セントポーリア
29章 「セントポーリア」
『レディセントポーリア、一曲お相手願えませんか?』
『ごめんなさい。足をくじいておりましてまだ、回復していないもので。』
何度この嘘を吐いただろう。
お決まりの定型文の例みたいに淀みもなく、どの国の言葉で話したかわからなくなるぐらいまでは。
ただ、アルメリアの言葉はまだ、一回たりと話してはいない。
ここは外国の人ばかりなのかしら?
道理でセントポーリアの花を衣装に使っていても
だってアルメリアの民草なら姫様の意匠をなんてこと、って叫びそうだわ。
『レディセントポーリア、あちらで話でもいかがでしょうか?』
また、声をかけられた。
その仮面の男を見て息を飲んだ。
ヒース様?
その男はつい最近までセイレーンが勤めていたレイチェル家の次期侯爵、ヒース=レイチェルに違いなかった。
ヒースがなぜここにいるのだろうか?
そもそもあたしは奥様付きであって、あまり、会うことのない人だったはず。
『驚かせてすまない。
僕はヒース。君は?』
『あたし?そうねぇ。
ティアナとでも。』
ティアナはアルメリア語で絶望や深い悲しみを表す言葉。
悲しみに暮れていらっしゃるのですね。
姫君。
ええ、そうね。
あの人があたしのことわかっていないから。
『初めてお話したが、一途な方だ。
父上が臥竜の最後の入団者がいるというのでよく話を聞くとセイン王子の忘れ形見だとか。』
『私は兄の代わりに臥竜のメンバーに加わって身分が欲しかった。
レイチェル家の使用人の身分は彼に取り上げられてしまったわ。』
だから、逃げ場もなくなってしまったから他国に行こうと思うのよ。
だって、この辺りの国の言葉は全て完璧よ。
お兄様に感謝しなきゃ。
国の外に出たらティアナと名乗ってやるわ。
どうせ、名前の意味なんてわからないでしょ?
明るく笑って言う姫君。
僕も一緒に逃げましょうか?
冗談半分で言う。
あいつが近くにいるのはわかっているから。
まったく、手のかかる幼馴染みだこと。
『セイレーン。どうして他国なんかに…。』
『あら、あたしセイレーンではなくティアナと申しますの。
レイチェル家のれっきとした令嬢だわ。』
ねぇ、お兄様。
隣にいる男に声をかける。
レイチェル家の長子か。
ヒース、どうしてお前がセイレーンと逃げる話になっている。
怒りながら言ってるローランドは嫉妬心むき出しだし、レディセントポーリア、ティアナは激怒しているやつを恐れてるみたいだし。
なんとかくっつかないものかなぁ――――。




