お芝居なんです……とは言えないっ!
校舎裏にある森の奥、木々の隙間を潜り抜けて少し歩いた先にある開けた一画。
普段は人気が全く無く、存在を知る者も僅かなこの場所で、私と婚約者のオーギュスト様の二人は現在修羅場を演じております。
……この言い方だと本当に揉めていると誤解されますね。
失礼、私どもは文字通りの意味で修羅場を「演じて」いるのです。
「『ええい汚らわしい! 俺に近づくなっ!』」
キリリッとした強い眼差しで私を睨んでくるオーギュスト様。まるで本当に私を嫌っているかのよう。彼がこんなに演技がお上手だったなんて初めて知ったわ。
――おとと、いけない。次は私のセリフだわ。オーギュスト様に見惚れていないでちゃんとやらないと。
“愛読書”は一応このシーンのページを開いた状態で手に持っていますが、内容は全部頭に入っていますので、見返す必要はありません。そらで全セリフを言えますわ。
「『どうしてですか、私はこんなにも貴方を愛しているというのに!?』」
……ちょっと棒読みかしら? 声も思うように出ませんし。
セリフは憶えていても演劇は初めてだから上手にできないわ。オーギュスト様も心なしか笑っていらっしゃるようで恥ずかしいです!
でもやりたいと言い出したのは私なんだから、最後までやりきらないと!
「『愛だと? ふん、白々しいっ! お前の目的は我が家の財産だろう!」』
「『な、何を根拠に……』」
「『子爵家が抱えている莫大な借金のことは調べがついている。性根の腐ったお前のことだ。おそらく私との子を産んだあとに毒でも盛って私を排除し、我が家を乗っ取るつもりだったのだろう?」』
「『…………』」
セリフを忘れたわけではありませんよ?
このシーンは企みを見抜かれた悪役令嬢が悔しさで歯噛みをする場面なのです。
なので私は精一杯ギュッと唇を噛み締めてオーギュスト様を睨んでます。
「ブフっ、『図星か。見下げ果てた女だな』」
……オーギュスト様、いま私の顔を見て笑いましたか?
「こほん。……『二度と俺の前に姿を見せるな。俺には真に愛する者がいるのだ!』」
誤魔化すような咳払いをしたオーギュスト様は、最後のセリフを言い切ったあと私に背を向けて歩き出します。
スタスタと振り返ることなく前進し、近くの木の裏へ。ここからは私の一人舞台です。
「『許せない。あの男、この私を見下した目で見たわ。しかも言うに事欠いて“愛”ですって? そんなものが何の役に立つというの? バカバカしいにも程があるわ!』」
本だとここで持っていた扇子をへし折るのですけど、本物は使いたくないので今回はその辺に落ちていた小枝で代用です。
「えいっ!」――ガサッ!
うん、ペキっといい音がしましたが……はて、枝を折る音に紛れて後ろの方からガサリと何かの足音が聞こえたような?
ここに来る生徒はまずいないはずですし、動物でしょうか?
クマとか野犬とか危険な生き物はいないはずですが……まあいいです。気のせいかもしれませんし、お芝居を続けましょう。
「『しかもよりによってあの女――田舎男爵家のぽっと出が私から彼を奪うというの? 鈍臭くて顔もパッとしないあの小娘が? 周りに愛想を振り撒くしか能がないくせに? ……泥棒猫め、絶対に許せないわ』」
懐からガラスの小瓶を取り出して掲げます。中は空っぽですが、このために持ってきました。
作中では、ちょっとでも吸い込んでしまったら激痛に苛まれながら発狂して死んでしまうという危険な猛毒が入っているという設定です。
「『どうやらこれを使うしかないようね。この粉末をほんの少しでも吸い込めばもうお終い。正気を失ってのたうち回るあの子の顔を見た時、彼がどんな表情をするか、今から楽しみだわ!』」
そして高笑いをして一幕が終了。
舞台でしたら暗転が入る場面ですわね。
因みに物語だとこの後は悪役令嬢がヒロインの毒殺を試みるも失敗。捕まって処刑され、愛する二人は結ばれるという素晴らしいストーリーとなっております。
「おーっほっほっほ!」――ガサガサッ!
