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この世の果て  作者: 葉月香
23/37

第5章愛でなく(1)

 マリエルの恋人は死者なのだ。




 その事実を知ったケイトは、なす術もなくゲストルームの窓から離れると、すべての力をなくして地面の上に坐りこんでしまった。

 そのまま頭上にかかる青みがかった光を放つ月を見ているうちに、いつしか己の目から涙が溢れ出し、頬を熱く濡らしながら流れ落ちていくことに気がついた。

 もしかしたらという予感めいた思いは少し前からあった。

 死者を生きた存在であるかのごとく感じているあの人であればこそ、そんなこともありうるのだと、マリエルに対する理解を深めていくにつれ、考えられるようになった。

(理解?)

 こんなことを一体どう理解できるというのだろう。

 理解したつもりになっていただけだ。マリエルを取り巻く他の人達よりはあの人のことを分かっているのだと、うぬぼれていただけ。

(あたしはマリエルのことが好きなんだって、気がついたのに)

 けれど、あんなふうにこちら側から向こうの世界へと易々と一線を飛び越えて行ってしまう、彼に追いつくことなどできない。

 行かないでと引きとめることのできる立場にも、無論、ケイトはない。

(どうすればいいんだろ、あたし…?)

 奇妙なことだが、嫌悪感はそれほど覚えなかった。

 ただ胸が苦しくて締め付けられるように痛んで、仕方がないだけだ。

 衝撃があまりに強かったために、頭の中が真っ白になっていて、現実にあったこととして捉えることがまだできないのかもしれない。

 ケイトは首をねじって肩越しに振りかえり、影に沈んだゲストルームの窓の方を見やった。

 あそこにマリエルがいる。サンドラと同じ、朝になれば行ってしまうサミュエルとの別れを惜しんで。少しでも長い間彼のことを覚えていられるよう、愛しむように触れながら。

(そうして、あなたは、好きになった人とまた引き離されて、一人ぼっちで取り残される…)

 ふいに、いわく言い難い衝動的な感情が胸の奥からせりあがってきた。

 今、ケイトが立ち上がって、あの静まり返ったゲストルームの窓を叩いたら、何が起こるだろう。

(マリエル…)

 その時だ。ゲストルームの奥で小さな物音がした。

 ドアが静かに開いて、再び閉じる音。廊下を歩く、マリエルの低い足音が聞こえた。作業所の出口へと彼は向かっているようだった。

 ケイトはとっさに地面から跳ね起きた。マリエルが出てくる。

(見つかる前に、母屋に戻らなきゃ)

 ケイトは駆け出そうとしたが、冷たい芝の上に長い間坐りこんでいたため、すっかり強張った脚はうまく動いてくれず、つい地面に足先を引っかけて転んでしまった。最悪なことに、転倒した時、足が庭の隅に集められていたテラコッタの植木鉢にあたり、大きな音をたててしまった。

 ケイトは半ば体を起こしたまま、はっと息を飲んで作業所を振りかえった。作業所の中の人物が、自分に負けず劣らず衝撃を受けて凍り付いているのが窺い知れた。

 ケイトは絶望的な気分になったが、自分を叱り付けるようにして何とか起き上がると、マリエルから逃げたい一心でその場から駆け出した。

 ケイトはほうほうの態で母屋にたどり着き、中に飛び込むやすぐに扉を閉じて、背中で押さえつけるようにもたれかかった。

(ああ…もう、駄目…)

 ケイトは両手で顔を覆い、途方にくれたようにかぶりを振った。

 こんなふうにマリエルから逃げて隠れた所で、今となっては無駄なことだった。あそこにケイトがいたことは、マリエルに知られてしまっただろう。もう、何も見てはいないふりをして取り繕ってみせることさえできない。

 ケイトの熱くなった頭が、そう思った瞬間、冷えた。

(知らないふり?)

