第十六話『魔境の休日、あるいは所帯じみた暗黒帝国』
アッシュトン城、日曜日の朝。 そこにあるのは、淫靡な空気など微塵もない、**「大家族の朝食戦争」**だった。
「おい、誰だ! 私のプロテイン入りミルクを飲んだのは!」 ヴェルミリアが冷蔵庫の前で吠えている。寝癖がすごい。
「あら、ごめんなさい。……でも、私の『高級美容液』を勝手に捨てたのは誰かしら?」 ルナリアが包丁を研ぎながら笑顔で殺気を放つ。
「あ、それ僕が『腐った水』だと思って捨てちゃった」 キロが食パンを齧りながら白状する。
「……キロ。後で屋上へ来なさい」 「ひぃッ!? ジムニー助けてぇ!!」
「騒ぐな!! 今、レン殿のコーヒーを淹れている最中です!!」 ジムニーがエプロン姿でフライパンとポットを同時操作している。完全に「オカン」の動きだ。
◇
そんなカオスなダイニングの端で、レンは死んだ魚のような目でコーラを啜っていた。
(……うるさい)
「義務」だの「契約」だのカッコいいことを言ったが、結局のところ、生活を共にするということは、こういう**「生活音」**が増えるということだ。
「……平和だね、理事長」 隣で、カレンが新聞(経済紙)を読みながらコーヒーを飲んでいる。6歳児の貫禄ではない。
「……カレン君。君の家(学校の寮)は静かでいいな」 「いいえ。母が朝から『掃除機の最適なかけ方』について講義をしているので、こちらに避難してきました」
「……パパ、これあげる」 反対隣では、ゴウが自分の皿からピーマンをレンの皿に移していた。
「……ゴウ。好き嫌いは良くないぞ」 「レンも、にんじん、のこしてる」 「……チッ。バレたか」
レンは渋々、ゴウのピーマンと自分のにんじんを交換した。 魔王と恐れられる男と、次代のホープによる、低レベルな野菜の押し付け合いだ。
◇
食後。 レンはソファで二度寝を決め込もうとしたが、そうはいかなかった。
「レン様、大変です!」 アリアが血相を変えて飛び込んできた。
「……何? 敵襲?」
「いいえ。……**『分別』**です」
アリアが指差した先には、ゴミ捨て場があった。 そこには、周辺諸国から貢がれた「呪いの魔剣」や「ドラゴンの骨」、「謎の魔法薬」などが無造作に積み上げられている。
「キャシーさんから『ゴミの分別が甘い』と激怒されました。……魔剣は『燃えないゴミ』なのか『粗大ゴミ』なのか、それとも『危険物』なのか……教義にも載っていません!」
「……知るかよ。全部『燃やす』でいいだろ」
「それが、ドラゴンの骨は火に強すぎて、焼却炉に入れると逆に炉が爆発するんです!」
「……あー、もう!」
レンは頭を抱えた。 世界を滅ぼす力がありながら、悩みは「ゴミ処理」。 これがアッシュトン独立国のリアルだ。
「キロ! お前、元ダンジョンマスターだろ! 不要なアイテムを『消滅』させる機能とかないのか!」
「あるけど……魔力を食うんだよ! 最近、ミリスにお小遣い吸い上げられてて、魔力回復ポーションが買えないんだ!」 キロが空になった財布を見せて泣きつく。
「……ミリス!!」 レンが叫ぶ。
「なーに? 今、ノブツナと一緒に『刀の手入れ(研磨代の請求)』をしてたんだけど」 ミリスが悪びれもせず現れる。
「キロに金を返してやれ。ゴミが片付かない」
「やーだ。これは『国庫』に入れる予定の……」
「……僕の『肩たたき券』をやる」
シュバッ!!
「商談成立!」 ミリスはキロに金袋を投げつけ、レンの手書きの券(紙切れ)をひったくった。
「……はぁ」
レンは深いため息をついた。 ゴミ問題は解決したが、結局、自分の安売りで解決してしまった。
◇
「……レン殿。お疲れ様です」
庭のベンチ。 グッタリしているレンの隣に、ジムニーが腰掛けた。彼の手には、二本分の栄養ドリンクがある。
「……日常って、戦場より疲れるね」 レンがドリンクを受け取る。
「ええ。でも……」 ジムニーは、騒がしい城の方を見た。 キロがゴミを消滅させ、アリアがそれを拝み、ヴェルミリアが「ゴミ出しトレーニング」と言って巨大な袋を担いで走っている。
「……『寂しく』はないですね」
「……」
レンは否定しなかった。 かつての一人暮らしの静寂は失われた。 でも、この「どうしようもない連中」が右往左往している様を眺めるのは、不思議と退屈しのぎにはなる。
「……まあね。テレビのバラエティ番組を見てると思えば、悪くない」
レンはドリンクを飲み干し、少しだけ口角を上げた。
「さて……昼寝の時間だ。ジムニー君、あとは頼んだ」
「はいはい。おやすみなさい、我らが王よ」
アッシュトン独立国。 そこは今日も、世界一くだらない「日常」を守るために、世界一の戦力が無駄遣いされている場所だった。




