2025/04/15 (1)
――ああ、もう手遅れなんだろうな。
私は思ったのだ。
きっと何もかも手遅れになってしまったに違いない。
現実でも。
『この世界』でも。
目の前で一人のプレイヤーが光の粒子となって消えていくのを見下ろしながら、その時、私は思ったのだ。
だから、私は進むのをやめたのだ。
手遅れになった世界に、なんの価値もないのだから。
「あっはは……最悪の、気分」
くそったれなこの世界に唾を吐いて。
私はここに来てからはじめての笑い声をあげた。
その日、はじめて私はプレイヤーを殺した。
**********
《Re:Zeilurth》――通称ゼイル。
これまでのVRゲームを更に進化させた全感覚没入型の新世代VRMMORPG。
現実で可能なことは全てゼイルで再現可能。
現実で不可能なことも全てゼイルで再現可能。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚――五感の全てが現実と同じレベルで再現され、まさにもうひとつの現実にふさわしい圧倒的なリアリティを私達に与えてくれる。
そんな謳い文句で発売されたこのゲームは。
開始初日に、一万人のプレイヤーを残したまま――現実から隔絶された。
何の予兆もなく、何の説明もなく。
事故なのかテロなのかも分からないまま、ただログアウト不能、外界と連絡がつかないという事実が何日も続き、やがて私達は理解した。せざるを得なかった。
――自分たちは、この世界に閉じ込められたのだと。
当初の混乱はひどいものがあったが、一ヶ月を過ぎた今ではある程度の落ち着きをとりもどしている。
というより泣きわめいている余裕などないといったところか。
なにせこのゲーム、お腹が空く。
排尿、排便といった煩わしい生理反応は排除されているが、ステータスにも影響を与えるパラメータとして空腹度が設定されているため、何も食べなければ徐々にHPが減少していき、やがては餓死するのだ。
通常制限されているはずのペインレベルが何故か完全開放されている現状、とても耐えられるものではない。
そのため、毎日の食事代のためにプレイヤーは嫌でも日銭を稼がねばならない。
いつまでも宿屋に引きこもって震えているわけにはいかないのだ。
私だって例外ではない。
日々の糧を得るために、狩りに出る。
「さぁって……今日のターゲットはどいつにしようかなっと」
――ただし、私の獲物はモンスターではなく、プレイヤーなのだが。
ゼイルは街中ではプレイヤーに攻撃することはできないが、フィールドにおいてはその限りではない。
FF――フレンドリーファイアが起こる仕様になっているため、必然PKもやろうと思えばできる。
おまけに都合のいいことに、FFが仕様であるためPKしたところでプレイヤーには制限がつかない。元々フレンド登録しないとプレイヤーのステータスは表示されない仕様だが、していたところではたからみてもそいつがPKかどうかはわからないようになっている。
PKにとっては天国のクソ仕様である。
幸い、このゲームは全年齢対象なのではじめから性的行為は出来ないよう設定されているが、PKされるとデス・ペインで再起不能になる可能性が高いので何の慰めにもならない。
「でも安心してね? 私は心優しいからPKする時はそんな苦痛を与えないようにしてるんだ。ちょぉっと怖い思いをするだけで、廃人になったりすることはないから。まぁ、ちょっとトラウマにはなっちゃうかもしれないけどね」
薄暗い森の中、くすくすと笑って私が見下ろす先で、地面に転がった青年はひっと小さく悲鳴を上げる。
革鎧で全身をコーディネートした剣士。
アバターは他の例に漏れず美形に作ってあるが、恐怖に怯えた表情のせいで台無しである。
レベルはおそらく私と同じぐらい。
いまはもう退いたとはいえ少し前まで最前線で活躍していた私と同レベル帯なのだから、そこそこ高い方だろう。
これからの頑張り次第では攻略組入りすることも難しくない。
――だからこそ、足を引っ張りたくなる。
「ねぇ、身体、動かないでしょ? それ、何の状態異常かわかる? うん、まぁ、少しでもロープレをやったことがあるならわかるよね。いわゆる麻痺っていうバッドステータスね」