 ケイトは広げた手の上に伏せていた顔を上げた。

(できるはずがない)

 微かに震えている己の手を苦しげに睨みつけ、ケイトはきりきり痛む胸の奥でひとりごちた。

(マリエルのあんな秘密を知って…それでも、何も知らないふり、気づかないふりをして、これまで通りあの人の傍で仕事をしたり、笑って話をすることなんて、あたしには無理…)

 己の感情に戸惑い、途方にくれ、ついには仕方がないのだと諦め受け入れるような心地になって、ケイトは小さく笑った。

(だって、あたし、それでもあなたのことが好きなんだもの、マリエル。好きになった人に対して、そんな嘘、つけるはずがないじゃない)

 ケイトはまだ激しく打っている心臓を静めようとするかのごとく胸を押さえ、ゆっくりと深呼吸をした。それから、涙でぐしゃぐしゃになっているだろう顔を何とか見られるものにしようとバスルームに行き、火照った目の周りを冷たい水で洗った。

 タオルで顔をふいて目を上げると、洗面台の鏡に映った自分の顔があった。思いつめた顔をしているなと奇妙に突き放した気分で思った。

 ケイトはまっすぐにリビングルームに行き灯りをつけた。そこのソファに深く坐って、目を閉じた。

 そうして、ケイトは待った。

 作業所の暗がりの中で立ち尽くしていただろう人が最初の衝撃を克服し、ここに戻ってくるだけの覚悟を持てるようになるのを。その訪れを待ちわびているケイトのもとにやってくるのを、息を詰めて待ち続けた。

 どのくらいの時が流れたのか。

 ケイトの耳が、この家の中庭に面した扉が開いて誰かが入って来る物音を捕らえた。

 リビングに灯りがついていることは外から分かっただろう。ケイトがここで待っていることは、マリエルには伝わったはずだ。

 そうして、やはりマリエルの足音は、この部屋に近づいてきた。確かめるようにゆっくりと一歩一歩―。

 彼は扉を開いたままの部屋の前で躊躇するかのように立ち止まった。

「ケイト…」

 ケイトは目を上げた。

 緊張した面持ちで部屋の入り口に立ち尽しているマリエルの姿がケイトの視界に飛びこんできた。

 もともと血の気のない顔は一層青ざめて、死者のそれのように冷たげだ。不安げに大きく見張られた双眸には、どうか何も見ていないで欲しいという祈るような思いが溢れていたが、それが空しい希望であることも彼はよく知っていた。

 実際マリエルはケイトの眼差しから顔をそむけはしなかった。ただ、とても哀しそうな顔をして、深い溜め息をついた。

「知ってしまったんですね…?」 

 ケイトも一瞬瞳を揺らせはしたが、もう先程のように取り乱して泣いたりはしなかった。ただ、やはり哀しそうな顔をして、こくりと頷いた。

「ごめんなさい」と、ケイトは囁いた。

「覗き見…しちゃった…あなたの秘密を…」

 マリエルはさすがに顔を上げていることができなくなったかのように、少しうつむいてうっすらと頬を赤らめた。戸惑うように上げられた指先が、口許を神経質に触れていた。

「あなたが謝ることはないんですよ」

 どこか呆然とした調子でマリエルは言った。

「私が…うかつだったんですから……あなたがここにいるのに…あんなことをすべきではなかったんです」

「そうしてずっと秘密にしておけたら、その方がよかったって言うの?!」

 いきなり、ケイトは自分でも驚くほど激しい口調になって、問い返した。

 しかし、マリエルの張り詰めた白い顔に衝撃が走るのを見て取り、すぐに後悔して口をつぐんだ。

「…すみません」

 マリエルがあきらめたように呟くのに、ケイトはうなだれていた顔をゆっくりと上げた。

「ケイト、あなたを傷つけてしまったのなら、謝ります。あなたがあれを見てしまったのは、私の不注意からなのだし、そのことを思うと辛くも口惜しくもなります。不愉快な思いをさせてしまって、本当に悪かったと思います」

