第9話『衝撃の家族計画、あるいは野獣の父性』
アッシュトン独立国、昼下がりの執務室。 ジムニーとキロが、いつものように書類の山と格闘していると、ドアが控えめにノックされた。
「はい、どうぞ」 ジムニーが顔を上げる。
入ってきたのは、エプロン姿の優しそうな女性と、その手を握る6歳くらいの男の子だった。 二人とも、大きなリュックを背負っている。
「あの……ここが、アッシュトン領主様の館でしょうか?」 女性がおっとりと尋ねる。
「はい、そうですが……。観光の方ですか?」 ジムニーが対応する。 男の子はキョロキョロしているが、不思議と静かだ。
「いえ、実は……夫がこちらでお世話になっていると聞きまして。王国から引っ越してきたんです」
「夫?」
ジムニーとキロが顔を見合わせる。 この城に住んでいる男は数人しかいない。 レンか? まさか。 ジムニー? 独身だ。 キロ? 子供すぎる。
「えっと……旦那様のお名前は?」
女性はニコリと笑って言った。
「ガインです」
時が止まった。 ジムニーのペンが床に落ちた。 キロが飲んでいたコーヒーを噴いた。 寝室から、魔力探知していたレンが「んがっ?」と変な声を上げるのが聞こえた。
「「「ガインんんんんんッ!?!?!?」」」
◇
数分後。ロビー。 そこには、いつものように大の字で爆睡し、道を塞いでいるガイン(巨漢)がいた。 イビキがうるさい。
「……あ、やっぱりここで寝てた」 女性――ガインの妻、サラさんは、呆れるでもなく嬉しそうに駆け寄った。
「あなた、起きて。着いたわよ」
「グォォ……肉ぅ……」 ガインは起きない。物理的な衝撃を与えても起きない男だ。
「……あらあら。相変わらずね」
サラさんはリュックから、タッパーを取り出した。 パカッ。 中に入っていたのは、なんの変哲もない「骨付き肉(家庭の味)」だ。
すると。
「……くんくん」
ガインの鼻がピクピクと動いた。 そして、カッ!! と目を見開いた。
「……サラの……特製唐揚げの匂いッ!!」
ドガァァン!! ガインが起き上がり、正座した。 その速度、音速。
「よお、サラ! 来てくれたのか! 待ちくたびれたぞ!」
「ふふ、ごめんね。引越しの準備で遅くなっちゃって」
「パパー!」 男の子がガインに抱きつく。
「おお、ゴウ! 大きくなったな! ちゃんと肉食ってるか!?」 「うん! 毎日食べてる!」
ガインが息子を高い高いする。 その光景は、どう見ても「幸せな家族」そのものだった。
その様子を、柱の影からレン、ジムニー、キロ、そしてヒロインたちが戦慄の表情で見つめていた。
「……嘘でしょ。あのガインに……奥さん? 子供?」 ヴェルミリアがショックを受けている。 「私より先に……幸せな家庭を築いているなんて……!」
「……信じられん」 レンが青ざめていた。 「てっきり、野生の熊か何かが人間に化けているだけだと思ってた……。戸籍があったのか……」
「しかも、奥さん美人だし、子供も可愛いじゃないですか……」 ジムニーが遠い目をしている。
「……でも、レン様」 アリアが心配そうに言う。 「子供ですよ? 6歳の男の子なんて、一番うるさい時期です。レン様の安眠が……」
レンがハッとする。 そうだ。感動の再会はいいが、子供は騒音モンスターだ。 泣き声、走り回る音、奇声。 この城に新たな騒音が追加されるのか?
「……追い出すか?」 レンが非情な決断を下そうとした、その時。
「パパ、僕もお腹すいた」 息子のゴウ君が言った。
「おお、そうか! なら一緒に寝てエネルギーを溜めるぞ!」 ガインが、自分の抱き枕(大剣)を息子に渡した。
「うん! おやすみなさい!」
ゴウ君は、その場でコロンと横になると、 「……すぅ……」 と、ガインと同じ姿勢、同じリズムで、即座に爆睡し始めた。
「……」 「……」
3秒で熟睡。 ピクリとも動かない。 起きている時は静かで、寝る時はもっと静か。
「……エリートだ」 レンが呟いた。
「え?」
「あの子は、睡眠のエリートだ。……あの年齢で、あそこまで迷いなく入眠できるなんて……才能の塊だ」
レンの評価が一変した。 うるさい子供ではない。「静寂を愛する同志」だ。
「……ジムニー君」 「はい」 「……彼らの居住を許可する。離れに『家族用の大きな寝室』を用意してあげて」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。……あの一家なら、僕の安眠を妨害しない。むしろ、良い『睡眠のお手本』になるかもしれない」
こうして、ガインの妻子――サラさんとゴウ君のアッシュトン移住が決定した。 ちなみに、サラさんは「元・王国騎士団の料理長」で、彼女が作る料理(特に肉料理)を食べると、どんな暴れん坊も満足して即座に眠ってしまうという、**「猛獣使い」**のスキル持ちであることが後に判明する。
アッシュトン独立国に、また一つ「平和な(寝ている)一角」が増えたのだった。