また足音が聞こえた気がします!
……やっぱり動物がいたんですわね。ちょっと驚きましたけど、逃げたなら構わないでしょう。
ひとしきり笑い声を上げ終わると、木の裏からオーギュスト様が出てこられました。
「素晴らしかったよ、アシュリー。キミは名女優だ」
「嫌ですわ、そんな心にもない褒め言葉。笑ってらしたくせに」
すっかりいつもの優しいお顔に戻ったオーギュスト様。あのキツイ眼差しもドキドキしましたが、やはり私はこちらの方が好きです。
……でも偶にはあんな目もいいかも。罵倒されるのもなんか胸がキュンとしましたし、学園を卒業して予定通りオーギュスト様と結婚したら、ちょっとお願いしてみようかしら……なんて。キャーーーッ!
……失礼。妄想が少しばかり溢れました。
「ははは、ごめんよアシュリー。でも初めて芝居というものをやってみたけど面白いね」
むぅ、雑に話題を逸らしましたね。
でもまあ別に怒っていたわけではないので構いませんことよ。
「そうですわね。新鮮でした。またやりたいです」
「いいね。ぜひやろう」
「はいっ!」
本当に楽しかったですわ。
私たちの愛読書「」『ユリコスの花を君に』。この本の一節を二人で演じてみようとお誘いして正解でした。
私とオーギュスト様だけでできるシーンをと考えたら「悪役令嬢が企みを看破される」という場面をやることになりましたが、結果として彼の普段見れない表情を見れたので万々歳です。
「……最初この本を読んでいることをオーギュスト様に知られた時はもうお終いだと思いましたわ」
私は手に持っていた本を見せながらそう言いました。
この本のような愛憎渦巻く苛烈な恋愛模様を描いた小説は庶民の間でこそ流行しておりますが、女性の従順さや貞淑さが求められる我々貴族社会では俗悪かつ醜悪な悪書として唾棄されております。
お父様もお母様も、私がこのような本を愛読していると知ったらおそらくひっくり返るでしょう。
なので偶然オーギュスト様に本を見られた時は、冗談抜きで品性下劣な娘として婚約破棄されることまで覚悟したものです。
ですが神は私を見捨ててはおられませんでした。
なんと、私の本を見たオーギュスト様は、自分も恋愛小説が好きで家族に内緒で読んでいると告白してくれたのです!
以来わたしたちは秘密の趣味を共有する者同士、前よりずっと仲良くなれました。
「アシュリーが廊下で躓いたはずみで鞄の中から本が飛び出てきたんだったよな。あれは俺もビックリした。でもそのお陰で俺たちはもっとお互いを理解できたんだと思う。きっとあれは神様の思し召しだったんだろうね」
「はい、私もそう思います」
ああ、オーギュスト様の笑顔を見ていると胸がポカポカします。
私はこの本に登場する悪役令嬢と同じ子爵家の娘ですが、愛する人と一生を共にできて本当に幸せ者です。
◇◇◇◇◇
「アシュリーさん、その……実はあなたの良くない噂を小耳に挟んだのだけど……」
「へっ?」
ある日の放課後、私の従兄弟であるフレアさんが学生寮にある私の部屋を訪ねてきて、気まずそうにそのようなことを言ってきました。
フレアさんは母方の従兄弟で、私と同い年の女の子です。今は同じ学園に通い、クラスメイトとして仲良くしていただいております。
彼女とは幼い頃から付き合いがあり、よく知っている相手ではありますが、今日ほど深刻そうなお顔をされているのは初めて見ます。
私の良くない噂とは、なんでしょう?
生活態度には気をつけておりますので身に覚えはないのですが……もしかして愛読書がバレたとか?
この学園に通っている学生は、貴族や高位聖職者といった上流階級の子息ばかりです。当然、平民が好んで読んでいるような恋愛小説は非難の対象であります。
バレたら教師の皆様から叱責されるだけでなく、全校生徒から軽蔑され、貴族社会に居場所がなくなってしまいます。
(マズイですわ! いったい何処で……いえ、まだそうと決まったわけではありませんわ! 焦ってはダメよ、アシュリー。ここで狼狽えたら後ろめたいことがあると自白するようなもの。平常心を装うの。演技ならこの間オーギュスト様とやったじゃない!)
