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エンジン音はこう響く

作者: wazawaza828onew

 時は2030年。一人の男が赤子を抱いていた。父親はかつて自分教えられたように、笑顔で指差し「ほらブーブー来たよ、速いね~」と息子に教えた。確かに 速い。しかし、それはブーブーというにはあまりにも静かすぎた。音も立てずに過ぎ去るそれを赤子は『ブーブー』と一致させることは不可能だった。

 「ほら、また来たよ!ブーブー!ほら!!」父親は楽しそうに言った。昔、自分も母に抱かれ、車が通りすぎる度に「ブーブー」と喜々と叫び興奮していた記憶を思い出していたのかもしれない。しかし、当の息子はしかめっ面で、小さくなっていく車を眺めていた。

 父は悩んだ。普段仕事で忙しく、子育てに参加できないのだ。久しぶりに息子と一緒にいるというのに、まるで空回りしているかのように手応えがないのだ。上手くできているだろうか、赤子の考えていることはわからん。そもそも、自分のことを父親と認識しているのかさえ不安だった。

 子どもは父の悩みと全く違う次元で悩んでいた。赤子は、父が「ブーブー」と呼んでいるものが「車」だと知っていた。しかし、音もなく過ぎ去ったそれを「ブーブー」と呼ぶことに抵抗があったのだ。勿論、まだ「車」という高度な発音はできない。今「ブーブー」と言えば、父親は間違いなく喜ぶだろう。しかし、自分を曲げてまで「ブーブー」と呼ぶ、果たしてそんな妥協をしていいのだろうか?

 プライドと無力感との狭間で葛藤し、いつの間にか涙が頬を伝った。そして赤子はそれを抑えることができず、泣き叫んでしまった。涙がとめどなく溢れる。父親は困惑した。なぜ息子が泣くかわからなかったから。

 哀れな父親は肩を落とし、ため息を吐いた。重たい湿った空気が息子の顔に当たった。息子は父のために「ブーブー」と言えば良かった、と後悔をした。



 15年が経った。この頃には、公共施設にタイムマシンが設置され、市の許可さえ下りれば誰でも使えた。しかし、実用化から日はまだ浅く、多くの制約を満たさなければ使用が出来なかった。歴史の改変はもちろん禁止され、学術的な調査に限り使用可能。1日1時間まで、過ぎれば強制帰還。その他およそ20項目を満たせば、市は許可を出してくれる。

 少年は夏休みの宿題のため、タイムマシンの使用申請をした。2000年の町並みと現在の街の比較。少年自身、興味があったテーマではないのだが、父が昔は良かったと耳にタコができるほど繰り返すこと、タイムマシンを使ってみたかったことの2点で街の比較という課題に決めたのだった。

 利用予約が多かったタイムマシンも、なんとか夏休み中に使えることになり、少年は市役所へと走った。受付を済ませ、しばらく座って待つ。時間を超えるってどんな感覚だろう、落ち着かずにそわそわとしてしまう。

 「どうぞ、こちらへ」、受付の女性が案内をしてくれタイムマシンの前に立つ。円柱型の巨大な機械。時間設定は全て職員がやっているらしく、この中に入って待つだけらしい。足を踏み入れると、中はまるでエレベーターのように殺風景だった。前上方には、2000年8月19日と表示されている。45年前のその日は、少年が設定した日付だ。

 「それでは、タイムリープを始めます」、聞こえたと同時にガタンと音がして、身体が宙に浮かんだ。真っ白な光に包まれ、目をギュッと閉じた。

 体感時間だと5秒くらいで、体の感覚が元に戻る。地に足が着き、目を開けることも普段通りできた。あたりを見回すと写真で見たことがある風景が広がっていた。自分が住んでいた街の昔の景色。面影が残っているが全く知らない場所。

 少年は自分の家がある方角へ向かうことにした。街も人も、なんだか芋臭い気がした。

 少年は立ち止まった。一人の女が赤子を抱いていた。少年は物陰に隠れ、女性をジッと見つめた。祖母に似ている、と感じた。赤ん坊を見ると、これもまた父の顔とそっくりだった。

 女性が道路を指差して赤子に笑いかけた。

「ほら見て、ブーブーよ、ブーブー」

 走り去る赤い車は確かにエンジン音をブーブーとやかましくかき鳴らしていた。

「ほら、もう一台!ブーブー」

「ブーブー!!ブーブー!!」

少年はたまらず叫びだした。あの時父が言ってた車、ブーブーはこれだったんだ!本当にブーブーって走ってる。少年の興奮は冷めなかった。ブーブー!ブーブー!

 赤ん坊が「ブーブー」と手足をバタバタさせ嬉しそうに叫んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] わざわざ利用客の多いタイムマシンを使用せずとも音声映像で町並みや車のエンジン音は確認出来たと思うのですが、それが出来なかった(あるいはしなかった)必然の理由が書かれておらず腑に落ちませんでし…
感想一覧
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