「ま、麻痺効果を持った武器なんて、まだ見つかっていなかったはずなのに!」
「ところがどっこい、実はもうあるんだなぁ。メインダンジョン一層ネームドの超レアでね。見たとおり、攻撃力は雀の涙ほどしかないんだけど。多分、持ってるのって私ぐらいかなぁ」
手にもった細身のナイフを目の前で振ってみせると、青年の顔が悔しげに歪む。
「顔を、顔をみせろよ! おまえ、ぜ、絶対に復讐してやるからな!」
「見せるわけないじゃん、ばぁーか! ていうかデスったあとにそんな気力が残っていればいいけどねぇ!」
いま私の顔は黒布で隠してある。
装備しているわけではなく、ただ覆ってあるだけなのでステータス的には何の恩恵もないがこういった時には便利だ。
ゼイルの自由度さまさまである。
「はーい、じゃあお喋りはここまでねー。サクッと急所狙いで殺させてもらうから。だーいじょうぶ、麻痺ってるから痛みは感じないよー」
ナイフから本来の獲物の剣に装備を変えて、私は屈みこむ。
青年の襟首を掴んで上体を起こさせると、首にそれを当てた。
青年の顔が恐怖にひきつり、涙が滲む。
こういうとこ、ゼイルはほんと細かいなぁとなんとなしに思う。
涙も出れば血も出るし、汗だって出る。
さすがにトイレまでは再現しなかったようだが、不幸中の幸いだろう。
ゲームの中にまで来て、トイレの心配なんかしたくない。
「んじゃ、ばいばーい。せいぜいデスペナで失ったレベルの分、また頑張るといいよ。もしかしたらまた私が殺しちゃうかもしれないけどね」
「くそっ、くそくそくそぉっ! おまえぇぇぇ、絶対に覚えてい――」
――スキル発動。
《首狩り》。
首筋が切り裂かれて。
ばしゃばしゃと血が飛び出して。
全ては光の粒子となって消えていった。
この世界の死。
あっけない幕切れ。
あとには何も残らない。ただ彼の所持金とアイテムの幾らかが私のそれに加算されただけ。
「…………はぁ、なにやってんだろうな、私」
虚しさだけが募る。
最近はいつもこうだ。
最初の頃のような、罪悪感も後ろ暗い爽快感もなく、ただただ虚しい気持ちだけが残る。
「もう、今日はかえ――」
「なにをやっている?」
――唐突に背後からかかった声に、反射的に剣を走らせた。
振り向きざまの一閃。
「む」
鋭い金属音。刃は堅い感触に止められる。
堅い金属――盾だ。身体の半分程もある大きな盾。私の剣は、その大盾を構える戦士に受け止められていた。
ぎゃり、という金属同士が噛み合い、軋む音。
見ればそいつは頭の天辺から足の先まで全部を鎧で覆った重戦士型。
今の一撃などほとんどダメージが入っていないだろう。
「お前、突然、なにをする?」
「…………」
重戦士から掛かった誰何の声に、私は一瞬だけ考えて、すぐに笑顔を作った。
「いやはは、ごめんなさい。突然だったから反射的にね。ほら最近PKとかも増えてきたっていうし、ついうっかり」
剣を引いて数歩分後ろに下がる。
そうしてから害意がないことを示すためにそれを腰の鞘に戻し、両手を上げた。
その意志が通じたのか、重戦士も全身から力を抜き構えを解く。
「この辺りで人の叫び声が聞こえたのだが、なにかあったのか?」
「え? いやぁ、私は何も聞こえませんでしたけど」
きょろきょろと重戦士はあたりを見回すが、痕跡など残っているはずもない。
死ねば何も残らない。それがこの世界の理だ。
「……ところで、その顔はなんだ? 趣味か?」
「――ああ、これですか。最近ちょっと厄介な人たちに目を付けられまして、その対策です」
忘れていた。そういえば今は顔を隠していたのだった。
あからさまに怪しすぎる。が――
「PK、か」
「たぶん」
「最近、多いと聞くな。全く、この状況で何を足の引っ張り合いをやっているのか」
どうやら一応は信じてくれたようだ。嘆かわしいというようにため息を吐いて、重戦士は首を振る。
「…………」
「そういう輩が増えれば増えるほど攻略全体が滞り、結局のところ自らの首を締めることになるというのに。一刻もはやくこの世界から抜け出すことが我々の第一のはずだろう? やつらは何を考えているのか、どうにも理解できんね」