下手をするとここで私の今後の進退が決まってしまいます。17年の人生の中で最大のピンチと言っても過言ではありません。
オーギュスト様との未来を守るため、なんとしても乗り切らないと!
私はゴクリと唾を飲み込み、さも初耳ですといった表情と喋りを意識しました。
「えっ、ええ〜? 噂ってなんですかぁ〜? わからないですー」
「アシュリーさん、顔が引き攣っておりますけど……」
「そ、そうですか? 気のせいではっ?」
くっ、大根役者の自分が憎いっ!
とぼけようとしたら墓穴を掘ったわ。フレアさんがすっごい訝しげな目で私を見てる!
台本があるならまだしも、アドリブは私には難易度が高かったみたいだわ!
「アシュリーさん、アナタまさか本当に……」
「え、ええと……」
落ち着いて。まだ大丈夫……のはずですわ。
とにかくまずはその“噂”とやらを聞き出さないと先に進みません。切り替えていきましょう。
「いきなり変なことを言われたのですから動揺くらいします! それよりも良くない噂ってなんですか? 私、まったく身に覚えが無いですわよ?」
早口で捲し立ててフレアさんに詰め寄ります。誤魔化せたとは思いませんが、こう言うしかないです。
「ご、ごめんなさい。そうよね。動揺しますよね」
彼女も、半信半疑のご様子ですが表面上は納得してくれました。
さて、肝心の“噂”についてです。
「実は、クラスメイトのマリアさんとリリィさんが、校舎裏の森の中でアシュリーさんがグレンバーグ様の姿を見たと言っていたの」
「…………」
背中から汗が吹き出すのを感じました。
グレンバーグとはオーギュスト様の家名です。しかも校舎裏の森となればあの時しかありません。
(この間やったオーギュスト様との遊びを見られていた!? そういえば途中足音が聞こえた時があったわ! あの時の足音がマリアさんとリリィさんだったのね!)
非常にマズイです。
あの時、私たちは本を手にしてました。マリアさんとリリィさんにそれを見られていたとしたらアウトです。
凍りついた私の反応をどう捉えたのか、フレアさんは躊躇うように続きを語ります。
「それでその……リリィさんが言うには、森の奥からアシュリーさんとグレンバーグ様が大声で言い争う声が聞こえてきて、気になって二人で行ってみたそうなの」
あんな森の中に女性二人で何をしに足を運んだのかと問いただしたい気持ちはありますが、現在の私の心境はそれどころではありません。
物語の中の悪役令嬢が断罪される時の気持ちが今ならよく理解できます。
しかし、半分魂が抜けかけながら聞いていると、話は予想外の方向へ進み始めました。
「怖いからリリィさんたちは少し離れていた所に隠れて聞いていたらしいのだけど、その場所までグレンバーグ様の声が断片的に聞こえてきたそうなの。それで……その……『我が家を乗っ取るつもりだろう』とか『俺には真に愛する者がいるのだ』とグレンバーグ様がアシュリーさんにおっしゃっていたとか……」
「へっ?」
もしかして演劇だと思われていない?
少し離れていた場所から聞いていたから本当に喧嘩していると思われたの?
困惑しながら聞いていると、話はどんどん事実とはズレていきます。
「それからすぐにグレンバーグ様のお声が聞こえなくなったので、二人はアシュリーさんにこっそり近づいたそうなの」
オーギュスト様が舞台裏(木の裏)に隠れた時ですわね。……確かに足音らしき物音を聞いたのもその時でしたわ。
ということは私が一人で演技しているところをはっきり見られた?
ええとあのシーンのセリフは――
「そうしたらアシュリーさんが激怒しながら何かをへし折り、『田舎男爵家のぽっと出』とか『周りに愛想を振り撒くしか能がない泥棒猫』とか言っているのを聞いたそうなの。……しかも懐から、少しでも吸い込んだら正気を失いのたうち回りながら死んでしまうという恐ろしい毒薬が入っている小瓶を取り出していたとも言っていたわ」
そうそう。そのようなセリフでしたわ。
――って、
(えっ? 私いま男爵令嬢毒殺未遂疑惑が持ち上がっていますの?)