 ケイトを気遣いながら、マリエルは、しかし、はっきりとした迷いのない口調でこうも言った。

「でも…普通の人にとってはどんなに不愉快でも、ぞっとすることでも、それが私なんです。あなたには理解できないでしょうし、理解して欲しいとも思いませんが、あなたが尊敬していると言ってくれたこの私の否定できない一面…彼らが属する世界を感じ1つになりたいと願う気持ちの表れなんです」

「マリエル…」

 ケイトは呆然と目を見開いて、しばらくの間絶句した。その顔が苦しげに歪んだ。

「駄目…理解なんか…できない…」

 ケイトの黒髪の頭が力なく左右に揺れるのに、マリエルは居たたまれなくなったかのように顔を背けた。

「ねえ、マリエル…でも、どうして……?!」

 ふいにあがった狂おしげな叫びに、マリエルは微かに体を震わせ、それを静めようとするかのごとく両腕で己を抱きしめた。

「どうして…」 

 瞬間燃え上がったかと思うとすぐに勢いをなくし、ケイトは再びうなだれた。

「どうして?」と、マリエルが呟いた。ケイトに向かって言ったふうにも、自分自身に問い掛けているようにも聞こえた。

「私には、必要なことだからですよ」

 ケイトは、喉に何かがつかえたかのように震える手をそこに置いた。

「サンドラさんとも…?」

 マリエルは何も言わなかった。

 ケイトはちょっと口篭もりながら、おずおずと尋ねた。

「その…誰とでも…そういうこと…する……?」

「まさか」

 マリエルは、心外だというような口調で、すぐに否定した。

「誰でもいいなんてことはないですよ。気にいった人とだけです」

「つまり、生きている人に恋をするのと変わらないってこと…?」

「ええ」

「でも…でも、あの人達は死んでいるのよ? マリエルが好きになったって、全然応えてはくれないし、何も感じてない…それに、どのみち皆すぐにあなたの傍からいなくなって、土に埋められてしまうじゃない。それがどうして恋なんて言えるの? そんなの…錯覚よ!」  

「錯覚…?」

「そうよ、マリエル、目を覚ましてよ! 死んだ人しか愛せないなんて、あんまり寂しすぎるじゃない!」

 マリエルの青ざめ打ち萎れた顔に、瞬間、血の色と共に激しい感情がうかびあがった。

 彼は、何か言いかけるケイトを遮るように手を上げると、鋭い意思的な声で切りつけるように言い放った。

「ケイト、あなたはやはり私のことを分かっていない。寂しがっているなんて、思わないで下さい。生きている人達と一緒にいても、やっぱり孤独だという人間もいるし、私のように死者と共にいる方が心安らぐ人間もいるんです。錯覚だと、あなたは言いましたね。死者との恋などただの幻想にすぎないのだと、私の理性の部分は確かにそんなふうに考えることもあります。けれど、実際私は見ているし、感じているもいるんです…彼らの放つ光や力、生きている人と同じように皆違う、それが私に何かを訴えかけてくるのを…」

「マリエル、やめて!」

 ケイトは悲鳴のような声をあげて、マリエルの真率で赤裸々な訴えを遮った。両手で耳をふさぎ、嫌々をするように頭を揺らした。

「聞きたくない…もう何も聞きたくない…」

 マリエルは唇を震わせ、一瞬黙りこんだが、幾分沈んだ声で再び囁いた。

「どうしてと尋ねたのはあなたですよ、ケイト。私のことを知りたいと、私が見ている世界を見たいと、いつも言っていたじゃないですか。それを、こうして打ち明けられたら、期待していたものと違っていた…だから、拒否するんですか? あなたは他の人達とは違うような気がしていたのですが…私の思い違いでした。いいえ、あなたは何も悪くないんです。ただ、生きている人に私を分かってもらえるなんて、ほんの少しでも期待したことが間違いだったんです。もしかしたら私は、あなたになら知られてもいいと思っていたのかもしれない。心の片隅でそう思っていたから、あんなふうに油断したのかもしれない。結果として、あなたを悪戯に混乱させ、当惑させ、傷つけてしまっただけで…そう、私が愚かだったんです」 