確かに重戦士の言葉は最もだろう。それが正常な思考だ。
外界との接触が完全に絶たれた現状、実際のところ何が起きているのか、私達は何もわかっていない。
何らかの事故によってこうなっているのか、あるいは人為的なものなのか、その答えを知るものはこの一万人を超えるプレイヤーの中で一人もいないのだ。中には第三次世界大戦が起こり既に外の世界は滅亡しているのだ、などと荒唐無稽なことを言い出す者もいる始末。
答えを得るためには、この世界から脱出するしかない。
一ヶ月をこえても何ら外からのアクションがないに至って、大半の人々は座して待つという選択肢を捨て積極的に攻略に乗り出している。
いまだに消えることなく私達の意識がここにある以上、現実の身体は何らかの形で保護されているのだろうというのが大方の見解だが(もし放置されているのならとっくに餓死している)、それでも何か不足の事態があっていつ手遅れになるともわからないのだ。誰にとっても攻略が進むにこしたことはない。
――そう、思っているのだろう。
「……でも、ゲームクリアが脱出する方法だなんて、本当かどうかはわかりませんよね」
「しかし現状、それが最も可能性が高いのは確かだ。他に有効そうな手がない以上、全プレイヤーが一丸となって事態にあたるべきだろう? 手遅れになってからでは遅いのだ」
「手遅れ、ですか」
「幸い、今のところ最悪の事態は免れているようだがな」
私達が死んでいない――ということだろう。
だが。
だが、そんなもの。
「ふ、あはは……」
唐突に笑い出した私を、重戦士は何事かと見てくる。
だが、構わず私は笑い続ける。
「おい、おまえ――」
そう言って手を伸ばしてくる重戦士を見やって、私は告げる。
「けどね、もう私にとってはぜんぶ手遅れなんだよ」
――装備変更。《紅毒蛇の牙刃》。
一閃。
「ッ――お前ぇ!」
反射的に重戦士は手を引くものの、その指先に掠る。
ヒット。
だが相手の動きに変わりはなし。
「チ」
「やはりPKか!」
後退って盾を構える重戦士に、どうせ見えないだろうが私はにこやかな笑みを返す。
「あれれ、信じてくれてたわけじゃなかったんだ」
「怪しすぎるだろうが!」
「ごもっとも」
言いながらも踏み込み二度、三度と刃を繰り出すが全て盾で防がれる。
さすがの重戦士型。おまけにレベルも高いらしい。こんな武器では微々たるダメージしかないだろう。
「鬱陶しい! PK野郎が!」
重戦士型の盾から白いエフェクト。同時、ずんという重い踏み込みとともにそれが目前へと迫る。
戦士のスキル《シールドバッシュ》だろう。咄嗟に横に転がるが足首にダメージ判定。吹き飛ばされるのはなんとか防いだが、体勢が崩される。
スキル後硬直を狙っていたのだが、諦める。地面を何度か転がって受け身をとると、起き上がりざま後ろに跳躍。足首に痛みが走るも無視。
「っらぁ!」
寸前まで私がいた空間を重戦士の剣が通りすぎていき、近くにあった樹木にぶつかる。
「ここが森だって忘れてないかな!」
「くっ、しま――」
大振りな一撃だったのだろう、重戦士の剣は幹にその半ばを埋めてしまっている。
その隙に接近、首元はしっかり装備でガードされているため、システム的な急所――手首や肘などの関節部、鎧の隙間を狙って集中的に攻撃する。
一、二、三、四――
「えぇい、小賢しいッ」
そこでようやく剣が外れ、勢いのままに横薙ぎに振るわれるが、先ほどと同じく慎重さが足りていない。思わず苦笑がにじむ。大振りになったそれを地面に這いつくばるように屈んでかわすと、ついでとばかりに足首を切りつけておく。
レベルは高そうだがプレイヤースキルは大したことないなと独りごちたところで、
「小賢しいと言っている!」
重戦士の全身がエフェクト光に包まれ――慌てて私は地面を蹴りつけ上空に逃れる。次の瞬間、重戦士を中心にドーム状に光が放たれた。
戦士スキル《プロテクトバースト》だろう。有効範囲は狭いが全方位攻撃スキルでダメージ量も多い。敵に囲まれたときなどは重宝する技だが、このスキルには一つ欠点がある。
「くっ、どこにいった!?」
