吐いて拳に力を入れたところで、殴りかかってきた男は倒れてしまった。

 「おい・・・!誰だ、てめぇ!」

 「怒らせると怖いんだぜ?その人」

 「ああ!?」

 「まるで般若。いや、もっとだな」

 倒れた男の背に、男が乗っかっていた。

 男の右目下には、なにやら模様がついている。

 そして、その男に目を奪われていると、他の男たちも次々に倒れて行ってしまった。

 「・・・正確かつ速いに越したこたぁねえな」

 「ったくよ!あんときは本当に置いて行かれて吃驚だ!冗談だと思ったからよ!なんだかんだ言って待っててくれてると思ったよ!」

 「だから俺は言っただろ」

 「確かに、そうだけど・・・!嘘は吐かれてねぇんだけどよ!!!」

 「それより、お久しぶりです。しばらく身を顰めると言われていたので、どうしてるかと思っていました」

 「ああ。俺は捕まったみたいだしな」

 顔を上げれば、青い空。

 自由に動く雲さえ、きっと自分は風に揺られているから自由ではないと言うのだろう。

 鳥も蝶も花も全て、自由ではない。

 決めつけているのは、他の存在。

 だからこそ、自由というのは尊い。


 「ほんじゃま、行くか」




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