 失望の苦い響きのこもった声だった。

 それを聞くと、ケイトは動揺し、何かに急きたてられるように口を開いた。

「違う、そんなことじゃないの。あなたの行為を…それがあなたの本当の姿だというのなら、一方的にはね付けたりしない…そんなことじゃなくて…それよりも…ただ、あたし……」

 ケイトは声を詰まらせ絶句した。それから、ついに堪えきれなくなったかのように顔をあげて、マリエルの頑なに閉ざされてしまった表情を切なげに見つめた。

「そうね…これで、あなたのことなんか、もう顔も見たくないくらい大嫌いになれたらよかったのに…そうしたら、きっと楽なのに…」

 ケイトは何かに耐えるかのように戦慄く唇を噛み締めた。

「ねえ、マリエル、どうしても生きている人と恋はできない…?」

「ケイト?」

「叔父さんのことは好きだったのよね。でも、好きでも、触れることはできなかった…あなたの恋の対象と違って、彼は生きた人間だったから…」

 ケイトはソファから立ち上がると、勇気を振り絞って、マリエルに近づいていった。そんな彼女を、マリエルは訝しげに見守っている。

「あたしね、自分がこんなに焼きもちやきだなんて思ってもみなかったわ。それもね、相手は皆に死んだ人ばかり…本当、馬鹿みたい」

 ケイトはマリエルの前で立ち止まると、涙の代わりにこぼすような哀しげな微笑をはりつめた小さな顔にうかべ、囁いた。

 マリエルは瞬きをした。いつもは誰のことも見ていない、透きとおった青い瞳が、今は確かにケイトをその内に捉えている。

(マリエル…)

 どんなに傍にいても、手を伸ばしてみても、決して捕まえられない水面に映る月の影―。

「マリエル、あなたが好き…」

 そう囁くと、ケイトは居たたまれなくなって顔を伏せた。

 マリエルがどう感じたか、今どんな目で自分を見ているかなど、知りたくない。

「ごめんなさい」

 ケイトは消え入りそうな声で謝った。

「こんなこと言っても迷惑なだけよね。でも、あたし…あなたが好きだから、振り向いてもらいたいと思うし、あなたが好きになったり触れたりする人には、例えもう死んでいる人で、だから太刀打ちできないのだと分かっていても、嫉妬しちゃうし…どうしようもないことだけれど、やっぱり…辛い」

 マリエルは何も答えなかった。答えられなかったのかもしれない。

 ケイトが聞いたのは、彼女の告白によって彼が受けた衝撃を物語る、喘ぐような吐息だけだった。

「本当に…ごめんなさい…」

 もう一度そう言って、ケイトはマリエルの顔から慎重に視線を逸らせたままその脇をすりぬけ、リビングから出ていった。そのまま、逃げるように2階に駆け上がっていった。

 その間、マリエルは冷たい彫像と化してしまったかのように、リビングから出ていくケイトを振りかえることはおろか身動き一つしなかった。

 ケイトが2階の部屋の中で動き回る微かな物音が、リビングに1人残された彼の耳に届いていた。家に帰る支度をしている。こんな真夜中に出ていかなくてもいい、夜が明けるまで待ったらどうだと引きとめることなど、マリエルにはもうできなかった。

 ようやくマリエルは動いた。

 ひどく緩慢な動作で後ろを振りかえる。

 彼は、支度を終えたケイトが階段を降りてくる所に出会いたくなどないとばかりにリビングの扉をそっと閉じると、ゼンマイ仕掛けの人形めいたぎこちない動きで部屋を横切り、ソファの上にどさりと身を投げ出した。