とんでもない誤解です!
私そんな事など計画していませんし、そもそもあれはお芝居です! ……とは言えません。
もし正直にフレアさんに「それはオーギュスト様とお芝居をしてただけなんです」と話せば、証拠として『ユリコスの花を君に』を見せないわけにはいかなくなるでしょう。
そうなれば私の貴族生命は終わるも同然。オーギュスト様にもご迷惑をかけてしまいます。
かと言ってこのまま誤解が広まれば、あの本の中の悪役令嬢のように断罪されてしまうでしょう。事実無根の罪で!
フレアさんが意を決した様子で聞いてきます。
「リリィさんたちは怖くなってそこで逃げ出したらしいけど……アシュリーさん、本当にそのような悍ましい計画を企んでいるの? そのような事をしても誰も幸せにならないわ!」
フレアさんは芯の強い子です。仲の良い従兄弟が道を踏み外そうとしていると聞き、説得するために私の部屋へと訪れたのでしょう。
全部誤解ですがっ!
「え、ええと……」
「アシュリーさん、振られたからって恋敵を毒殺なんて止めて! 今ならまだ間に合います。どうか考え直してください!」
フレアさんは真剣に私のことを考えてくれておりますが、だからといって本当の事も話せませんわ。
となれば嘘をつくしかないでしょう。リリィさんとマリアさんが聞いたことを否定せず、かつそれが勘違いだったという都合の良いストーリーを考えるのです。
あのお二人がどこまでこの話を広めたかはわかりませんが、早急に否定しなければいけないのは間違いありません。
そのためにも今この場で捻り出さねば!
「アシュリーさん、アナタが言っていた『泥棒猫』ってどなたなの? その人を害するなんて止めてちょうだい」
フレアさんが架空の男爵令嬢について尋ねてきます。
そんな泥棒猫なんて何処にもいません。強いて言うなら本の中です。
ジワリと滲む手汗が気持ち悪いです。
(焦ると考えがまとまりませんわ。あああどうしましょう。でまかせで適当な名前も言えません。泥棒猫なんていてはいけないのだから。……はっ、そうだわ! 猫よ! 猫がいてはダメなのよ!)
その時、私の脳裏にイナズマが走りました。
正直このストーリーでいけるかはわかりません。ですが目の前にこちらを疑うフレアさんがいる以上、ゆっくり考えている時間はありません。
出たとこ勝負でやるしかないのです。私の貴族人生を賭けて!
「フレアさん、猫は猫です! 貴族のご令嬢なんかではなく、本物の猫のことなんです!」
私は大声でフレアさんにそう言いました。
落ち着いて話そうとしても私は演技が下手です。ならもう勢いで誤魔化すしかありません。
じゃないと絶対嘘がバレますわ!
