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『道化師の仮面は、硝子(ガラス)でできている』  作者: 沼口ちるの


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第五話『聖域崩壊(サンクチュアリ・クラッシュ)~僕の部屋は会議室じゃない~』

宿屋「金獅子亭」の二階、一番奥の部屋。 ここが、僕の世界のすべてだ。


「……ふぅ」


重厚な扉を閉め、鍵をかけ、さらにその上から魔法的なロック――『物理遮断』『音響遮断』『認識阻害』の三重結界を展開する。 これで、核兵器が直撃してもこの部屋の静寂は守られるはずだ。


僕は、一日中張り付かせていた笑顔を、能面のように剥がれ落とす。 ドロドロに疲れた脳みそが、ようやく冷却クールダウンを始めた。


「……他人の視線がない。他人の声がない。……素晴らしい」


ベッドに倒れ込む。 天井のシミの数を数える。1、2、3……。 この無意味で生産性のない時間こそが、僕の精神を修復する唯一の資源リソースだ。


あと10分。いや、贅沢は言わない。5分でいい。 誰にも邪魔されず、ただ呼吸をするだけの有機物でいたい。


――ガチャリ。


乾いた音が、静寂を切り裂いた。


「……は?」


僕の思考が停止する。 鍵? かけたはずだ。 魔法結界? 展開済みだ。ドラゴンでも破れない強度のはずだ。


音もなく扉が開き、隙間から「にゅっ」と茶色い髪の頭が入ってきた。


「へへっ、お邪魔しまーす! リーダー!」


盗賊シーフのミリスだ。 彼女の手には、ピッキングツールらしき針金が握られている。


「……ミリス?」


僕は瞬時に表情筋に電流を流し、0.2秒で「驚きつつも歓迎する優しいリーダー」の顔を作成する。 内心では、緊急警報が鳴り響いている。 (警告:セキュリティ突破。盗賊スキル『鍵開け』Lv.MAXを確認。なぜその才能を迷宮探索以外で使う?)


「ごめんね、夜遅くに! でも、どうしてもレンの顔が見たくなっちゃって!」


彼女は悪びれもなくベッドの縁に座る。 パーソナルスペース侵害率、80%。


「……そうか。僕も、君の笑顔が見られないと寂しいと思っていたところだよ」


嘘だ。今は壁のシミの方が恋しい。


「えへへ、やっぱり? 私たち、通じ合ってるよねー」


彼女が身を乗り出した、その時だ。


「――泥棒猫。そこを退きなさい」


窓際から、氷のような声が響いた。 カーテンが揺れ、黒い霧とともにルナリアが実体化する。 (侵入経路:『影渡り(シャドウ・ウォーク)』。空間転移魔法の無駄遣いだ)


「なっ、ルナリア!? あんたいつからそこに!?」


「レン様が部屋に入った瞬間からよ。彼の寝顔を一番に見るのは私だもの」


ストーカーだ。完全に犯罪者の思考だ。


「あらあら、皆さんお揃いで。……抜け駆けはいけませんよ?」


さらに、扉の向こうから、合鍵を持った(おそらく宿の主人を買収した)聖女アリアが、満面の笑みでお茶セットを持って現れた。


……終わった。 僕の聖域サンクチュアリは、今や「地獄の女子会会場」と化した。


僕の脳内CPUは、すでにオーバーヒート寸前だ。 「帰れ」と言いたい。 「一人にしてくれ」と叫びたい。 だが、そんなことを言えば、今日一日積み上げてきた「理想のリーダー像」が崩壊し、面倒な「なぜ?」「どうして?」という感情のケア作業が発生する。


ならば、やることは一つ。 この場を「健全な作戦会議」という定義フレームに押し込み、最短時間で解散させることだ。


「はは……みんな、熱心だね。明日の攻略について語り合いたかったのかい?」


僕はベッドから起き上がり、爽やかに言った。


「え? あ、うん! そうそう! 作戦会議!」 「そ、そうですわね。今後の……配置について、とか」


彼女たちも、まさか「夜這いに来ました」とは言えず、僕の提案に乗っかってくる。


「よし、なら手短にいこう。睡眠不足はお肌の敵だからね(早く帰れ)」


僕はそこから、完璧な司会進行ファシリテーター役を演じた。 アリアの回復のタイミング、ミリスの索敵範囲、ルナリアの火力調整。 事務的な会話を、甘い声と優しい相槌でコーティングし、あたかも「楽しい団欒」であるかのように演出する。


「……ふぅ。これで明日は完璧だね」


1時間後。 ようやく話がまとまり、解散の流れになった。


「それじゃあ、おやすみ。みんな、夢で会おう」


最高のキメ顔で送り出す。 彼女たちは名残惜しそうに、しかし満足げに部屋を出て行った。


パタン。 扉が閉まる。


僕は即座に再び三重結界を展開し、さらに机と椅子を扉の前に積み上げた。 物理封鎖だ。もう誰も入れるものか。


ベッドに倒れ込む。 疲労度は限界を超え、指一本動かせない。


(……一人の時間。……やっと……)


安堵とともに意識が闇に落ちようとした、その瞬間。


『ボフンッ!!』


枕元で煙が上がった。 使い魔の召喚? 敵襲?


煙の中から現れたのは、小さな、手のひらサイズの妖精ピクシーだった。 ルナリアの使い魔だ。


『レン様、おやすみなさい♡ 監視みまもっていますわ♡』


妖精が、ルナリアの声で喋った。


「…………」


僕は無言で枕を顔に押し当てた。


叫ばない。暴れない。 ただ、静かに涙を流す。 どうやらこの世界には、僕が隠れられる場所など、どこにも存在しないらしい。


『現在のストレス値:限界突破』 『獲得スキル:【不眠耐性】【諦観】』


僕は天井のシミを数えるのをやめ、虚ろな目で朝が来るのを待った。

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