第六話『市場における好意の価格変動と、在庫管理としてのデート』
翌朝。 枕元の妖精(監視カメラ)は、起きた瞬間に無言で握りつぶした。 魔力構成を逆算し、指先一つで霧散させる。感情はない。ただ「プライバシー侵害」という不要なプロセスを終了させただけだ。
「……おはよう、リーダー! 今日は非番だし、買い物行こうよ!」
ロビーに降りると、ミリスが元気に飛びついてきた。 昨夜の侵入行為など無かったことになっている。思考回路が単純で助かるが、学習能力の欠如は懸念事項だ。
「おはよう、ミリス。……そうだね、ポーションの在庫が心もとない。補充が必要だ」
僕は最適解を返す。 「デート」という単語を使えば、アリアとルナリアが参戦し、泥沼化する。 あくまで「備品調達」という業務フローとして定義づける。
「えー、また仕事の話ー? ま、リーダーと一緒ならなんでもいいけど!」
ミリスが腕に絡みつく。 体温、心拍数、呼気中のフェロモン濃度。すべてが「好意」を示している。 理解不能だ。なぜ有機生命体は、こうも非効率な接触を好むのか。歩行速度が低下するだけなのに。
「あら、レン様。お出かけですか? 奇遇ですね、私も丁度、魔導具の手入れ用品を買いに行こうと思っていたんです」 「私も行きます。レンさんの護衛は聖女の務めですから」
案の定、ルナリアとアリアがシュバっと湧いて出た。 「奇遇」という確率論を無視した発言。監視されていたことは明白だ。
(……同行者3名。移動効率低下予測、40%。だが、単独行動による追跡リスクを考慮すれば、視界内に置いて管理する方が安全か)
僕は瞬時に計算を終え、表情筋を「快諾」の形にセットした。
「それは頼もしいな。みんなで行けば、きっと素晴らしい時間になる」
口から出る音声データは、完璧な「優しい彼氏」のものだ。 中身はただの事務処理だが。
◇
市場は喧騒に包まれていた。 色とりどりの果物、焼きたての肉の匂い。 女性陣のテンションが上がり、制御不能な動きを見せ始める。
「見て見てリーダー! この髪飾り、可愛くない?」 ミリスが露店の商品を指差す。 銀細工の安物だ。防御力補正なし。魔力付与なし。実用性ゼロのガラクタだ。
「……可愛いね。でも、ミリスの輝くような金髪には、銀よりも金のほうが似合うと思うな」
僕は0.5秒で回答した。 「買わない」という拒絶を、「君にはもっといい物が似合う」という賞賛に変換して出力。 これで出費を防ぎつつ、好感度低下も回避する。
「うっ……! 金のほうが似合うって……そ、そうかなぁ? リーダーがそう言うなら……えへへ」 ミリスは単純だ。チョロい。処理完了。
「レン様。あちらに、カップル限定の割引ランチがありますわ」 ルナリアが腕を引く。 彼女の狙いは「既成事実作り」だ。公爵令嬢としてのプライドよりも、独占欲が優先されている。
「魅力的だね。でも、僕は君たち3人の誰一人として、不公平に扱いたくないんだ。……全員が僕にとって『一番』だからね」
論理破綻した詭弁だ。 「全員一番」=「全員どうでもいい」と同義だが、彼女たちのフィルターを通すとこうなるらしい。
「っ……! 自分の欲望よりも、私たちの公平さを……! なんてお優しいの……!」 ルナリアが感極まって涙ぐむ。 なぜだ。普通に考えれば「二股野郎」の発言だぞ。バグか?
「レンさん、これ……」 アリアがおずおずと差し出してきたのは、手作りの刺繍が入ったハンカチだった。 いつの間に作ったんだ。
「……お守りです。私の祈りを込めておきました」
鑑定。 『アイテム:聖女の愛重きハンカチ』 『効果:即死回避(低確率)、呪い耐性(中)、※装備中、外そうとすると着用者に激痛が走る』
呪いのアイテムだ。 祈りの質量が物理的な拘束力を持っている。
「ありがとう、アリア。……君の温もりを感じるよ」
僕は迷わず受け取り、胸ポケット(インベントリ)にしまった。 装備はしない。絶対にだ。あとで焼却炉で適切に処分する。
「はぁ……レンさんが私のハンカチを胸に……心臓に近い場所に……!」 アリアが恍惚の表情で崩れ落ちる。
(……タスク消化率、100%。ポーション購入完了。全員の機嫌取り(メンテナンス)完了)
僕は市場の真ん中で、虚無の瞳で空を見上げた。 疲労はない。ただ、虚しいだけだ。 なぜ僕は、世界を救う力で、こんな茶番劇の脚本を回し続けているのだろう。
「さあ、みんな。そろそろ帰ろうか。……君たちとの時間は、時が経つのを忘れさせるね」
「うんっ! 楽しかったねリーダー!」 「はい、レン様♡」 「幸せです、レンさん……」
彼女たちは満面の笑顔だ。 僕の表情も、完璧な笑顔だ。
ただ、僕の脳内ログにはこう記録されただけだ。
『本日の業務:終了。成果:現状維持。経費:笑顔0円。……非生産的だ』




