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エスケープ  作者: 明日奈 美奈
本編
1/33

宵闇

1章 「宵闇」

『兄さん…。兄さん、どうして。』

少女は宵の森を走る。

服は所々破れ、靴は泥が固まったまま。

この地方の特有の民草の服装。

だが、輝きを放つ白銀の髪と蒼の瞳が民草と違う異質さを放っている。

少女は今から数刻前、夕闇迫る村を出た。

それまでは記憶を失い、ただの村娘として若い父親に養われていた。


村をアドリアン皇国軍が取り囲んだのは突然だった。

父は血相かいて少女、セイレーンを家に閉じ込め隠し扉から袋をひとつ持たせ、追い出した。


『セイレーン、生きてくれ。生きて…、幸せに。』

剣を手にした父は言った。

父の背中を見て、あたしはすべてを思い出した。

あれは、父ではない。

ふくろに入ったここらの農民の少年用の麻の服と短剣。父、セインの名の入った15の少年の身分証とセイレーンの同じく15の身分証。

父はすべてを悟っていた。

そして、すべてを覚悟してセイレーンを育ててくれた。

若かったから、どれだけ苦労したろう。

その上、娘だなんて嘘までついて守ってくれた。


『お兄様、あたし、決めました。』

覚悟と共に髪を短く切り揃え、服を着替える。

お兄様、待っていてください。

あたしも敵を打ったらその暁にそちらへ向かいますから。

そうしたら、また家族一緒です。


水溜まりに浮かぶのはまだ、あどけない幼さを残しつつ、凛々しく線の細い若い頃、そう、あたしを育て始めた頃のお兄様。

ずっと、苦しかったでしょうね。

貧しくてお腹が空いてもあたしにだけ食べさせてくれた。

年をごまかして、そこまでして。


かさっ。

あまりに食べてなくて動けなくなったあたし。

ああ、野犬の類いでもこの辺りにいたのかしら?

もうじき宵も明けるわ。

そうしたら、あたしはなにか食べるもの探さなくちゃ。

この森を抜けないと隣の大きい村には行けないし。

王都まであと、どれぐらいかしら?

早く、早くしなきゃ。

お兄様が一人で逝ってしまわぬうちに。


『ううっ…。』

情けない。早く先に進まなくてはならないのに。

あたし…。いや、僕は復讐の使徒。

名も無き故国の民草。

それが今の僕だ。


『僕は誓う。

故国、アルメリアの民草として立派に散ることを。

今は無き父と母、兄に立派な戦いぶりを見せる。』

この誓いは僕の命を持ってして有効となる。

古いアルメリアの騎士の誓い。

幼い頃兄に教えてもらった懐かしき言葉。

兄も誰かに騎士の誓いをしたのだろうか。

だから、あたしを守ってくれたの?

教えて。お兄様――――。




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