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2匹の仔

空を見上げているような気分になった。

掲示板けいじばんせられた数字の羅列られつ最早もはや、俺には何の意味もない。まばらに浮かぶ、晴れの日の雲のようなものだった。

いいや、それで収まるのならまだましだっただろう。見れば見るほどに真っ白な掲示板と暗号のようなそれらが俺にだけ理解できる吹き出しに見えてきてしまったのだ。

喋っているのはこの場にいる俺以外の連中。奴らの掲示板を前にして演じる喜怒哀楽がまるで『お前は貴重な生活費をウッカリ便器に落としてしまうような大間抜おおまぬけ』と俺の愚かさを歯にきぬせずからかっているようなのだ。

「クソッタレ。」

次から次へと掲示板の前にやってくるハエのような連中の中で俺は一人、誰にも聞かれないように何度もつぶいていた。


俺は智代に内緒で私立の大学を受けていた。

そこは全国模試の判定も、学校担任も、まず確実に合格すると太鼓判たいこばんを押した大学だった。日頃から、そこそこに成績の良かった俺自身、合格しないなんて考えもしなかった。

だから余計に今回の結果は落胆らくたんというよりも腹立たしさが形となって俺の口をつくのだ。自分に対してではない。『関係者』に対して、だ。


他人のせいにするのは小さい頃からのくせなのだけれど結果的にそれで気分が晴れたことは一度もない。だから、無意味に悪態あくたいをつく俺に向かって言う、智代の説教も定型化していた。

「世間的には二十歳になったらもう大人なんだから。早く大人になりなよ。」

高校生にもなっても男の幼馴染おさななじみにベットリ。『お前こそ大人になれよ。』と俺は心の中で呟く。


群がる羽音はおと耳障みみざわりで、俺は掲示板の前から早々に離れることにした。

早めに一人で来たのは正解だった。本当は落ちるかもしれない友人を気遣きづかっての行動だったのだが…、複雑な心境だ。フード付きの服を着てくればよかった。

せめて受験生でない風をよそおうと髪をボサボサに乱し、大音量でヘッドホンをかぶり、ことさらに大袈裟おおげさながに股で電車に乗り込んだ。

電車の中では掲示板の前にいたのと同じようなハエがブンブンとさわいでいた。とはいっても、俺はそのハエにすら勝てなかったカス。チリ。小さな羽に飛ばされるように俺は車両の隅の優先席に腰を下ろした。

隅にまで逃げてきたというのに、それでも他人の視線が気になって意味もなくケータイの画面にずっと視線を落としていた。

「クソッタレ。」

合格者発表は郵送でも、ネットでも見ることができたのだが、わざわざ学校にまで足を運んだのは、合格の実感が欲しかったのと、浮かれ気分のまま平日の町中を闊歩かっぽしたかったからなのだ。


「私立に行こうとするなんて親不孝者以外の何者でもないわよ。」

ケータイの画面に反射する、浮かない自分の顔を見ていると、智代のそんな声が聞こえてくるような気がしてきた。

智代と大学まで同じところに通うつもりはなかった。本当にそのためだけの私立受験だったのだ。

他人に話せば10人中10人が、くだらない痴話ちわゲンカだと言うだろう。自覚がないわけでもなかった。

けれども、少なくとも受験をするまでの俺にとっては、智代と離れて生活するということがまるで夢のような時間に思えてならなかったのだ。

できることならもっと確実な東京の大学を受験したかったが、未成年の壁を越えていない俺には母子家庭の現実を振り切るだけの力はなかった。


そもそも、智代は出来が良過ぎるのだ。基本的に優等生気質なのだ。なのに智代はそれを隠そうとするきらいがあった。そうして無理に俺の隣に並ぼうとするのだ。

子どもながらにプライドを持っていた俺は、それを無視しようとする智代が我慢ができなかった。だから高校生の頃はケンカも絶えなかった。

だますような手でも使わなきゃ智代からは離れられない。そういう意味で私立受験は俺の必殺のパンチでもあったのだ。

結果は無様な空振り。これから数日間はノーガードでカウンターの嵐に堪えなきゃならない。悪夢だ。


憂鬱ゆううつな気持ちで車窓の外をボンヤリと眺めていると、いつの間にか本来降りるべき駅を通り過ぎていた。

そのまま帰るか、折り返すか――――。

俺は迷わなかった。

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