遺産
14章 「遺産」
『お兄様はあたしにたくさんの愛を残してくださった。
あたしにとって短剣がお兄様を偲ぶ物であってはならない。』
兄の短剣は兄が父に誓いを立てた印だ。
これがセイレーンのもとにあれば兄は未練を残してしまうだろう。
お願い。お願いだから、兄をもう、眠らせてあげて。
『お兄様はどんな誓いを立てたんだい?』
気になった。
兄がずっと妹を守るほどの誓い。
知りたい。
『ごめんなさい。それだけはダメ。
お兄様はあたしにたくさんの愛を残してくださった。
だけど、確実に言えるのはあたしのために未来を犠牲にしたってこと。』
お兄様と父様が立てた誓いを知るものはあの場所にいた3人だけ。
お兄様は誓いのために幸せを捨ててあたしを育てた。
国を守り果てた父母がしていたであろうこと全てを引き受け、背負って。
あまり広くないが、あたしもまた父親の背中を見て育った。
『そう。』
そういって俺は押し黙った。
セイレーンにも聞いてほしくないことのひとつやふたつぐらいあるだろう。
『その代わり、あたしがお兄様に立てた誓いを教えてあげる。』
目の前にいるいたいけなこの少女は兄や家族の無念を晴らすと誓った。
兄の名を騙り、兄に成り代わりアルメリアの王家の血を引く最後の者として。
『それは…。なんとも勇ましいな。
アルメリアの姫君は。』
違うわね。これでも幼い頃は身体が弱くてあまり、外には出られなかったわよ。
お兄様と暮らし始めた頃も何度も熱を出した。
だけど、田舎では医者がいないから熱出してる暇なんてなかったから。
確かに、今のセイレーンはあの儚げだった王妃によく似て、儚げだ。
『あたし、本当の犯人が知れてよかったと思っているの。
危うく、ネッケルの罠にかかるところだった。』
ネッケルが張った罠にかかっていたら、父母や兄が草葉の陰から嘆きをこぼすだろう。
父母や兄が守ってくれて、幸せを望んでくれた命を大切にしなければ。
『もう、アドリアンのことは恨んでいないかい?』
セイレーンは肩をすくめて笑い、あたしが恨んでるのはネッケルだと言う。
そして、お兄様が命を賭して残してくれたのは愛とあたしの命。
お兄様の遺産はこのあたし自身だから。
短剣のアルメリアの紋章をなぞる。
寂しそうに笑って――――。




