駄犬と調教師
「それより、スリッパ貸してもらえませんか?足が冷たくて。」
集まる教師たちの視線を少しでもやり過ごしたくて俺は好きでもない体育教師に話題をふった。
体育教師は俺たちの足下を見て大袈裟に頭を掻いた。
「裸足とは気付かんかった。悪い、悪い。中は極楽だぞ。」
中に入ると確かに室内はホンワリと丁度良いくらいに温まっている。
しかし、室内の快適さとは対照的に教師陣の俺への反応はかんばしくなかった。
もう17時を回っている。なんとなく教師たちも俺たちが何を言いに来たのか分かっているらしかった。
やれ鉛筆は転がさなかったか。やれ解答欄がズレていたんじゃないか。などと俺をバカにするばかりで自分たちが間違っていたことなんて認めようともしなかった。
担任の諸角も眉を寄せながら何度も首を捻っている。
これまでの俺の成績を考慮して言っているんじゃない。この学校の宣伝文句を守るために言っているのだ。
この学校は有名校への進学力ではなく、進路を見極める力に定評があった。
だから今回のようなケースは、学校側にとっては大事な看板を傷つけれ『迷惑千万』という思いの方が大きいのだ。
ちなみに今回の落第者は俺たちを合わせて5人だったらしい。確かにこのご時世に大したもんだと言ってやりたい。
これが大人なんだぜ。智代、知ってたか?
「まぁ、落ち込んでいても仕方がない。」から始まる頼んでもない人生相談が始まろうとしていた。進路指導失敗のフォローという訳か。本当に厭らしい連中だ。
もう一年受験するのならどこどこの大学が狙えるんじゃないかとか、就職するのなら推薦を書いてやろうとか――――。大きなお世話だ。
ふと気づけば、ヒロシゲの姿が消えていた。こんな時のための緩衝材のつもりだったのに。とんだ役立たずじゃないか。
職員室内を見渡してみるとヒロシゲは部屋の隅にいた。この鬱陶しさと正反対の待遇を受けている。この部屋で一番大きなソファに座り、生徒に一番人気の美人教師と最新のストーブに囲まれながら楽しく雑談をしていやがる。
教師たちにとってヒロシゲは『例外』らしかった。まあ、確かに受験前から「無謀だ」と止められていたにもかかわらず、「イイ経験になる」などと軽い気持ちで受験していたくらいだから、教師らにとっては一つの成功例と言えなくもない。
煙たい大人たちに構われずに、したいことができる。なんて、なんて都合の良い奴なんだ。
反対に、僕はその手の運が全くない。いつも誰かに首輪をされている。僕にそれを打開する行動力もない。だから滑り止め程度の受験にさえ落ちてしまうのだ。
「なんだ、宮本は私立落ちたのか。」
そんな益体もないことを考えていると仏頂面の教師陣の向こう側から、キラリと光る頭が一つ分けて入ってきた。