(あなたが好き)

 彼はきつく目を閉じ、両手で耳をふさいだ。

 そんなことをしても何の意味もなかったが、あの思いつめた真摯で真率な囁きをもう一度聞いたら、自分が保てなくなるような気がして、恐かった。

(ありえない…)

 誰かがマリエルを、その本当の姿を知っても尚、愛しているなどと言うはずがない。錯覚だ。

 それにもまして、マリエルが生きている人間からの告白にかくも心を乱されるなどと全く起こりえないことだった。そう、これも錯覚にすぎないのだ。

 たぶん、昔かりそめにも恋人と呼んだ人の血を引いていると思ったから、実際よく似た部分があったら、もしかしたら、ケイトの上に懐かしいその人の面影を重ねていたのかもしれない。それで、現実の関係以上に親しい間柄になったような気がしていただけなのだ。

 だが、これは恋ではない。

 マリエルの死せる恋人達との間にのみつむがれる、あの狂おしいような、研ぎ澄まされた、隔絶した感情とは違う。

 マリエルが1人煩悶するうちに、ケイトは下に降りてきたようだ。閉ざされたリビングの扉の前で、彼女は一瞬足をとめた。

 マリエルはとっさに上体を起こしかけたが、彼が何か言う前に、ケイトの気配はそこから離れて、足早に玄関から外に出ていった。

 やがて、車のエンジン音が聞こえた。

「ケイト…」

 発進したケイトの車が自宅の前の砂利道をゆるやかに降りていくのを、マリエルは絶望的な気分で聞いていた。

(錯覚に過ぎなくても…私はやはり、あなたのことが少し好きだったのかもしれない。何ということだろう、生きている人に惹かれることなど、もう2度とあるまいと思っていた…ドクター・ジョーンズの時は、まだ私にも自分の性向に確信があったわけではなかったから、あの人に覚えた親しみを恋だと思っても無理はなかった。けれど今は、私は自分をよく知っている。死の世界とは全く無縁そうな、明るく健やかなあなたに私が惹かれるなど信じられない。…ああ、でも、そんなことを今更思ってみても仕方がない。あなたは行ってしまって、もう二度と戻ってくることはないのだから。してみれば、やはり私は生きている人とは縁が薄いということなのでしょうね)

 自嘲的な笑いが、マリエルの薄い唇に漂い、消えた。

 彼はそうしてほとんど明け方近くになるまでぐったりとソファの上に横たわったまま、説明しがたい虚脱感に浸りつづけた。

 窓の外が少し明るくなってきたことに気付いて、マリエルがようやく起きあがり、熱いシャワーを浴びて身支度を整える気になったのは、依頼された仕事を最後までやり遂げなければというプロ意識からだった。

 やがてポールが真新しい棺と共にここに現れれば、サミュエルを納棺し、彼に最後の別れを告げる為に待ちうけている人達のもとに送り出さなければならない。

 例え明るい朝の光の中であろうとも、マリエルの完璧な仕事は、少年を死しても尚生きているかのごとく生き生きと鮮やかに見せることだろう。

 しかし、作業所のゲストルームで、最後のメークを施すためにサミュエルの顔を覗き込んだ時、マリエルは我にもあらず愕然となったのだ。

 艶やかな黒い髪。あどけない表情。楽しい夢でも見ているかのように微笑を湛えた唇―。

 マリエルは少年を呆然と見下ろしたまま、不安にかられたように頭をかきむしった。

(少し、あなたに似ていませんか?)

(そ、そう‥?)

(笑った感じがね)

 どうして、気づかなかった? 

 マリエルは慄いたように遺体から離れると、壁に背中を押し付けるようにして、しばし喘いだ。

 マリエルが持てる技術の全てを注ぎ込んで作り出したサミュエルの瑞々しい表情は、そう、どこかケイトに似ていたのだ。

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