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『道化師の仮面は、硝子(ガラス)でできている』  作者: 沼口ちるの


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第十二話『遠足という名のサバイバル、あるいは鉄の母性愛』

「……なぜ、僕が?」


アッシュトン領、北の樹海。 レンは、リュックを背負わされたまま、苔むした岩の上で項垂れていた。 今日は記念すべき第一回「アッシュトン初等部・青空教室(遠足)」。 生徒は二人ゴウとカレンだけだが、引率者が豪華すぎた。


校長: キャシー(完全武装の登山スーツ) 理事長: レン(強制参加) 保護者代表: ガイン(荷物持ち兼バーベキュー係) 用務員: キロ(下草刈り兼露払い)


「理事長が不在では、緊急時の決裁ができません」 キャシーが先頭を歩きながら、コンパスと地図を完璧に照合する。


「カレン。現在の標高と気温は?」 「はい、お母様。標高850メートル、気温18度。風速2メートル……ベストな学習環境です」 「よろしい。引き続き、植生の分布図を作成しなさい」


カレンは小さな体で、母親の後ろをピタリと付いていく。 その背中は、健気なほどに「完璧な娘」を演じようとしていた。


一方で。


「パパー、おんぶー」 「おう! 任せろ!」


ゴウは、ガインの広い背中に張り付いて、早くも熟睡モードだ。 「……すぅ……」 「グハハ! 寝る子は育つ! 俺も歩きながら寝るぞ!」 「……器用だな」


レンは呆れつつも、自分もガインの荷物リュックの上にちゃっかり座って、移動を楽しようとしていた。


   ◇


しかし、この樹海はただの森ではない。 かつてキロが管理していたダンジョンの裏口に近い、**「魔物の巣窟」**だ。


「……おい、人間ども。こっちの道はヤバいぞ」 先頭で草を刈っていたキロが、青ざめた顔で戻ってきた。


「この先、**『キラー・エイプ(人食い猿)』**の縄張りだ。あいつら、集団で襲ってくるし、武器も使う知能犯だぞ」


「……回避ルートは?」 キャシーが問う。


「ないね。迂回するには崖を登るしかない」


その時。 木々の間から、殺気立った視線が無数に突き刺さった。 キキキッ! ウキャキャッ! 数十匹のキラー・エイプが、石斧や槍を持って包囲していた。


「……遭遇しましたね」 キャシーが眼鏡を光らせる。 「カレン、ゴウ君。私の後ろに下がりなさい」


「お、俺がやる!」 ガインが大剣を抜こうとするが、背中にはゴウが、荷物の上にはレンがいる。 「ぬうっ! 息子とレンを起こしてしまう! 動けん!」


「僕も戦闘は苦手だよぉ!」 キロが逃げ腰になる。


猿たちが一斉に襲いかかろうとした――その瞬間。


ドォォォォォン!!


上空から、真紅の隕石ヴェルミリアと、閃光(アリアの魔法)が降り注いだ。


「レン様に牙を剥くとは……汚らわしい猿ですこと!」 「私の愛のピクニック(ストーキング)を邪魔するなァ!!」


いつものストーカーヒロインたちだ。 彼女たちは頼んでもいないのに、レンを護衛するために隠れて付いてきていたのだ。


「ギャッ!?」 猿たちが吹き飛ぶ。 だが、騒ぎに乗じて、一匹のボス猿が、手薄になったカレンの方へと回り込んだ。


「……!」 カレンが息を飲む。 彼女は賢いが、戦闘力はない。 鋭い爪が、カレンの小さな顔に迫る――。


「カレン!!」


キャシーが叫んだ。 次の瞬間、彼女は「効率」を捨てた。


彼女が手に持っていたバインダー。 その角で、ボス猿の眉間を、音速で殴打した。


ガッッッ!!!


「ギャベッ!?」 ボス猿が白目を剥いて吹き飛ぶ。 しかし、キャシーは止まらない。 彼女はスカートの裾を翻し、スーツの裏から**「万年筆型・スタンガン(魔力式)」**を取り出すと、空中の猿に突き刺した。


「私の娘に……触れるなァァァッ!!」


バリバリバリバリッ!!!


高電圧が猿を焦がす。 さらに、彼女はハイヒールで着地すると同時に、周囲の地面を蹴り上げ、飛礫つぶてで残りの猿たちを牽制した。 その動きは、武術の達人をも凌駕する**「母親の鬼気」**だった。


「……はぁ、はぁ……」


猿たちは、キャシーの殺気に恐れをなして逃げ去っていった。 (ヒロインたちにボコられたのもあるが、トドメは間違いなくキャシーの形相だった)


   ◇


「……怪我は、ありませんか?」


キャシーが、乱れた髪も直さずにカレンの肩を掴んだ。 いつもの冷徹な表情ではない。目には焦りと、安堵の色が浮かんでいる。


「……は、はい。お母様……」 カレンは呆然としていた。 いつも「計算通りに」「感情は無駄」と言っていた母が、あんなに「無駄な大声」を出して、なりふり構わず助けてくれた。


「……申し訳ありません。私の計算ミスです。……貴女を危険な目に……」


キャシーが俯く。 自分を責めるその姿を見て、カレンは初めて、母の完璧なスーツの下にある「体温」を感じた気がした。


「……ううん。お母様、すごかった」 カレンは、キャシーのジャケットの裾をギュッと握った。 「……計算より、速かった。……かっこよかった」


「……カレン」


キャシーは一瞬、きょとんとして、それからフッと優しく微笑んだ。 眼鏡の奥の瞳が、とても柔らかかった。


「……それは、『非論理的』な評価ですね。……でも、受理します」


キャシーはカレンの頭をポンと撫でた。 その手つきは、書類を整理する時とは違う、不器用だけど温かいものだった。


   ◇


「……いいもん見たな」


荷物の上で、レンが欠伸交じりに呟いた。 ヒロインたちが「レン様、ご無事ですかー!?」と騒ぎながら戻ってくる中、ガインの背中でゴウが「むにゃ……猿、おいしい?」と寝言を言っている。


「……さて、用務員さん。お掃除(後始末)頼むよ」 レンがキロに声をかける。


「ええっ!? また僕だけ雑用!?」


騒がしい森の中。 鉄の女が見せた一瞬の「母の顔」は、アッシュトンのアルバムに、こっそりと(ルナリアの盗撮により)保存されることになった。

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