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telepath(仮)  作者: 神崎さくら
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1話~レイシア・スピカ・クラウザー~

   プロローグ


 人気(ひとけ)のない校舎の別棟。他とは明らかに違うつくりをした不思議な扉の前。そこに、一人の少女が立っていた。

(なんだろう、この扉……)

 本物かどうか疑わしかったが、試しに近づいてみると絵ではないことが分かる。部屋の中からは、物音ひとつ聞こえない。

 少女が、本来の目的も忘れて扉に見入っていると

「やあ。どうしたの、こんなところで?」

 後ろから声がした。

 声に驚いて振り向くと、担任のロザリオ先生が廊下の向こうから歩いてくる。

担任の顔を見て、やっと「本来の目的」を思い出した。

慌てた少女の傍まで来たロザリオは、何も言わずに壁をすっと指差す。そして、突拍子もないことを口にした。

「ねえ。もしかしなくても、ここに〈扉〉見えてる?」

(「見えてる」ってどういうこと……?)

 担任の言葉に疑問を抱きながらも、少女は首を縦に振った。途端、ロザリオは嬉しそうに顔を綻ばせる。

「やっぱり! ……じゃあ、入ろうか」

(いや、「入る」ってこの状況で言われても……!)

ロザリオは、驚きの瞳で自分を見つめる小さな生徒の背中を押し、自分の横に来させた。取っ手に手を掛けながら、少女を落ち着かせるよう、優しくささやく。

「ようこそ。《ラーザ》へ……」




   レイの秘密


応接室のソファに、腰まで伸びたパーマ気味の金髪を持つ、真新しい制服に身を包んだ小さな少女が座っていた。容姿は妖精のように美しいが、表情は硬く、ひどく緊張しているようだった。

少女がしばらく待っていると、コンコンとノックの音がした後ドアが開いた。

「やあ、君がレイシアだね。担任のロザリオだ。さっそく教室に案内するよ」

レイシアと呼ばれた少女は、入ってきた人懐(ひとなつ)っこそうな顔の教師に呼ばれて立ち上がった。

教室へ向かう間、担任のロザリオはいろいろな話をして、レイシアの緊張を少しほぐしてくれた。

建物を二階ほど上がって教室についた。教室の中はかなりざわめいている。ロザリオが、教室からレイシアが見えないようにして先に一歩入り、生徒達に「おはよう」と声をかけた。すると、「おはようございます」と、ざわめきに負けないかなりの人数の声が返ってくる。静かになったのを確認して、担任が切り出した。

「今日は、ホームルームの前にみんなに紹介したい人がいるんだ」

いったん静かになった教室に、さっきとは違うざわめきが起こったのがわかると同時に、レイシアの心臓も高鳴る。

「入って」

ロザリオが振り返って手招きをする。

レイは生まれて初めての教室に緊張しながらも、恐る恐る足を踏み入れた。

教室は、教卓を中心にした扇形になっていて、机は四人掛けの長机だったが、そんな事を認識している暇など存在しなかった。

「わあ、転入生だ!」

「やったあ。女の子よ!」

「な、なあ。ちょっとかわいくね? あいつ」

「何? もしかしてお前、さっそく気があんの?」

「最低~」

一斉に、いろんな声が耳に飛び込んでくる。生徒はざっと四十人ほどいたが、そんなことも気にしていられない。

大勢の「他人」を前にして、すぐにでもこの圧迫感から逃げ出したかった。人の顔を見ないように(うつむ)いて、何とかこらえていた。体はすでに硬直している。

今にも崩れ落ちそうなレイの様子に気付いたロザリオは、静かにさせるためにパンパンパンと手を叩いて両手を上げ、生徒を静かにさせた。

「はい、そこまで。……話が進まないから。三年から転入することになったレイシアだ。んー……よし、とりあえず先に本人から、自己紹介してもらおうかな」

(!)

てっきり、担任が全て説明してくれるものだと思っていたレイは、意外な展開に頭の中が真っ白になった。しかし、すぐに転入前に両親に言われた言葉を思い出す。

(これも「訓練」、か……)

レイは震える手で白墨を取ると、後ろの黒板に向かった。

  『レイシア・スピカ・クラウザーです

               よろしくお願いします』

レイの書く文字は手が震えていても、教師顔負けの美しさだった。

書き終えたレイは、生徒たちを振り返って無言でお辞儀をした。さすがに勘のいい人が数人いるようで、何事かささやきあう声が聞こえる。

「よし、終わったね。気づいた人もいるかもしれないが、騒がずに黙って聞いてほしい。……まず、レイシアは声が出せないんだ。でも障害なんかじゃないよ、この学院に入ることができているんだから。 ……彼女も、幼いころは皆と同じように、ちゃんと呪文を唱えていたんだ……」

ロザリオはレイを椅子に座らせると、レイの生い立ちを話し始めた。



レイは中級階級貴族の両親から生まれ、一年生から学院に通えるはずだった。しかし、レイが言葉を発し、基礎魔法を覚えていくにつれ、彼女に少しずつ、ある変化が見えてくる。

