01:動機
「とうとう来ちまったか…」
口にはわざとらしくだしてみたものの、実際それほどの感慨はない。
思ったことといえば、この季節は
『天高く馬肥ゆる〜』
で
空キレエねー。くらいである。
空なんか見上げだの久々だ。
あさ、満員電車で中吊り広告を見、時々、あの腕時計サラリーマンが気軽にもてるようなモンじゃねぇよ?
ってか、腕時計男ちっちゃ!
と、つり革にかかる腕と腕時計男そのものをガン見していると、いつの間にか下車駅に着いていたり。
会社に到着。
麗しい…つーほどでもないか。受付嬢のオネェサマの横を、
「ちっ。出世に縁遠そうなヤロウが気安く見てんじゃねぇよ」
と半ば自虐的なアテレコをいれつつ通り過ぎる。
オフィスに着いたら着いたで、四角いPCの画面を見たり、四角い報告書を作成してみたり、四角い顔の上司に
『 殺すぞ 』
と言われてみたりしている。
職場の先輩は、フォローは一切しないものの退社後のアフターケアは大好物で、生中片手にご高説をたれてくれる。
「おりゃー、学生のころはよぉ…」
と、毎夜のように大学の弱小ラグビー部で主将をつとめたことを聞かせてくれる。
そんな時にも、特に見るものが無いから、お通しを盛り付ける居酒屋のオヤジのさびしい頭頂部を眺めたり、入り口をちらちらチェックしてカワイイコこねぇかな、などと思ったりしている。
先輩の、小柄なわりに胸板が厚く逆三角形な体型が飲み屋の暖色系の照明になじんで霞む。
霞んできてるのは、俺の目のほうか。
いや、心の目のほうか。
霞んで霞んで、この目の前の先輩が俺の未来の姿かと、希望の光も見えやしない。
飲み屋の便所で鏡の己の姿を見直す。
違和感のなくなったスーツ姿が霞む。
こころに違和感が残る。
漠然とした、未来への不安。未来の自分への疑い。
うん。
ひとことで言うと、今の俺、かっちょわるいんだ。
で。
我が社で一番空に近い場所へきた。