スキル発動時に発せられる光が視界を隠してしまうのだ。こちらの姿を見失い辺りを見回す重戦士を見下ろしほくそ笑む。
今の私は、重戦士の頭上の枝に飛び乗った状態で身を隠している。自由度が高いゼイルであればこんなことも可能なのだ。
――さて、詰めだ。
アイテムホルダーから低品質の鉱石を取り出すと、それを明後日の方に放り投げた。鉱石が木にぶつかり静かな森に音が鳴り響く。釣られてそちらを向いた重戦士の背後に着地。慌ててこちらを振り向こうとするが、それよりも前に、
「チェックメイトだよ」
鎧の隙間を縫って、腰にナイフを深く突き刺した。ちょうど、腎臓のあたり。
痛み故にか、重戦士の身体が一瞬硬直する。
「きゅ、急所とて、その程度、」
しかしそれも僅かな間、再び動き出そうとして――すぐに力を失って地面に崩れ落ちた。
「な、こ、これは」
「ああ、やっぱり知らない? 麻痺異常だよ。まだまだ序盤だから付与率も低いんだけど、急所にあれだけぐっさりいけばね、ほぼ確実。このゲーム、ほんとリアル志向だよねー」
呆然とした声をあげる重戦士に、丁寧に丁寧に説明する。
少しでも絶望感が増すように、少しでも気力を削ぐように、少しでも足を引っ張るために。
「くそ……! お前、最近噂されてる、麻痺武器使いか!」
「あれ、私も有名になったもんだね。キル数はそんなに多くないはずなんだけど。――まぁ、そういうわけだから、また頑張ってレベルあげてね」
「ぐぐっ、なぜ、何故だ! どうしてこんなことをする! こんなことをしたところで何の意味もないだろう!」
「意味? 意味、ねぇ。確かにあなたのような人たちにはないんだろうけど、私にとっては意味のある行為なのよ」
「どんな意味がある!?」
「まぁ、そうだなぁ……強いていうならば、みんなも手遅れになってしまえばいいのにってところかな」
「なにをッ、まだ俺たちは手遅れになどなっていないだろう!」
死んでいない。
確かに、私達の現実の身体はまだ命を失っていないのだろう。
だが、それだけだ。
それだけでしかないのだ。
「あなたにはわからないよ。私にしかわからない。もう、手遅れなのよ。ぜんぶ、ぜんぶね。だから、私はもっともっと他の人の足を引っ張りたいんだ。私と同じところにみんなを引きずり落としたいんだよ」
「わけの分からないことを! 頭がおかしくなったか!」
「――かもね」
自覚がないだけで、実際、私はもう狂ってしまっているのかもしれない。
だって、正気でいられるはずがないじゃないか。
あんな。
あんな――
『……ねぇ、冗談でしょ』
『…………………………』
『ちょっと、ねぇ、ほんと、そういうの、やめてよ』
『…………………………』
『悪かったから。謝るからさ』
『…………………………』
『……だから、やめてよ……ほんと、やめてよ』
「う」
吐き気がこみ上げる。
目眩がして、足元がぐらつく。
「私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない……」
自分に言い聞かせるように、何度も何度も何度もつぶやく。
「そうだ、違う、私のせいじゃないんだ。この世界が悪いんだ。ぜんぶぜんぶこのクソッタレな世界が悪いんだ、だから、私の、せいじゃ、ないッ」
そのはずだ。そうでなくてはならない。
なのに消えない。あの光景が、彼らの姿が、頭の中から消えてくれない。
「くそっくそっくそっ、なんで、どうしてっ、なんでぇっ!」
ぶんぶんとナイフを振り回して、地面を蹴りつける。
くそ、くそくそ、くそくそくそくそくそッ!
なんなんだ、なんなんだよ、この世界は!
こんなの、酷いじゃないか。
どうして私がこんな目に合わなくちゃならないんだよ。
おかしいよ。
なにもかもおかしい。
おかしいのは私じゃない。この世界がおかしいんだ。
だから私は悪くない。
悪いわけがない。
私だって被害者なんだ。
――でも、じゃ、どうして私はPKをしているんだろう。
――正気なら、こんなことできるはずないのに。
――彼らみたいにはならなくても、痛みを感じないのだとしても、人の心を傷つけることなのに。
――正気で、そんなことをしている私は、本当に正気なの?
