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駄犬

「お帰り。お昼ご飯作ってるけど、食べる?」

家に帰るとスーツ姿のままの母が気だるそうに食卓に突っ伏していた。その食卓には二人分の冷えた野菜炒めと目玉焼きがお皿に盛って置いてある。

「いや、今から学校行ってくるし、いいや。」

「今から?あら、そう。」

「うん。帰ってから食べるよ。それより、今帰ってきたわけ?」

「少し前にね。」

母はいわゆるオフィスレディをしているわけなのだが、母子家庭という環境と、人一倍勤勉な人柄を認められ、一般的なOLよりも少し多めの給料をもらっている。その代わり、回される仕事の量や質も一般的なOLとレベルが違うらしい。だからサービス残業も休日出勤も当然のように課せられているのだとか。それは結局のところ、母が会社にいいように使われているというだけの話なのだ。

今日だって、本当は休みのはすだった。母は真面目だから愚痴の一つも溢しやしないが、かなり参っているのが目に見えて分かる。

そういう母の詳しい状況を、たまに遊びに来る母の同僚からコッソリ聞かされていた。


さすがに具体的な金額までは聞いていないが、母の収入だけでも今までの生活に不自由を感じたことはない。それだけで充分凄いことなのだということくらい分かっていた。

だからなのか、友だちから家庭への不満を聞く度に、早く自活しなきゃいけないという思いに駆られたりもする。

「そういやさっき智代ちゃんが来たわよ。用は聞いてないけど。」

「大丈夫。そこで鉢あったから。」

「そう。」

高校2年生になり進路相談の時期に入ると、母から会社のツテを使って仕事を紹介しようかと言ってくれたこともある。でも俺は丁重にその話を断った。

良い条件だった。だが俺はただ早く稼げるようになりたいんじゃあない。そんなことで、小さい頃からこの胸に巣食う不安は拭えないと分かっていた。俺は早く『大人』になりたいのだ。


「お疲れ。」

牛乳をグラスに注ぎ、突っ伏している母の側に置いた。礼を一つ言い、母はそれを一気に流し込む。飲み終えると母は溜め息を一つついた。ジッと見詰める俺の視線に気付いたのだ。

「それで、どうだったの?」

「ダメだった。」

母さんは一言だけ「残念だったね。」と慰めると、また机に突っ伏して眠り始めた。

「2、3時間で帰るから。」

顔も上げずに手をヒラヒラと振る姿を見送ると、俺はまた一際濃い影を背負って、玄関に立った。


少し間を置いて、くだんのビデオの入った灰色のビニール袋がリビングに置きっぱなしになっていることに気付いた。

今さら戻って隠すのも不審に思われるだろうし、そもそも母さんは今、会社から帰ったばかりで疲れているはずだし、2時間以内に戻れば問題ないはずだ。

落ち着いて考え、まずまず安全であると分かると反対に、楽観的な気分になってきた。

帰ってくるまでに母さんに見つからなければ俺の勝ち。それはもはやゲーム感覚なのだった。

見つかる時は、何をしたって見つかるんだ。それに、それくらいの刺激がないと今さら学校に行くなんて面倒くさくてできやしない。学校までたどり着かずに、適当に本屋でも立ち寄って帰ってくるのがオチなのだ。


それでも気乗りしない気分がキレイに解消されるわけでもなく、ダラダラと歩きながら教師たちへの言い訳や旅行中での智代への対応の仕方を考えた。

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