「ア、アシュリーさん? それはどういう……?」
「だから“泥棒猫”は猫なんです! 確かにあの日、私とオーギュスト様は校舎裏の森で喧嘩しておりました。ですがそれは、私という婚約者がいながらオーギュスト様が別の人を愛していたとかそんなドロドロした話ではなく、私たちが結婚した後にペットとして何を飼うかということで喧嘩をしていただけなんです!」
我ながらメチャクチャな言い訳ですが、これを真実にしないと私に明日はありません。
フレアさんが面食らっておられる内に押し切ります。
「ペ、ペット?」
「はい! でもオーギュスト様ったら酷いんですよ! 私が犬を飼いたいと言ったのに、あの人は猫しか認めないとおっしゃるの! 知ってらっしゃる? オーギュスト様は、ご実家でお飼いになっている、地方の男爵家から譲り受けたという雌猫にメロメロなのよ。これを泥棒猫と言わず何と言うの!?」
私たちは犬と猫とどっちがいいかで喧嘩していただけ。
幸い本は見られていないみたいですし、この設定で乗り切ります。
あとはリリィさんたちが聞いたというセリフに状況を合わせます。
「確かに私は結婚後に犬を飼って、子供たちを犬派にする計画を練っていたわ。でもそれを『乗っ取る』だなんて表現することないじゃない! しかもオーギュスト様ってば『自分は犬派に洗脳されない。俺には真に愛する者がいるのだ』とかおっしゃって……自分があのメス猫にいいように使われてるだけって気づいていらっしゃらないんだわ。主人に忠実な犬と違って、猫は餌をくれる者になら誰にでも尻尾を振る尻軽なの! ……あらゴメンなさい。汚い言葉を使ってしまったわ。でもフレアさんもそう思いますよね?!」
「は、はい……ソウデスワネ」
大袈裟な手振りまで加えて、いかに自分が憤っているかを表現します。
下手な演技がバレないように必死なせいか、私はかなり取り乱しているように見えることでしょう。
フレアさんもかなり引いていますし、明日から私のあだ名は「犬狂い」になっていてもおかしくありません。ですかその程度の代償なら軽いものです。
「じ、じゃあリリィさんが見たという小瓶は?」
「それは……」
フレアさんが一番難しいところを指摘しました。
私の言ったセリフはほとんどマリアさんとリリィさんに聞かれていることでしょう。
私は頭の中で悪役令嬢のセリフを思い出します。本の内容なら全部覚えているので簡単です。
(扇子を折った後からですから……主に毒薬の効果を説明しているセリフですわね。それなら……)
私は、小瓶の中身を猫が大好きなアレだということにしました。
「小さく折ったまたたびの枝を入れておくための小瓶ですわ」
「またたび?」
「ええ、そうです。猫が大好きなまたたびです」
猫繋がりでパッと思いついたものを口にしましたが、かなりいい線いってそうです。
これなら強引に帳尻を合わせることができるかもしれませんわ。
「その粉末さえあれば猫は酔っ払って正気を失い悶えます。オーギュスト様のご実家の泥棒猫に何度もまたたびを与えれば、あの尻軽猫はいとも容易く私に懐くでしょう。またたび欲しさにオーギュスト様を捨てて私に媚を売るメス猫を見れば、あの人も二度と猫との間に愛があるだなんて妄言を吐かないはずですわ!」
「ううん……そう……だといいですわね?」
力強く言い切ると、フレアさんがすっごく微妙なお顔をされました。
猫への嫉妬で頭がちょっとアレになっていると思っておられるのでしょう。
ですが、それはつまり彼女を言いくるめられたということ。
友情にはヒビが入ったかもですが、それは長い年月をかけて修復しましょう。
私は賭けに勝ったのですわ!
「それでアシュリーさん、そのまたたびが入った小瓶とはどちらにあるのですか?」
「……はい?」
「いえ、アシュリーさんのお話が本当でしたらその小瓶があるはずですわよね? 見せてくださいませんか?」
……どうしましょう。まさかここにきてボロを出してしまうなんて。
私、またたびなんか持ち合わせておりませんわ。
「ええと、確かお洋服のポケットだったかしら?」
くっ、もうこうなったら小瓶はなくしたことにするしかありませんわ。
私はクローゼットの中を探すフリをしながらフレアさんにも探してもらうようお願いします。
「あ、あれー? 見つからないなぁ。どこでしょう? フレアさんも探してくださいますぅ?」
「なぜまた棒読みに……まあ、はい、私も探しますわ。机の引き出しとか開けてもよろしいかしら?」
「ええ、どうぞ」
よしっ、これでしばらく存在しないまたたび瓶を探して、キリのいいところで諦めましょう。
見つかったらマズイ恋愛小説は全部クローゼット内にある鍵付きの箱にしまっていますから安全です。
(これで完璧……はて、何かを忘れているような……?)
なぜでしょう、すごく嫌な予感がしますわ。
愛読書と同じくらい見られたらマズイものがあったような……あっ!
「あらっ、原稿用紙が沢山あるわ。500枚くらいかしら? 論文……いえ小説ね」
「ああああーーーっ!! フレアさんそれはダメですーーーっ!!」
「なになに『オーギュスト様は私の手を取り強引に引き寄せ』……ってこれは!」
「いやあああああーーーーーっ!!」
私が密かに書いていたオーギュスト様との妄想小説をバッチリ見られてしまいましたわ!
