一片の物語
蒼く晴れ渡った空は、果てしなく広大でいて。その中を白い雲が気持ちよさそうに泳いでいる。
爽やか、という言葉がぴったり当て嵌るだろう。しかし、時折吹く冷たい風は、皮膚に突き刺すような痛みを残していく。
―――もう冬だな。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、響谷真は思う。
今の時刻は9時21分。授業中ではあるが、授業を集中して受けている者などごく少数で、大抵は彼と同じようにぼぅっとしていた。あるいは、おしゃべりに勤しんでいるようだ。
先生は先生で、そんな生徒の事などお構い無しに、ずらずらと黒板に文字を書いては、呪文としか思えない解説を口にしている。
「つまんねー」
誰にも聞こえない程度に呟くと、彼は教室内のクラスメイトの観察を始めた。
ふらふらと視線を漂わせている内に、ふと隣の少女に目を止めた。彼女はまるで敵を見るかのように黒板を睨みつけて、解説を聞いては納得したように頷いて、それらをノートに書き込んでいる。
―――真面目だな…。つーかこの呪文のような解説で理解出来んのがすげぇ。
彼は素直に感心して、しばらく隣の少女を見つめていた。少女は相変わらず黒板とノートを代わりばんこに睨んでいたが、突然、持っているシャーペンを焦ってカチカチ鳴らし始めた。その顔は少し蒼ざめている。
―――どうしたんだろ。いきなり焦り始めて…?
彼が不思議に思っていると、
「ねェ、響谷くん」
透んだ、心地よいソプラノの声が聞こえた。
あまりにもいきなりだったので、ばっちり目が合ってしまう。真っ直ぐとこちらを見る茶色の瞳が、吸い込まれそうなほど綺麗で、思わず赤面してしまった。
「な、んだよ」
「シャーペンの芯。無くなっちゃったんだけど…持ってない?」
―――何だ。それだけか。
妙に期待してしまっていたので、その分落胆が激しい。というより落ち着いて考えてみれば、何を期待していたんだ、と自分で自分が情け無くなってくる。
「芯は持ってねぇけど…もう一本シャーペン持ってるぜ。それ貸すよ」
一生懸命動機を抑え、平静を装って答える。が、やはり恥ずかしくて、突っかかったような物言いになってしまった。
少女は少し驚いたみたいで、目をぱちくりさせていたが、やがて
「ありがとう」
満面の笑みで言った。
それからしばらくの間、彼が顔を真っ赤にして俯いていた事は言うまでも無い。
こんな拙い文章を読んでいただき、ありがとうございます。
高校へ入学して最初に書いたお話です。少しでも楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。