脱走
25章「脱走」
『アルメリア王国第一王女、セイレーン=アルメリア王女は熱病により、亡くなられた。』
事実のみを知らせる城の掲示板。
幼いあの日と同じ虚無の世界が眼前に広がった。
何を食べていても砂にしか思えない。
まるで大切なものを亡くしたみたいだ。
『奥様ぁ待ってくださいませ。』
手に大量の荷物を持ち、奥方を追いかける小姓。
うん?セイレーンじゃないかぁっ。
どうして貴婦人なんかの小姓をやっているんだ。
はじめは王都にあるパン屋でセインとして雇ってもらっていたのだけれど、所作がきれいと奥様に雇ってもらえた。
だけど、セインは男だ。
王女であったことを隠そうとセインと名乗り、働いていたのだが、どうしてこうも運がない。
また、王宮に来ることになるなんて!
まあ、でも、お兄様がお前なら使用人のなかの使用人、ハウススチュアートになれるかも、と色々所作を仕込んでくれたお陰で助かっている。
『セイン、お前は働きに出て日が浅いというのに働き者ね。』
『ええ、国許で亡くなった育ての親の兄と一人でも立派に生きると約束しました。』
セインが一人で生きられるまでは死ねないが兄の口癖でした。
兄は仕事を僕のために辞めて、慣れない仕事と育児をしてくれました。
いつか、お前が働きに出るときに身に付けておけと所作や立ち居振舞いを教えてくれたのも兄です。
親孝行できればよかった。
やっと、働きに出て稼げるようになったのに。
悲しそうに儚げに笑ってみれば、貴婦人が慈愛に満ちた表情をしている。
『奥様、僕のために悲しんでくれるのですね。
だけど、僕は兄が遺してくれた愛情が沢山あるから大丈夫です。』
たとえ、お兄様と親子として過ごした日々は偽りの物であったとしても、お兄様のくれた愛だけは本物だ。
断言できる程に信じられる大切な家族。
もう、失ってしまったけれど。
5つのころから兄に育てられたと言う少年。
兄は賢く王都の学舎で学びながら新兵として騎士団に所属していたらしい。
どこの団かは知らないらしいがよく切れる太刀筋だと褒められたこともあるらしい。
少年は兄のことをとても尊敬しているらしいが、如何せん孤児になったために兄のあとを追って騎士団に入ることもできぬあわれな子よ。
こうして、セイレーンは王宮を脱走し、新しい職を得た。
自分を偽り、新たに生きる道がこの仕事だったわけで。
お兄様、あたしの運勢、どうなってるんですか?
兄を恨めしく思う心もあるわけで――――。