誰にも見せずにいづれ処分するつもりだったのに、失念してましたわ。これ以上読まれる前に取り上げないと!
「それを読まないでください! 違うんです! 誤解なんです!」
「アシュリーさん、落ち着いて! 私は別に――」
私は半狂乱になってフレアさんから原稿を奪おうとしますが、ここでもう一つ大事なことを私は忘れてました。
それはここが学生寮であり、淑女に相応しくない騒ぎを起こしているとお叱りにくる方がいらっしゃるということです。
「さっきから喧しいですよ! アナタたち、これはいったい何の騒ぎですか!」
私の悲鳴を聞きつけた寮監様が合鍵を使って部屋のドアを開けました。
その周囲には騒ぎを聞きつけた他の寮生の皆様もご一緒です。
「マ、マダムこれは――あっ!」
「あっ!」
原稿を手にわちゃくちゃしていた私たちは寮監様の怒声に驚き、持っていた原稿をバラけさせてしまいました。
「あーーーーーっ!」
散らばった大量の原稿は部屋中に。
「なんですか、これは?」
寮監様は当然の権利とばかりにその一枚を手に取って読み始めます。
しかも彼女だけではなく、野次馬根性全開で部屋に入ってきた寮生の皆様もそれぞれ私の小説を手に取るではありませんか!
「やめて! 読まないで!」
「ミス・アシュリー、この『オーギュスト様』というのは?」
「マダム、おそらくこの人物はアシュリーさんの婚約者のグレンバーグ様のことかと」
「ええっ!? じゃあアシュリーさんったら自分と婚約者とのお話を書いてらしたの?」
「日記……ではないわよね。ここ数年で流星雨は観測されておりませんし……」
「まあ、こんな大胆な!」
「見て、こちらも凄いわよ!」
散らばった原稿は次々と人の手に渡り、回し読みまで始まりました。
もういっそ殺してほしいです。
ある意味、恋愛小説を読んでいることがバレるよりキツイ社会的な死を味わっている気がします。
羞恥と絶望でへたり込む私に、寮監様は言いました。
「こほん。ミス・アシュリー、趣味は自由ですが騒ぎを起こすのは感心いたしません。罰としてミス・フレアと共に反省文の提出を命じます。そうですね……たったの3枚で結構です。これだけの文章を書けるアナタでしたら簡単でしょう?」
「はい、マダム……」
◇◇◇◇◇
結果、この件が全校の女子生徒の間に広まり、それに付随する形で私がでっちあげた校舎裏の“真相”も伝わったことで疑惑は無事に晴れました。
皆さん、婚約者とのラブラブ妄想小説を書き溜める人ならそりゃ猫にも本気で嫉妬するでしょうねと納得されたようです。……私の人格が大きく誤解されていますが、最悪の事態は避けられたのですから、それだけが幸いと言えるでしょう。
実際、口の軽いマリアさんとリリィさんは既に結構な人数に話をしていたらしく、オーギュスト様のところまで噂が届くまであと少しという状況のようだったみたいです。
そうなっていれば話はもっとややこしくなっていました。
つくづく早めに鎮火できて本当に良かったですわ。
あっ、もちろんオーギュスト様には口裏を合わせてもらうよう頼んでありますよ。
実際オーギュスト様のご実家には猫がいるので、不審に思われることはないでしょう。
私がちょっぴり過激な妄想恋愛小説を書いていたことを問題視なされる教師もいたのですが、小説を精査(身投げしたくなりましたわ)をした結果、相手役が婚約者のオーギュスト様のみであったことから、“将来の結婚相手への情熱が溢れただけ”と判断され、不問となりました。
それと、学園による確認の過程でオーギュスト様にも私の書いていた小説は読まれてしまっています。
彼は笑って「素敵な文章だったよ」とおっしゃってくださいましたが、羞恥でどうにかなってしまいそうです。神様、私はそこまで罪深いことをいたしましたでしょうか?
もう涙も枯れ果てましたわ……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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