第十話『汚染される純真、あるいは魔境の英才教育』
「……教育?」
レンは眉をひそめた。 執務室には、サラと、ジムニーがいる。
「はい。ゴウ君は6歳。そろそろ学びが必要な時期です」 ジムニーが真面目な顔で言う。 「ですが、この領地にはまだ『学校』がありません。そこで、ゴウ君のために臨時の『アッシュトン学園』を開校しようかと」
「……ふーん。勝手にやれば?」 レンは興味なさげに答えた。 ガインの息子なら、放っておいても勝手に育つだろう。
「それが……『教師役』に、彼女たちが名乗りを上げまして……」 ジムニーが頭を抱える。
「?」
レンが窓の外を見ると、中庭で青空教室が開かれていた。 生徒はゴウ一人。 そして教師たちは――いつものメンバーだ。
◇
1限目:体育(担当:ヴェルミリア)
「いいかゴウ! 男なら筋肉だ! 筋肉があれば、どんな理不尽も粉砕できる!」 「うん! きんにく!」
ヴェルミリアが、自分の身長よりデカい岩を持ち上げている。 ゴウも真似して、漬物石くらいの岩を持ち上げようとしている。
「そうだ! その調子だ! まずはベンチプレス100キロを目指すぞ!」 「おー!」
(……まずい) レンは戦慄した。 あの子がヴェルミリア化したら、「静かに寝る」どころか、足音だけで地震を起こす「破壊神ジュニア」になってしまう。
2限目:算数(担当:ミリス)
「ゴウ君、よく聞いてね。リンゴが3つあります。そのうち2つを『こっそり』盗みました。残りはいくつ?」 「えっと……1つ?」
「ブッブー! 正解は『3つ』よ! 盗んだ2つは懐に入れて、残りの1つも後でいただくの。つまり、全部私のもの。これが『利益最大化』の計算式よ♡」 「なるほど! ぜんぶぼくのもの!」
(……教育に悪いとかいうレベルじゃない) レンは頭痛がした。 あの子が強欲なコソ泥になったら、僕の枕やアイマスクが転売される未来が見える。
3限目:道徳(担当:アリア&ルナリア)
「ゴウ君、神様はどこにいると思いますか?」 「お空?」
「いいえ。『執務室で寝ている方』こそが現人神です。朝起きたら、まずその方角に三回祈りなさい」 アリアが祭壇を作らせている。
「そしてゴウ君。貴族の嗜みとして覚えておきなさい。……『気に入らない平民は、重力で潰しても良い』のです」 ルナリアが扇で地面を指す。 「はーい! いのる! つぶす!」
(……カルトと圧政の英才教育だ) レンは立ち上がった。
「……ジムニー君。止めよう」 「はい、今すぐ止めましょう。あれは『未来の魔王』を育成するカリキュラムです」
◇
「待った」
レンが中庭に降り立つと、ヒロインたちが「レン様が見学に来た!」と色めき立った。
「レン様! 見てください、ゴウ君の筋の良さを!」 「将来有望ですわ! きっと立派な狂信者に……」
「……黙って」
レンは彼女たちを手で制し、純粋な瞳をしたゴウの前にしゃがみ込んだ。
「ゴウ。……あのお姉さんたちの言うことは、全部忘れろ」 「えっ? なんで?」
「あんなことを覚えると、『疲れやすくなる』からだ」
レンは真剣に説いた。 筋肉をつければ維持にカロリーを使う。 盗みをすれば追われて走ることになる。 神を崇めれば儀式で早起きさせられる。
「いいか、ゴウ。本当に学ぶべきことは、これだ」
レンは、ゴウの隣にゴロンと横になった。
「……空を見てみろ。雲が流れてるだろ」 「うん」 「あれを、ただボケーっと見るんだ。……何も考えずに。呼吸をする回数だけを減らすように」
「……こう?」 ゴウも真似して寝転がり、空を見上げる。
「そう。……世界がどうなろうと、お前がそこで寝ていれば、そこはお前の城だ。……他人に振り回されるな。自分の『眠気』だけを信じろ」
究極の個人主義の哲学。 それを聞いたゴウの目が、とろんとしてくる。
「……なんか、きもちいい」 「だろ? それが『幸せ』ってやつだ」
数分後。 そこには、並んでスヤスヤと眠るレンとゴウの姿があった。
「……すぅ……」 「……くー……」
ヒロインたちは呆然とした。
「……負けた」 ヴェルミリアが膝をつく。 「私の筋肉理論より……レンの『お昼寝理論』の方が、子供の心を掴むとは……!」
「なんて高度な教育……! 『無』を教えることで、悟りを開かせるとは……!」 アリアが勝手に解釈して拝んでいる。
◇
その日の夕食。 「パパ、ママ。僕、将来の夢が決まったよ」 ゴウが得意げに言った。
「おお! 騎士か? 冒険者か?」 ガインが身を乗り出す。
「ううん。『自宅警備員』になる!」
ブーッ!! ガインとサラがスープを噴き出した。 ジムニーが「レン殿ォォォ!! 余計なことをォォォ!!」と絶叫した。
こうして、ゴウに対する変人たちの英才教育は失敗し、代わりにレンによる「立派なダメ人間への道」が開かれてしまったのだった。