「う、あああああ、あああああああああああああ! ちくしょうちくしょうちくしょうッ! 運営出て来いよ! どうなってるんだよこのクソゲーは! おかしいだろ! おかしいだろよ、なぁッ! みんなみんなお前らのせいだ! おまえらがこんなゲームを作ったからこんな羽目になったんだよ! クソがっ! くそくそくそくそ、あああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
喚き散らす私を、きっと重戦士は気味の悪いものを見る目で見上げているのだろう。
あるいは哀れみの目か。
頭の中の、わずかに残った冷静な私が、そう思う。
思うが、感情の爆発は止まらない。時々、こうなる。あの時から、自制が効きづらくなっている。
やっぱりどこか、神経がぷっつんしてしまっているのかもしれない。
もう、なにもかもがどうでもいい。
なにもかもが嫌になる。
もう、終わりにしてほしい。こんなこと、さっさと終わりにしてほしい。
お願いだから、どうか、だれか。
「この悪夢を終わらせてよ――」
涙が滲んだ目で天を仰ぐ。
木々の合間から見える作り物の空は、現実と変わりなく――下手をすればそれよりも綺麗な青で、本当に、嫌になる。
「おねがいだからさぁ……ほんとうにさぁ……誰か……………………………………え?」
目を、見張った。
「なん――?」
なにかが、落ちてくる。
天から、何かが落下してくる。
はじめは豆粒だったそれは段々と大きくなり――
「――――――――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ、ぬああああああああああああ!!」
私から少し離れた場所に、枝々をぶち破りながら、凄まじい勢いで、着弾した。
どぉん、と爆発魔法のような地響き。
激しく舞い上がる土煙。
爆風がこちらにまで届き顔を覆っていた布が吹き飛ばされるが、今の私にそんなことを気にする余裕はなかった。
「――――――――え?」
「――――――――は?」
私も、そして重戦士も、愕然としてそれを見ていた。
なんだ、なにが起きた?
人、人……だろう。
つまりプレイヤーだ。
それが、空から、落ちてきた。
「えぇ……?」
どういうことだろう。いつからこのゲームは人が飛べるようになったのだろう。
少なくとも今のところそんな職業もスキルも発見されていなかったはずだ。
誰かが情報を隠しているということも考えられるが、それでも、いくらなんでも、仕様的に、ない。
事前情報ではそういう設定はなかったはずだし、各地のダンジョンが基本地下に潜っていく形になっている以上、おそらく間違いないはずだ、
「……………………」
私が何のリアクションも出来ないまま突っ立っているうちに、やがて土煙がおさまる。
現れたのは、クレーターのように抉れた地面とその中心に仰向けに倒れるプレイヤーらしき姿。
偶然、なのかどうか。そのプレイヤーもまた重戦士型だった。
本来であれば光輝くのだろう全身を覆うフルプレートアーマーは、いまはなんとなく煤けて見えた。
「……う……ぐす……いたい……なんだよ……なんで、我、のせたまま……飛ぶのだ」
声は、男とも女とも付かない中性的な高さだった。
だが、若い感じはする。おそらくまだ十代だろう。
「ワイバーン……そんな仕様……聞いたことない……こわい、おそら、こわい……ふぐぅ」
しばらくの間、なおも重戦士はグスグス、メソメソと声を漏らしていたが、数分もすると気分も落ち着いたのかポーションらしき瓶を具現化させて一息に握りつぶした。
回復の青いエフェクト光が重戦士を包み込む。
「……《プロテクト》がなかったら、我、即デスだった」
エフェクトが消えた後、小さくつぶやいてから、むくりと上体を起こす。
起こして、また少しグスグス鼻を鳴らした。心なしその肩が落ちてみえるのは気のせいなのかどうか。
「しかし、ここ、どこだ……?」
鼻声のままつぶやいた重戦士は、きょろきょろと辺りを見回し――そこで初めて自分を見つめている二対の視線に気づいた。
「…………」
「…………」
「…………」
三人の間にひどく奇妙な沈黙が流れる。
「……げふんげふん」
それを破ったのは二人目の重戦士だった。わざとらしい咳払いの後、おもむろに立ち上がると鎧をはたいて埃を落とす仕草をする。次いでその場で両足を大きく開くと左手を腰に、右手を天にかざす。最後にびしりとその人差し指で天を指し示し、言った。
「――――我、参上!」
そしてすぐに付け加えた。
「……我、泣いてないから」
――それが私とあの人の、はじめての出会いだった。