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『道化師の仮面は、硝子(ガラス)でできている』  作者: 沼口ちるの


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第十五話『王の義務、あるいは感情なき夜のスケジュール』

「恋愛ごっこ」が終わった翌朝。 アッシュトン城の執務室には、妙にスッキリとした空気が流れていた。 ヒロインたちはもう、レンに「愛して」とは言わない。 ただ、それぞれの定位置(警備、給仕、金勘定)で、淡々と日常を過ごしている。


そんな中、キャシーが分厚いファイルをレンの机に置いた。


「……閣下。昨夜のお話で『恋愛労働』からの解放は確認しました。……ですが、『王の義務』は残っています」


「義務? まだ何かあるの?」 レンが面倒そうに頬杖をつく。


「『後継者スペア』の作成です」


キャシーは事務的に言った。


「貴方はアッシュトン独立国の象徴。貴方が死ねば国は終わります。……リスク分散のため、貴方の遺伝子を残すことは、防衛設備を整えることと同義です」


「……うーん」


レンは天井を見上げた。 普通なら「愛のない子供なんて」と拒否する場面だ。 だが、レンの思考は違った。


(……確かに。僕が死んだ後、誰かがこの国を継いでくれれば、あの世でも安眠できる。……それに)


レンは自分の胸に手を当てた。 彼にも、若い男としての「性欲リビドー」はある。 ただ、それを満たすために発生する「ねえ、私のこと好き?」「今のよかった?」という「感想戦コミュニケーション」が死ぬほど嫌いなだけだ。


「……わかった。認めるよ」 レンはあっさりと言った。


「僕にも生理的な欲求はあるし、後継者も必要だ。……ただし、『条件』がある」


レンは指を一本立てた。


「『行為中の私語厳禁』。……そして、『事後のピロートーク(情緒的会話)の完全免除』だ」


「……はい?」 ジムニーが目をパチクリさせる。


「ただの『生殖行為』として処理するなら構わない。……そこに愛だの恋だの、特別な意味を持たせないこと。終わったら即解散して、僕は一人で寝る。……これなら、やる」


それは、あまりにもドライで、即物的な条件だった。 普通の女性なら激怒してビンタを食らわせるところだ。


しかし。


「……承知しました」 「……異存はない」 「……望むところでしてよ」


ヒロインたちは、ニヤリと笑った。 彼女たちはもう悟っている。「レンの心」は手に入らない。 ならば、「レンの遺伝子(実体)」を手に入れることが、最終的な勝利条件ゴールなのだと。


   ◇


数分後。 キャシーの手によって、恐るべきスケジュール表が作成された。


【アッシュトン王家・遺伝子保全計画表】


月曜日: ヴェルミリア(体力・耐久性重視)


火曜日: ルナリア(魔力・知能重視)


水曜日: ミリス(経済感覚・生存能力重視)


木曜日: ノブツナ(身体能力・武術重視)


金曜日: アリア(……狂気への耐性実験)


土日: レン閣下の完全休養日(聖域)


「……これでよろしいですね?」


「ああ。……曜日ごとのゴミ出し当番みたいで、わかりやすくていい」 レンはスケジュール表に判子を押した。


   ◇


その夜から、アッシュトン城の夜は変わった。


「……月曜日か。入るぞ」 ガチャリ。 ヴェルミリアが寝室に入ってくる。 ムードもへったくれもない。彼女はただ、トレーニングウェアを脱ぎ、ベッドに入ってきた。


「……ん」 レンも言葉を発さない。 ただ、生物としての本能に従い、淡々と、しかし確実にコトを進める。 そこに「愛してる」という言葉はない。 あるのは、互いの体温と、呼吸の音だけ。


(……楽だ)


レンは思った。 相手の機嫌を伺う必要がない。 「もっと愛して」と求められることもない。 ただ、欲求を解放し、心地よい疲労感と共に眠るだけ。 これは、彼にとって「最高に効率的な夜」だった。


「……ふぅ。じゃあな」 事後。ヴェルミリアは汗を拭き、サッと服を着て出ていった。 「……おやすみ」 レンは即座にアイマスクを着け、泥のように眠った。


   ◇


翌朝。朝食の席。 いつものメンバーが揃っている。 気まずい雰囲気……など微塵もない。


「おはよう、レン。昨日はよく眠れた?」 ヴェルミリアが肉を食いながら聞く。 「ああ。……おかげで肩こりが取れたよ」 レンもパンを齧りながら答える。


「……悔しいですわ。来週の火曜日は、私がもっと『効率的』に疲れさせて差し上げます」 ルナリアが対抗心を燃やす。


「僕の番は水曜ね! ちゃんと『元』は取らせてもらうわよ♡」 ミリスがウィンクする。


ジムニーとキロは、その光景を見て呆然としていた。


「……なんなんだ、この国は」 キロが呟く。 「愛がないのに、なんでこんなに……空気が平和なんだ?」


「……たぶん、『期待』がないからですよ」 ジムニーがコーヒーを啜った。 「全員が『レン殿はこういう生き物だ』と受け入れて、そのルールの中で満足している。……歪んでますけど、これが彼らの『最適解』なんでしょうね」


アッシュトン独立国。 そこは、愛を語らない王と、それを支える強き女たちが、**「遺伝子と安眠」**という奇妙な利害関係で結ばれた、世界一ドライで、世界一結束の固い国となった。


数年後、この国には**「やたらと身体能力が高く、やたらと魔力が強く、やたらと無口な子供たち」**が大量に走り回る(そして一斉に昼寝する)ことになるのだが……それはまた、別のお話。

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