仕事
26章 「仕事」
『お嬢様、綴りを間違えておいでですよ。』
主要の国とこの国の2ヶ国語、読み書き発音まで完璧である我が家の新しい使用人。
見目も悪くなく、むしろ、整った顔立ちと小柄な体躯。
女受けしそうなタイプだ。
今も、娘に隣国の言葉を教えつつ、仕事に励んでいる。
この少年を拾ったのはいつも行くパン屋でのことだった。
セインと呼ばれていたその少年は、白銀の髪を短くし、人懐っこい笑顔で生国の言葉で語りかけてきた。
きれいな発音だった。
気がつけばその少年に色々と聞いていた。
両親を亡くして兄に育てられ、最近、兄も亡くして王都で働きに出たと。
言葉や知識は博識だった兄が働きながら教えてくれたと。
かわいそうな身の上でしかも、これだけの語学力と政治に関する興味も深い。
どこか良家の子息が何かだろうかと疑うぐらいには。
市井で暮らしていたので町のおばさんがたの話が耳に入ったまでのことです。
はにかみながら謙遜がちに言う彼に心が揺さぶられた。
その日のうちに少年を雇っていた。
『どこの馬の骨ともわからないやつ。』
夫が言い放った言葉に対し、スマートに懐から身分証を取り出し、僕はこういう者です。
私の生国の言葉で話した。
夫は私の生国の言葉は理解できない。
虚を突かれた表情をしている。
クスッと笑って奥様のお国の言葉ですよ。
奥様がこの国に来る前にいらっしゃった生国ですよ。
兄に教わりました。
兄はアルメリア王国王族騎士団臥竜の兵でした。
最も、任期はまだ、浅かったですが。
王が、僕以外の兄の家族が亡くなった知らせを聞き、未来あるアルメリアの国民を守れと命令したようです。
王宮が陥落する前に兄は僕を連れて逃げてくれました。
後は、小さないなかの村で若い父親と息子として暮らしていました。
初めて兄のいた臥竜の名前を出した。
兄は臥竜の団長だったが、それを言ってしまっては王女、セイレーンであることがばれてしまう。
臥竜は元々、貴族の子弟が集まった騎士団だ。
臥竜のメンバーであったことはセイレーン自身も有力貴族の子息ってことになるけど、致し方ない。
『今では臥竜は廃れてしまった。』
無理もないですね。
でも、僕、臥竜に入って兄さんと働きたかったなぁ。
一度でいいから兄さんに勝ちたかったです。
負けた記憶しかないですよ。
悲しそうに遠い目をして。
なんてかわいそうな身の上なのかしら。
仕事もひたむきに頑張る少年に心打たれる夫人。
この幸せが続くと思っていたんだ。
この時は――――。




