ハネムーン
「いや、急ぎじゃなかったんだけどね。なんとなく保留にしておくのもむず痒くて。」
智代は卒業旅行の話を持ち出してきた。高校を卒業したら記念に二人で旅行に行こうという約束をしていたのだ。なんと高校の入学時に。
俺と智代は付き合いが長い。学校でも、地域行事でも、プライベートでも。すると当然、周囲のたくさんの人は俺たちの関係を勘違いしてしまう。だけど、俺も智代も子どもの頃から続くそんな事態にスッカリ慣れてしまった。
だから思春期に入っても、それでギクシャクするとか、疎遠になるとかいうことにはならなかった。当たり障りなくあしらって、ここまできた。
「寒いし、やっぱ温泉じゃない?」
「草津?下呂?由布院?」
「ゲロって温泉地?」
「岐阜県下呂市。有馬、草津、下呂は日本の三名泉です。」
「へぇ。じゃあ、そこにしようか。」
「なんか適当。」
「それくらいが良いんだって。変に調べて行くより、行った時の新鮮味が違うんだって。」
「その持論、崩さないよね。」
国内に限って、2人だけでの旅行、外泊が双方の両親から許されていた。金髪碧眼で色白の智代に向かって『国内』というのも面白い話だが。
だからといって、俺と智代がそういう間柄でないというのは両親たちもよく知っている。
そもそも、二人旅行の話は両親たちから言い始めたことなのだ。『可愛い子には何とやら』ということらしい。
今では習慣みたいなものになっている。そう、ただの習慣なのだ。だから俺たちは本当にそれに対して他意なんて持っていない。
智代は俺と違って生粋の冒険野郎なので、海外への関心も強かった。冗談で約束を反古にしようなんて話もしたけれど、実行には移さなかった。俺も智代も、両親を心から大事に想っているからなのだと俺は解釈している。
別に、俺は智代と二人っきりで旅行するのが嫌というわけではない。いつも一緒にいるのだから、旅行もそうでない時も大した違いはない。だったらこの魔女に対する嫌煙の姿勢は何なのかというと、それは大学受験に繋がる。
わざわざ別の大学を受験した理由はある。でもそれは智代がキライという単純なものじゃない。苦手というのも少し違う。ただ、気に入らないのだ。
智代は俺と違って、何においても優秀な女だった。誰も彼もが智代を重宝した。別の生き方なんていくらでもできる女だった。それなのに、わざとらしく俺の隣に並ぼうとするやり方が、俺は気に入らなかったのだ。
小学生の頃、勘違いをした俺は女友だちに頼んで智代の好きな相手を探ってみた。するとどうだ。俺のことなんか、『ただの幼馴染み』なのだと言う。好きな相手はキチンと別にいたのだ。そして言葉通り――俺の企みに気付いてわざと挑発したのか――、翌月にはその相手と付き合い始めていた。キスもすませていた。
だったら何なんだ。理由が分からないのに続くアイツの執拗なアプローチは。それは俺を仕方ないくらいに腹立たしくさせるのだ。
「逆にアンタがアプローチしないからじゃない?」
頼み事をした女友だちに言われた。
もっともだし、それができない理由があった訳でもなかった。仲が悪い訳でもなし。ケンカしてる訳でもなし。時間も機会もあった。仕掛けようと思えばいくらでも仕掛けられた。
それなのに、できるはずのなのに、一度もできなかった。
「じゃあ、卒業式の次の日、8時出発ね。あ、あと、ちゃんと学校行けよ。」