「マナ〈魔力〉が強い……」

両親は、レイの稀な力に驚きつつもそこまで気にかけていなかった。レイがマナを暴走させることも、強力な魔法を発動させることも無かったからだ。

しかし、その油断がレイに悲劇として襲いかかる。



「何が……あったんですか?」

生徒の一人がたまらず質問した。しかしロザリオは、それはこの学院でも知っている人間は数少ないから教えられない。と有無を言わせぬ口調で答え、話を続けた。

そして、その起こってしまった悲劇以来、レイは声を失ったのである。

 両親は絶望した。レイのこれからの人生への不安……。しかし、落ち込んでいる暇などなかった。

 その後、両親は必死になってレイと意思疎通を図ろうとした。両親の頑張った甲斐もあって、レイと普通に生活するうえで困らない程度にまで、コミュニケーションを取れるようになった。

 しかし、悲劇はまだまだ続く。

 それは、レイが八歳。普通なら、ちょうど学院に入学しようかという頃。両親は、レイを学院へ通わせることを諦めていた。声を取り戻さない限り、魔法が使えないのであれば、一人で生きていけるかどうかの心配もしなくてはならない。

だが、ある日両親は見てしまったのだ。

家の中で言葉を発さずに、基礎魔法をつかえてしまうレイの姿を。どうやら、頭の中で呪文(スペル)を唱えているらしかった。

二つの意味で、一大事だった。魔法が使えるのであれば、「生きていく」ことは可能だ。しかし、「誰も気が付かないうちに魔法が唱えられる」なんて稀すぎる力を、悪用しようとする人間がこの世にいないはずがない。


――公になってしまえば、きっとレイの身が危険にさらされる……


 そう考えた両親は、レイが力を自覚するまで存在を隠すことにした。

そして、声が戻ればいつでも学院に入れるように、家庭で初級魔法を教えていくことにした。幸いにも父親には、教員を務めていた経歴があった。

この国で魔法を学ぶ学校に通えるのは、貴族階級の子供がほとんどである。

折よく、国の方針で一部の領地替えが行われたので、一家は引っ越すことができた。

引越しの後片付けも終わり、いよいよ家の中での授業が始まった。父親は、我が子ということもあって面倒見がよく、根気よく教えていった。

レイは呑み込みが早く、どんどん呪文を覚えていった。だが、どうやら魔法の発動に言葉を介さない分、マナの消費量が多いらしく、最初のうちは慣れない魔法に、すぐに疲れてしまった。したがって、完璧に習得するまでのペースは学院に通っている子供たちとあまり変わらなかった。

そして、レイにも物心がついた頃。レイは自分が特殊であることを、両親から聞かされた。


存在がばれないように、隠してきたこと。

その「ちから」は人に知られるべきではないこと。


それは、友達というものを意識し始めたレイにとって、受け入れがたいことばかりだった。遠くで他の家の子供たちが遊んでいるのが見えても、外へは出られない。レイの心はだんだん孤独になっていった。

そんなレイに、両親はまたも頭を抱える。

「魔法が使えても、人間関係を知らないままでは、大人になった時に一人前に生きていけないかもしれない……」

 そう思った両親は話し合った末、国の中でも有名で信頼できるレングランド学院へ、受け入れてもらえないか交渉をしに行った。



「もちろん、レイシアはもう自分の力を理解しているし、どうすれば良いかも分かっている。皆にして貰いたい事はただ一つ。……レイシアの声を取り戻して欲しい。それだけだ」

 こうしてロザリオは、一通りの話を終えた。すると……

「じゃあ、さっそくクラスで何かやろうよ!」

 と、担任そっちのけでレイの歓迎会が始まった。そんな生徒を担任がもう一度静かにさせる。

「それと。レイシアとこれから生活するにあたって、皆には今から言うことを約束して欲しい。……一つ目。レイシアのことは、君たちの家族はもちろん、学院内の他の生徒には言わないこと。人見知りが激しいとでも言っておけば大丈夫だと思う。でも、あまり変に吹き込まないように。……はいはい、ブーイングしない。先生が無謀なことをいうのは日常だから、いい加減慣れろよ~!」

 なんて奴。そんな声が聞こえてきそうだ。しかし、ロザリオは平然として話を続ける。

「二つ目。これのほうが難しいかもしれないけれど。何があってもレイシアの力がばれないように守ること。極端な話、レイシアが人前で、魔法を使わざるを得なくなる状況を作らなければ良いんだ。普段は、先生ができる限りそばにいるけど、先生もそこまで暇じゃないから。……誓ってくれる人は拍手をしてくれないか?」

いつになく真剣なまなざしで、ロザリオが自分の教え子たちに訴えかける。

一瞬の沈黙の後、全員が立ち上がり、割れんばかりの拍手を送った。それは、近くの教室の先生が鳴りやまない拍手に、何事かとやって来るまで続いた。

こうして、レイの新たな生活が始まったが、この後自分に降りかかる運命を彼女はまだ知る由も無かった。

 




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